卑金属を金に変える詐術

 数時間馬車に揺らされてミリアムのお尻が石のように凝固するまで座り続けて、王宮の郊外にあるフィオーネ王女の邸宅に到着した。馬車から降りると邸宅前のにいた衛兵服が自前の筋肉でパツパツになった中年の男性が駆け寄ってくる。


「ようヴァール。そいつが女王様を説き伏せる切り札か」

「大学の錬金術科の主席卒業だ。あの胡散臭いやつなんか目じゃない経歴の持ち主だぞ」

「ほう、大学主席。そりゃ偉い人を。近衛隊長のリチャールだ。あの厄介者を女王様から追い払ってくれ」


 熊のようにいかつい見た目のリチャールが私を視界にとらえると両足がピタッとくっつくけて敬礼をした。女王に仕えている近衛兵たちも件の錬金術師の悩みの種らしく、ヴァールが連れてくる人間を渇望していたようだ。

 けどいいのかな。私協会から勘当されている傷物なんだけど……


 ヴァールに導かれる形でフィオーネ女王のいる部屋に案内される。歩く床には一部の隙も無く寝心地がよさそうな絨毯が敷き詰められ、壁にはタペストリーや高価そうな壺が置かれて寂しげもない。そして外からは大きな窓を経て日の光が絶え間なく入ってくる。これがただの廊下だとは思えなかった。

 私の金持ちの家のイメージが貧弱だとヴァールが笑ったのも納得せざるえなかった。

 そして両開きの大きな部屋につながる扉の前に止まると、ヴァールが一つ深呼吸をして目が座りだした。


「いいか。フィオーネ様はとても頑固なお方だ。気圧されるなよ」

「う、うん」


 明らかにヴァールの顔つきが変わるのを見て、ミリアムも腹をくくって扉の向こう側に足を踏み入れた。


「女王様、失礼を承知で直言させていただきます。あの錬金術師をお雇するのをおやめください。私めの知己である錬金術師からも金の錬成は未だ不可能と申されております」

「お初にお目にかかります。私一つ山を越えたところで工房を構えている錬金術師のミリアムと申します。ヴァールとは同じ大学の出での学友にございます」


 入るなりヴァールと共に膝をついて頭を下げる。

「二人とも顔をあげよ」上から神経が尖ってそうな声が降ってくる。目に入ってきたフィオーネ女王は、上から下まで真紅のドレスをまといまるで伝説の賢者の石を彷彿させた。顔は、声の印象と違わずヴァールとは異なる吊り上がった目と腰まで長く伸びた髪が特徴的な人であった。


「何かと思えば錬金術師、何が不満なの」

「ミリアムは、この国初の錬金術科で満点を取った主席でございます。彼女の腕をもってしても金の錬成はまだないとの弁です。どうぞご再考を」

「絶対に? その根拠は?」


 疑問というより圧に近かったそれは金の錬成が現時点で不可能の証明。無論それを突きつけるのはミリアムでも協会の人間でも不可能である。なぜなら金の錬成は必ずできるという前提に立ってしているのであり、わずかな可能性があれば取り組むことになってる。

 不可能の証明は、錬金術の否定になってしまうのだ。


「ヴァール、彼女があなたの旧友であることは熟知しているわ。将来を渇望された天才錬金術師の名前も。ですが己の頭脳で世界の神秘に辿り着く錬金術師に縁故採用は無礼とは思わないの?」


 手ごわいなフィオーネ女王。いつのまに私の経歴のことを把握していたの。……いや金を浪費したおかげということかな。


 浪費するというのは、一見無駄なように見えるが必ず得るものがある。食物なら栄養と満腹、建物なら住まいと安全。フィオーネ王女はパーティーを毎週欠かさず催して、社交界や商人と直接話術や弁論術そして情報収集をしていたのだ。金の力を使って力を蓄えたのだ。そしてパーティーの中で件の錬金術師も自分の力でハンティングしたものだ。自分の金で得たものを部下の忠言で手放せというのはできない。


