第38話 巡り巡った奇跡

 イサミんは、女性3人と共に校舎の裏手にある鬱蒼とした森の中に着地した。生い茂る草木の枝を突き抜けての落下は無傷とはいかなかった。


『僕の浮遊魔法でも4人分はさすがにきつい……。荒っぽい着地になってしまったけど大目に見てもらうしかないな』


 地面に足が着いた途端、イサミんに抱えられていたリンは彼を押しのけるように離れて2~3歩ほど距離をとった。


「ははっ……リンさん、いろいろと驚かせてすまないね。無事でなによりだ」


 リンは困惑していた。だが、なにかを問いただそうにも情報量が多すぎてなにから尋ねていいかわからない状況にあった。


『一体になにがどうなっているんですか? 私たちは間違いなく学校の屋上にいたはず? それが、気付いたらイサミんに抱かれて、空中に浮かんでいて、森に落ちて?』


「コホン……えっと、イサミん? ここは一体どこなのでしょうか? なぜ私たちは浮かんでいたのでしょう? ドローン撮影はどうなったのです?」


 リンは思いつく疑問をどんどん投げかける。口にしながら自分で状況を整理しているようでもあった。


「こうなってしまった以上、僕からいろいろ説明しないといけないとは思うんだけど……とりあえず、まずは学校に戻ろうか? ここは校舎近くの森だと思うけど、どこか道に出られるのかな?」



 一方、ウララと彼女に抱かれて落下したホメ子は、多少の打撲、切り傷はあれども無事だった。ただ、ウララの方は先ほど交戦した際のダメージで体の内側が痛みを発していた。


「えーっと……、なにが起こったかよくわかりませんが、きっとイサミんとウララさんが私たちを守ってくれたんですね! ありがとうございます!」


「ホメ子さん……無事でよかった。ホメ子さんになにかあったら私もう立ち直れなくなってしまってたわよ」


 2人はお互い地面に座って抱き合ったままの姿勢でこう口にしていた。森の地面は日の光が届かないのか、水分を多分に含んで彼女たちのスカートを濡らしてしまっていた。


 ホメ子は突然、ウララの手を解いて立ち上がると大きな声を上げた。


「ここ鳥居がありますよ! 昔々の神社の跡かなにかでしょうか!?」


 彼女が指差した先にはたしかに今にも朽ち果てそうな鳥居が見受けられた。


 イサミんもウララもそこに大した興味を示さなかった。しかし、リンだけは血相を変えていた。それは「怒り」ではなくただただ「驚き」の表情へと。


『学校近くの森、古い鳥居、それに今気付きましたが、この凄まじいまでの邪気! 間違いなくここは大魔神の眠る場所ではありませんか!?』


 リンはただでさえ意味不明の状況に混乱していたのに、それに追い打ちをかける新たな情報に頭が爆発しそうになっていた。


『冷静になりなさい、夏木凛。どうして、邪気にてられず、悪霊の妨害もなくここまで辿り着けているのでしょうか? 空中から接近するにしてもなにかしらの妨害はありそうなはず……、時間でも止まっていたのなら話は別ですが』


 彼女は2度ほど大きく首を横に振った。その様子をイサミんとウララは不思議そうに見つめている。


『いいえ、大事なのはそこではありません。今、奇跡的に大魔神の懐に飛び込めているのです! 直接触れられれば祓うことができます!』


 リンはホメ子が指差す鳥居があるところまで駆けて行った。落ち葉と枝の積もった歩きにくそうな地面にスリッパという最悪の組み合わせでだ。


「えっ? ちょっとリンさん! どうしちゃったの、急に走ったりなんかして!?」


 ウララは驚きながら彼女の背中を追う。流れでイサミんも彼女を追いかける格好となった。ホメ子は我先にと無言でリンの後ろを追っていた。


 リンが鳥居の元へ辿り着き、その先には朽ち果てた寺社の境内……だったと思われる場所があった。そして、元は建物の中だった場所なのだろうか、視界の先には紙垂しでに覆われた墓標のような球体の石が鎮座していた。


「間違いない……。あれが御神体の本体」


 彼女は、御神体の石に近付くと自分の胸元に右手を突っ込んだ。


『こんなこともあろうかと、とっておきのおふだをブラの下に隠しているのです! その副作用か知りませんけど、最近胸の発育が著しいのです』


 ここでの「祓い」は間違いなく、他の3人の目に留まってしまう。本来、除霊師は人目についてはいけない。だが、この時のリンの頭にこうした考えは一切存在しなかった。


 この千載一遇のチャンスを逃してはならない!


 その一点に彼女の思考は支配されていた。

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