【間章】彼らの理由




少年はテルと名乗った。

適当な名である。強いて理由を挙げるなら“彼ら”の中の一人が輝美てるみという名だったから、とっさに彼らの代表者たる“彼”がその文字を拝借したのである。


(輝美も“俺たち”である事に変わりないからな)


人を、世を呪う魂たちが寄り集まったもの。

彼ら一人一人に生きてきた時間があり、苦悩に満ちた時間があった。

憎い相手がいた。忘れたくても忘れられない相手がいた。許したくても許せない相手がいた。

――――それでも。彼らは誰一人として生前に道を踏み外す事はしなかった。

己を不幸におとしめた相手に復讐する事をしなかったのである。

できなかったのではなく、事を選んだ、賢明な知性をもった魂たち――――それが彼らだった。


(けれど、だからこそ想いは報われる事なく、天国へも地獄へも行ける事なく、この世をさまよう霊体となった)


テルは思う。俺たちは賢明さなんてモンを持っていたからこうなった、ならばそんなモン捨ててしまえばよかったんだ、と。

憎しみの炎を燃やして燃やして、憎い相手を燃やし尽くしてしまえばこんな事にはならなかったのではないか、と。

世界の、他者の平穏なんてモンを守った賢明さは、既に傷付いてズタボロの自分の事は守らなかった。

そうやって世界を守っても、世界は俺たちの事を守らなかった。

だから。


(――――だから俺たちはこのクソみたいな世界を滅ぼすんだ)


そう思った。

けれど彼らの中の何人かが言った――――

一度だけ世界にチャンスをあげた方がいいのではないかと。

どんな不幸が降りかかったとしても、強く生きていける事を誰かが証明してくれたなら。

どんな不幸に押しつぶされそうになったとしても、と証明してくれる誰かがいてくれたなら。

きっと僕らは世界に復讐しなくて済むよ、と。

だってその方がじゃない?と。

彼・彼女らの言葉をテルは受け入れた。それもそうだな、と。


(じゃあ、誰に証明してもらおうか)


恵まれた環境に生まれた者ではなく。

常に冷たい水の中を必死で泳いで、生きあがく事をやめない奴。

己の悪意に心を食いつぶされない賢明な奴。

――――そんな奴がいい。

だから彼らは彼女を選んだ。






「あんた、誰」






降りしきる雨の中地面に這いつくばって泣いていた彼女は、彼らが現れるなりぐちゃぐちゃの顔のまま鋭く問うた。

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