第11話
服部半蔵は越後と陸奥への諜報の任を江戸で老中の本多正信から解かれると、今度は駿府の大御所から当然のように呼び出された。
駿府城周辺の桜はもうかなり咲き始めていたが、ここからさらに西方の豊臣氏が拠点とする大坂城では、桜は既に満開の状態に近いのかもしれない。
「いつの世も、春になると必ず桜の花は咲く。人が変心することはあっても、それは変わらぬ」
大御所の徳川家康は、駿府城の天守閣から午後の眼下に広がる初春の風景を眺めながら、穏やかにそう言った。この日、半蔵は淡々とこの江戸幕府の最高指導者から、新たな任務を申し付けられた。それは暗殺者の抹殺である。あの老いさらばえた杉谷善住坊らしき人物は兎も角、陸奥で半蔵を狙った刺客は只者ではない。また大御所は組織化された暗殺部隊の可能性さえをも示唆した。そしてこの老成した戦国武者は、暗殺が起きるとすれば、それは数ヶ月前の冬の陣と同じ規模の大戦時だと、半蔵に明言した。
「……わしは太閤のように畳の上では死ねぬのかもな」
三代目服部半蔵へ命を下した後、徳川家康は一人で暫し思案を巡らせることにした。気掛かりなのは伊達政宗の動向だが、彼が叛旗を翻すとすれば、それはかつての桶狭間で織田信長が千載一遇の勝利を掴んだ、つまり天が味方をした時だ。この徳川家康の暗殺が成功すれば、政宗は一挙に動く。しかし暗殺に失敗すれば、彼は不動を保つであろう。これは天命を待つことが大前提であり、人事を尽くしても願った天命が到来しなかった場合、望まざる結果を受容できる諦念が必要となり、政宗はその諦念を持てる器だと、家康は評価している。とはいえその政宗が人事を尽くして用意周到に暗殺の準備をしているのは間違いない。今の政宗の年齢は、確か本能寺であの織田信長が倒れた四十八歳と同じ。奥州の隻眼の梟雄は焦っているのかもしれなかった。家康はこの駿府で桜が満開となり、あっという間に散ってしまうその前に軍勢を動かす決断をした。
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