一日の終わり




空を仰げば満天の星空。

ああ、綺麗だなあ。

今日一日の色んな疲れが癒される心地がした。

シャトルバスから降りてから自宅のアパートまでの道のりをのんびりと歩く桃花。


(もうすぐ春がくる)


そうしたら、書いた小説をコンテストに投稿するんだ。

自分の書いた物語を審査で読んでもらえる――――それを思うとわくわくする。

そのためにはまず作品にエンドマークをつけなければ。


「がんばるぞー・・・!」


周りに誰も歩いていないのをいいことに、桃花はひっそりと声を上げたのだった。
















自宅のドアの鍵を開けて中に入る。


「ただいまー・・・」


「おかえり」


真っ暗な室内に向けて言葉をかければ、予想外に返事が返ってきた。


「テル」


「おう。お疲れ、頑張ったな」


いつの間にか姿を現した少年のかたちをした幽霊は、玄関に立つ桃花を見上げてにかっと笑った。

思いがけない彼の笑顔に、桃花はぽかんとした。


(・・・どうして)


どうして彼は笑うのだろう。わたしにそんなに楽しげな笑顔を向けるのだろう。






わたしはあんなに弱くてかっこ悪かったのに。






そう思ったら涙がひとしずく、頬を伝った。

そんな桃花を見ていたテルは言う。


「あの戦場で、おまえはまぎれもない戦士だった。過酷な一日をおまえは最後まで戦い抜いた。――――かっこよかったぞ」


「・・・・・・・」


そうか。

そんな風に見ていてくれたんだ。

ぽっと胸の中にあたたかな明かりが灯った気がして、桃花は笑い返した。

ごしごしと手で涙をぬぐい、靴を脱いで家の中へ入る。

部屋の電気を点け、手を石けんで洗い、うがいをしてからさっさとシャワーを浴びてしまう。

職場で浴びたイヤな気を洗い流したかった。

シャンプーで頭を洗う時間が桃花は好きだ。丁寧に、入念に頭を指先でマッサージしていく。

気持ちいい。

シャワーで頭から温かいお湯を浴びてシャンプーを流していく。


(お湯を浴びれるって最高だなあ)


その後化粧を落として洗顔、体をわしわし洗ってすっきりした気持ちで風呂場を出た。

湯冷めしないように部屋着を重ね着し、ばっちり防寒対策をした上で居間に行けば、テルがソファに座って熱心に何かを読んでいた。


「!!――ってちょっとそれ、わたしの書きかけの・・・ッ」


パソコンに入力する前の、ノートに書き留めた小説である。

桃花は顔を真っ赤にして相手からノートをぶんどった。


「勝手に読まないで!恥ずかしいでしょッ!」


そんな彼女をテルは見上げ、一言


「つまらんな、それ」


のたまった。

桃花の表情が“無”になる。

テルは気にせず続けた。


執筆それでメシを食っていく事を目指すのであれば、もっと面白い方がいいのではないか?」


容赦のない正論が桃花に深く突き刺さり、桃花はこのまま血を吐くかと思った。

だが彼女は耐えた。

――――これは読者の率直な感想。

真剣な面持ちで床に膝をつき、テルと視線の高さを合わせる。


「・・・・ッ、どんなところが、つまらない・・・?」


聞きたくない。

聞きたくないが、この道を進むと決めた以上、聞かなければ始まらない。

テルはじっと桃花の顔を見て、


「・・・聞きたいのか?」


「うん」


「ならば先にメシだ。腹が減っては戦はできぬ、だ」


すぱっと再び正論を言った。


「おう・・・」


桃花はその完璧な論理に屈服したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る