第十話 「空の終わり」 前編












 "鉄の二層"の通路を進んだ我々は、吹き抜けの空間に出た。

 直径が十間じゅっけんほどの大きな縦穴。

 内周に沿うように、階段がらせんを描いて下に続いている。

 縦穴は上下に伸びていて、どこまで続いているのか判らない。

 階段を下りはじめると、上空から羽音が近づいてきた。

 女の上半身に鳥の下半身、腕が羽になった怪物。

 鋭いかぎ爪に襲われ、腕をあげて顔をかばう。

 たいして力は無いが、足場は悪いし、真上からの攻撃は厄介だった。

 目一杯めいっぱい、戦槌を長く持って、頭上に振るった。

 頭を狙ったが、外した。

 しかし、つるはしが肩口に引っ掛かったので、すぐさま引き落とす。

 女面鳥身の怪物は意外と軽く、簡単に階段に叩きつける事ができた。

 戦槌を振り上げると、頭上で握りを返し、かなづちで背を叩き潰す。


「ああーーーっ……!」


 怪物は、人間くさい断末魔をあげて息絶えた。 

 私は、怪物を踏み越えて先を急ぐ。

 しかし、気付くとマリオンが付いてきていない。

 彼は、怪物の亡きがらを見下ろし、立ち尽くしていた。

 いら立ちを感じた私は、とって返し、赤毛の若者の頭をはたいた。

 彼は気を取り直したように、私の後に続いた。




 三層に入ってからは、さすがに怪物も一筋縄ではいかない。

 私もマリオンも、少なくない傷を負いつつ、先に進んだ。


「オードリー!」


 赤毛の若者が、前方を見て叫んだ。

 松明の灯火ともしびに、怪物の後ろ姿が浮かび上がる。

 上半身が裸の男、下半身が馬の怪物。

 手には短弓、背には曲刀を携えている。

 それと対峙するように、明滅する石を掲げた少女がいた。 

 あちこち衣服も裂け、傷を負っているが、瞳の力は失われてない。

 その少女が、マリオンを見た途端、顔をくしゃくしゃにゆがめた。


「AWHHHOOONN!!」


 私の腹の底で爆発した何かが、雄叫おたけびびになり、ほとばしった。

 松明を投げ捨てた私は、一気に間合いを詰めて、戦槌を振るう。

 だが、半人半獣の化け物は、素早く身を翻して逃げた。

 瞬く間に、灯火の届かない暗闇に駆け込む。

 そのまま逃げるのかと思ったが、暗闇から弓弦ゆづるが鳴る音がした。

 私の胸当てにはじける矢尻。

 腕で、顔をかばった。


「カスパー!」


 マリオンが、私の足元に松明を蹴り飛ばしてくれた。

 それを拾って、暗闇に向かって走る。

 再び灯火がやつの姿を浮かび上がらせるまでに、数発射られた。

 再び、半人半馬の怪物は、背を向けて暗闇に逃げ込む。

 私は追った。

 一定の間隔で、板金鎧が矢を弾く。

 板金鎧が覆っていない腰に、矢が刺さった。

 鎖かたびらでは、矢を防げない。

 だが、私は無視して走り続ける。

 奴が矢を打ち尽くすまでに、私は更に二本の矢に貫かれた。

 灯火に浮かび上がった半人半馬は、抜き身の曲刀を手にしている。

 突進する私。

 奴は後ろあしで立ち上がり、ひづめの付いた前肢で私を蹴った。

 音を立ててへこむ板金の胸当て。

 後ろになぎ倒される。

 しかし、私を跳び越すようにして、赤毛の冒険者が襲い掛かった。

 驚きに歪む、怪物の表情。 

 半人半馬の怪物は、曲刀を高い位置から振り下ろした。

 マリオンは、頭上で竹とんぼのように長剣を回す。

 曲刀の刃を受け止める十字鍔じゅうじつば

 ほぼ同時に、切っ先が怪物の人身の腹に突き込まれた。

 悲鳴を上げて、飛び退すさる怪物。

 奴は、腹を左手で押さえた。

 顔色が瞬く間に悪くなり、呼吸が荒くなる。

 再度、マリオンが、頭上で剣を回した。

 今度は、怪物は、その剣を全力で弾き飛ばす。

 その勢いを利用して、逆回転で斬りつけるマリオン。

 肘の辺りを斬られ、怪物は、曲刀を取り落とした。

 奴は、後ろ肢を折りたたんで、へたり込む。

 そこに、再び反転したマリオンの長剣が襲う。

 腹を抑えた左腕に、深く長剣が食い込んだ。

 怪物の前肢も、崩れ落ちた。

 そこに私が、戦槌せんついのかなづちを振り下ろした。

 突起の付いた打撃面が、怪物の頭骨を打ち砕いた。




 ぼろぼろの少女が、マリオンにしがみついて、泣きじゃくっていた。

 赤毛の青年も、膝をついて、強く彼女をかき抱いている。

 だが、まだだ。

 我々は、ここから生還しなくてはならない。

 私は、肩と胸の境から生えている矢柄やがらをへし折った。

 マリオンの肩に手を置く。

 一瞬、彼は息絶えた半人半馬の怪物に目をやった。

 しかし、彼は、私を見返して肯いた。