「ではどのようにして金を錬成するか手本をお見せいただけませんか」

「いいでしょう。これウィジャマ」

「はっ。仰せの通り準備はできております」


 バタンとまるで測っていたかのように扉が開かれると、下顎の髭と口髭が一体になった男が白濁の液体が入った鍋を乗せた台車を押しながら入ってきた。


「こちらの液体の中に、この鉛を漬け込む事で金を錬成いたします」

「待て、中の液体に手を入れさせてくれ。危険なものが入ってないか確認したい」

「ええ、どうぞ。やや腕がぬめりますが安全性は保障いたしますよ」


 ヴァールが腕をまくり鍋に手を入れる。その様子をウィジャマは不敵な笑みでじっと眺めていた。


「何も入ってなかった」

「では改めて、始めましょう。私の黄金錬成を」


 ウィジャマが鉛のインゴットを取り出すと陣を鍋の淵に描くと、鉛を鍋の中に落とした。じわじわと小さなあぶくが鍋の中から浮き出て、白濁した液体がより色を濃く濁った灰色に変わる。

 幾分か時が経つとウィジャマが鍋の中に腕を入れると、中から金のインゴットが現れた。

 何かしらトリックがあると目を凝らしていたヴァールは、まるで見破ることができず呆気に取られていた。


「鍋にかけた錬成陣に何か仕掛けが」

「物質転移の錬成陣ではありません。そちらにおります若い錬金術師殿ならお判りでしょう。最も、物質転移がこんな小さな鍋の淵でできるはずがないですがな」

「おっしゃる通りです」


 私がそう答えると、ウィジャマは勝ち誇ったように胸を張ると大仰に金塊をフィオーネ女王の前に差し出した。


「このように卑金属から金を錬成しました。我が秘薬がたっぷり入った鍋があれば、金は取り出し放題でございます。王家は永遠の繁栄が約束されたも同然!」

「素晴らしい。世界初の黄金の錬金術師を囲い込めることを光栄に思いなさい」

「取り出し放題ではないでしょう」


 ミリアムの言葉が突然女王とウィジャマの間を遮った。


「あなたのその鍋の中身、原材料は何日かかりましたか。おそらく臭いだけですが液体の中身に硫黄を使っていますね。火山地帯にしかない硫黄をその鍋一杯の液体に調合するのに早くて一月。費用もその金塊に対して三分の一から半分はするでしょう。時間と費用が見合いません」

「そんな高価なものだったのか!?」


 金を錬成をするのは錬金術師にとっては夢であり、研究のために費用を惜しまない。ただしそれは錬金術師における感性。一般人や商人は頭の中にあるそろばんを弾いて割に合うか計算をする。

 ふつうの金塊の半分の費用もする液体、そして錬成素材となる鉛の調達費に輸送費。これを計算すれば錬成した金そのものの儲けはほとんどでない。

 ウィジャマはであったのだ。


 そこまで追及されたウィジャマは口から唾を飛ばして反論を始める。


「し、しかしもっと突き詰めれば費用を減らすことができる」

「そうですね。


 ミリアムは含みがある言葉でウィジャマに牽制を入れた。目の前の詐欺師が継続的に研究をするなどありえないことを知っているからだ。両錬金術師は一歩も引かずに静かに睨みあっていたところに、フィオーネ女王の鶴の一声が飛び出した。


「ミリアム。ウィジャマの錬金術に異論を唱えるのなら、あなたは何かあるの? 我が家の苦境を脱するための知見を伝えるためにわざわざ片田舎から出てきたのであろう」

「これは失礼しました。では、金を一月程度で増やしてみましょう」

「一月? ウィジャマと同じ条件ではないか」

「いえ、費用は金塊一つ。できれば女王様がお持ちになっている金のインゴット一塊さえあれば十分。それ以上は不要、元手となる金と合わせて二倍以上は確実に増やしてみせましょう。ただ元手となる金の数が多ければ金はもっと多く返ってきます」


 ミリアムが提示した方法に、隣に立っていたヴァールは脂汗を垂らして神経をすり減らしていた。女王が錬金術師を雇うきっかけは家計が火の車であることを脱するため。だがミリアムはあえて女王に金を出せと臆面もなく告げたのだ。


 ミリアムの提示した条件にフィオーネ女王はしばらくの沈黙の後、使用人を呼び出して何かを吹き込んだ。そして使用人が部屋から出て数分の後、白い布に覆われたものを持ってくると、女王自らの手でそれをはがした。


「私の大事な金塊だ。必ず増やすように。できなければ我が家から五体満足で家に帰れると思わないことを肝に銘じなさい」

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