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「やはりそうだったか。それで……ふむ、わかった。ご苦労だった」
捜査本部の渡は通話を終え、応接セットのほうに歩み寄った。そこには御手洗誠のほか、警察関係者が集まっている。
「御手洗智代さんと唯花ちゃんが保護されました」
「本当か。それはよかった」
蔵吉刑事部長が心からほっとしたように言った。渡はおざなりに頷き、続いて誠に向き直った。
「ところで御手洗議員、秘書の新島さんはどこです? 先ほどから姿が見えないようですが」
「外に出ています。コーヒーを買ってくるよう申しつけましたから。それより妻と娘にはいつ会えますか? 誘拐犯は逮捕されたんでしょうね?」
今にもソファから立ち上がらんばかりの誠に、渡は宥めるように言った。
「お二人には念のため病院で検査を受けていただきます。そのあと少々お話をお聞きすることになるでしょう」
「マスコミは? わたしの名前は出るのでしょうか?」
「報道協定は間もなく解除されます。今後、知り得た捜査情報をどう報道するかはマスコミの倫理に委ねられます」
「ならば早急に会見を開いたほうがよさそうだ。刑事さん、あなたはまだわたしの質問に答えていませんよ。誘拐犯は逮捕されたんですか?」
「ええ」
渡が迷いなく頷くのを見て、誠はようやくソファから立ち上がった。腕を組み、居丈高な態度で仁王立ちする。
「正体はわたしに恨みを持つ政敵ですか。それとも反社会的勢力に属する人間の仕業? 場合によっては会見で激しく糾弾しますが、いずれにせよわたしたち家族は被害者です。そう強く印象づけなければなりません」
「お気持ちはごもっともですが、お伝えすべきことはまだあります。それによって会見の内容が変わるかもしれません」
「どういう意味です?」
「先ほど居場所をお聞きした新島さんですが、つい先ほど駅前の広場で逮捕されました。コーヒーを買いにいくにはいささか奇妙な場所ですね。そんなところで何をされていたと思います?」
すると自信に溢れた誠の目がわずかに泳いだ。しかしすぐに立ち直ると、ぐいと顎を上げて渡を見た。
「わたしに聞かれても困ります。新島は何をしたんですか?」
「ご説明しましょう。新島は入江美雪という女性をナイフで脅しました。よって容疑は銃刀法違反と脅迫の現行犯です。幸い大事には至りませんでした。報告によると、新島は女性と一緒にいた女の子を連れ去ろうとしていたようです」
「……」
「察しはついていると思いますが、あなたの娘の唯花ちゃんです。たまたま通りかかった広場で唯花ちゃんを見つけ、保護しようとしたのでは……とおっしゃるかもしれません。しかし、もしそうならナイフで脅す必要はありません。入江美雪は唯花ちゃんを母親のもとに連れていくため、新島の手から守ろうとしたそうですよ」
渡は特殊班捜査係の机に歩み寄り、解析が終わった智代のスマートフォンを手に取った。茫然と立ちすくむ誠に向かって画面を掲げる。
「こちらのスマートフォン、誘拐犯から連絡があったときのためにお預かりしていたものです。あなたは智代さんがどこにいても居場所が特定できるよう、アプリを使って監視していました。まほろば公園と駅前の広場、新島が居合わせることができたのはそういう理由です」
淡々と告げると、蔵吉が小さく咳払いをした。警視庁長官、それに本部長の顔が脳裏にちらついているのだろう。それに勢いを得たのか誠が早口に反論した。
「わたしは現職の都議会議員ですよ。それに義父は元衆議院議員です。我々に恨みを持つ者がいつ家族を狙うとも限りません。アプリを使った追跡は合意のうえでのことで、法的に問題はないはずです」
「確かにこれはモラルの問題です。智代さんは電車に乗っている間、スマートフォンの電源を切り、位置情報を遮断していました。しかし娘が行きたがったイベントの詳細を調べるため、やむなくインターネットで検索を行なっています」
実際、智代のスマホにはまほろばフェスタとラ・クロワのイベントを検索した履歴があった。土地勘のない場所で観光地に行こうとするとき誰もが利用する手段である。誠はそれを逆手に取ったのだ。
「あなたはスマートフォンの電源が入ったことを知り、すぐに位置情報を確認した。そしてそれを新島に伝え、娘を連れ戻すよう命じた。娘がいなくなれば奥様も家に戻るだろうと確信してのことです」
「馬鹿な……」
「まもなく新島が県警に連行されます。黙秘しているそうですが、そう長くは持たないでしょう。奥様のスマートフォンの名義人は父親の御手洗重昭元議員でした。あなたの家庭内暴力、および精神的支配は義父から譲り受けたもの。果たして新島は誰を守ろうとするでしょうね?」
その言葉が決定打になった。誠は一歩、二歩とあとずさり、上ずった声で叫んだ。
「わ……わたしには警察上層部に知り合いがいるんだ。それに優秀な弁護士もついている。こんな屈辱を味わわせてただで済むと思うなよ」
吐き捨てて去ろうとした誠の前に桜庭が立った。渡が止める隙を与えず、相手の胸倉を掴んで締め上げる。
「黙って聞いていれば……。自分との結婚に同意し、子の母親にもなってくれた女性だぞ。この期に及んで自己保身しか考えていないあんたは、議員失格どころか人としての価値さえない。恥を知れ」
そう言って手を離すと、誠はへなへなと崩れ落ちた。蔵吉は深いため息をつき、力なくうずくまる誠の肩に手を置いた。
「御手洗議員、あなたを取り調べます。こんなことになって残念です」
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