 昇降機を降りた所で倒れた、と後で聞いた。

 待ち構えていた盾持ち君と従士君が、私を運んでくれたらしい。

 傷そのものは、呪のおかげで順調にふさがった。

 しかし関節の痛みと気だるさが抜けない。

 結局、二週間ほど、ぐずぐずと寝床から離れないで過ごしてしまった。

 ディーも、似たような調子だった。


「老後ってこんな感じなのかな。いやだなぁ」

「ねぇ、おじいさん。そういう事を日ごろから言ってると、早く老け込むよ」

「ちげぇねぇ」





「領地に、帰る事にしました」


 マリオンが、報告に来た。


「そいつはいいね。で、オードリーはどうするんだい?」

「はい、領地に連れて帰ります」


 赤毛の若者の返答に、ディーは片眉を吊り上げた。


「若旦那のお手付き、みたいな扱いなら、うちで引き取るよ」

「はい、その。私の一存では何ともしがたい部分もあるのですが、できる限り事をしたいと思っています」


 ディーは腕組みをして、難しい顔を見せた。


「まあ、それでいいんじゃないかな。正室せいしつなんて望むべくもない。その代わり、きちんとした教育を受けさせてやってくれよ」


 私は、助け船を出した。

 ディーが、ため息をつく。


「わたしも、あの子に一つ二つ指南しておこうか。あの子なら、竜の牙を持たせてやれば……」

「それは、やめとこう?」


 私は、ディーの手に手を重ねて真剣に止めた。


「あの、ホントに大事にしますんで」


 竜牙兵は見せた事はないが、マリオンも、察したのか必死に訴えた。




「あいつも律儀だな」


 牛頭人身の怪物の角を、手で持て遊びながら、私はつぶやいた。

 他にも、蜥蜴とかげ男の皮やら、虎人間の牙、金銀の装飾品など、換金してなかった迷宮の乱取り品を、マリオンは全て置いて行った。


「……まあ、いずれジュリアーノの所には、行かなければならない訳だけど」


 居間で、私はディーと向き合って座った。


「この間、術の時に見た事だけどさ」


 私は、そう話を切り出した。


「あれってやっぱり、迷宮で死んだ人間の魂が、怪物になっているって事なのかな?」


 ディーは、しばらく返事をしなかった。

 私は、待った。


「まあ、そういう解釈が、一番素直だとおもう」

「であれば、怪物は人なのかな?」

「わたしは、そうは思わない」


 彼女は、眉間をもみつつ言った。


「魂と言ったって、生きていた頃の想いや記憶を明確に残してる訳ではないと思う。例えれば、魂の原料をこねて作った泥細工みたいな」

「女面獅子は、どうだったんだろうか。半人半馬の奴は、自分をどう考えていたんだろう」

「難しい所だね。わたしには、分からない」


 私は、角を長机に置いた。

 ディーは、私を見た。


「あんたも、もう分かってると思うから言うけど。もしあんたが狼になってしまったとする。その狼と、迷宮の怪物は、似て非なるものだと、わたしは思う」

「どう違うんだろう」

「わたしたちの考え方だと、大昔は、人と獣に分け隔てはなかった。人は獣になれたし、獣は人になれたし、結婚もできた。すなわち、ひとは元からだ。でも迷宮の怪物は違う。誰かが、そういう風に


 私は、その考え方を吟味した。


「元々そうであったのなら、そもそも人は怪物なのでは? あるいは、神々の造りたまいしものは善で、そうでないものは悪という話なのか? ディーの竜牙兵はどちらなんだろう?」

「そういうのは言葉遊びだよ。わたしは、わたしの信じるものについて話をしている」

「ふむ」


 どうにも、難しい。私は考え方を変えた。


「この件には、ジュリアーノが一枚噛んでるかもしれない。オレたちは、奴とどう関わるべきなんだろう」

「彼の狙いは何?」

「分からない。金儲けかなぁ。迷宮の乱取り品で、相当儲けてるらしいし」


 ディーは、下唇を指でつまんだ。


「迷宮そのものが、祭壇と儀式になって、一つの呪をしている。人が、こんな巨大な呪を生み出す事ができるとは思えない」

「うーん……。普通の人間には見えるけど」

「そのうちに、私も一度見てみたい」


 ディーは、そう言った。












 マリオンがやった、頭上で剣を回転させるやつのイメージ動画です。

https://youtu.be/iR9rN4_32Xw?t=1m17s

 また、ディーが開陳した、人間と野生動物に関する価値観は作劇上のフィクションです。

 狩猟民族系であれば、似たような説話はあるかもしれませんが、ヴァイキングがどうだったかはちょっと調べてません。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る