バレンタイン前日に何やってんの?

家猫のノラ

第1話

「ちっ。壁ドンされた」

「もっとしたるぞおら」

会話だけ聞くと誤解しか生まないと思うが、アタシと桐也は今、超古いテレビゲームをしている。お互いを爆破し合うという何とも野蛮なゲームなのだが、その中の戦略の一つとして、わざわざ壁に向かって爆弾を投げたりする。アタシたちはそれを壁ドンと言っている。何十年か前にヲタク業界で生み出された言語だそう。通常の壁ドンと違い2人の間にLOVEは芽生えない。恨みだけが募って行く。

「だいたい爆弾の画像荒すぎるだろ。なんだよこのナスみたいなやつ、分かるわけねぇよ」

「なんだなんだ〜?負け惜しみか〜?」

「うっさい!!」

ドカーン。

ふっ。壁ドンしてやったり。隙を突くのが賢いやり方ってもん…あれ?ナスが近づいてきて…?…!!

ドカーン。

「ぁぁああ!!壁ドンされた!!」

ふっ。って顔でこっち見てきやがるクソがよぉお!お前賢くねぇだろ、追試組がよぉ。

「やはり奇襲攻撃はバカ相手には有効だな。追試組さん」

くっ。そう、かく言う私も追試組である。今日も期末の点数が低すぎて桐也と一緒に追試だったのだ。帰り道で喉乾いたからお茶よこせって話になり、お茶飲んでたらなんか桐也がゲーム機掘り出してきて結局そのまま遊んでいる。…なんか思い出したら腹立ってきた。物理とかマジ何に使うんだよ。りんご食えよ。もったいないから落とすなよ。ついでに重力、その他もろもろ発見すんなよ。

ドカーン。

「いってぇなおいなんなんだよ」

ゲームでは勝てそうにないので本体を殴ってみた。

「腹ドン」

「姫莉ちゃんそれは殴るって言うんです」

「アタシ頭悪いから分かんなーい」

「可愛くねぇ」

「…ねぇ謙太郎も呼ばない?」

ポテチの油まみれになったコントローラーをおく。なぜか桐也もアタシに習った。

「あいつ今日出かけてるよ」

「そっか…。例の人?」

「おん、指輪の人」

「そっか…。付き合ってるの?」

「うーん、まだって感じだな」

「いつかは付き合うんだね」

「だろうな」

「そっか…」

いつの間にかテレビは設定画面を映し出していた。ぶっ壊れてんじゃねぇのこれ。

「設定変えられたらいいのに」

「?」

「アタシさ、謙太郎のこと好きなんだけど」

「おん」

「あれ?驚かないんだ」

「流石に分かるわ。なめんなよ俺の紳士力」

「桐也のことも好きだよ」

「…は?」

「あれ?驚くんだ」

「えっ?は?何?それはLOVEな感じで?」

驚く桐也から目をそらし、もう一度テレビに向き合う。

「設定変えられたらいいのに」

「…」

「アタシはとびきりイケメンでさ、モッテモテでさ明日なんかチョコめっちゃもらうわけ。そんで告白されまくるわけ。だけど全部断るの」

「…」

「『今はただ友達と遊びたいんだ』って」

「…」

「ねぇ桐也、あんた彼女とかほしいっしょ?家に連れ込んだりしたいっしょ?マジごめんね。こんな面倒なやつに好かれてさ」

桐也の方に振り返る。何真面目な顔してんだよ。

「…」

「あんた本当紳士だよ、バカなくせにさ、いいやつだよ本当」

「…」

「アタシ男だったら良かったのに。そしたらいくつになってもさ、仲良く入られたのに。でもさそんなこと無理じゃん?だからやっぱりアタシいい加減桐也たちと連むのやめな…」

言い終わらないうちに桐也はうずくまっていたアタシの腕を乱暴に掴んで引き上げた。

「うわすっげぇブス。悪いのは頭だけにしとけよ」

「…はぁ?」

「いやだって、涙とか鼻水とかぐじゅぐじゅだぞ、目ぇ真っ赤だし」

「…うるじゃい」

恥ずかしくなって顔を両手で覆うとしたら、力強い手で止められた。ちくしょう。

「こんなんで一丁前に悲劇のプリンセスぶるんじゃねぇよ」

「…」

「姫莉は明るくなくちゃならない。なんせ喜劇のプリンスだからな」

「それも変えたいよ。なんかもう辛い」

何でアタシ名前に姫なんてついてるんだろう。どこがプリンセスよ。あの親バカが。明るく元気な可愛らしいお姫様なんてやってらんない。

「姫莉、チョコ作ろうぜ」

突拍子もない発言に思わず下げていた顔を上げてしまう。

「はぁ?」

「なんだよ、これでも俺料理出来るぞ。お菓子も作るぞ」

「いや、別にそこを疑ってるわけじゃなくて、いや疑ってはいるけども」

「今日は姫莉が乙女になる日だ」

「はぁ?」

「イケメンの王子様にだって1日ぐらいお姫様になった方がいいんだよ」

「…あっあんたさっき…」

もしかして、プリンセスじゃなくて…

「プリンスって言いましたよ、だってお前俺の100倍くらいイケメンじゃん」

「はぁ?」

「だーかーら、お前はこの超絶イケメン紳士桐也様の100倍イケメンだっつってんの!!何度も言わせんなよ悲しくなるだろ」

「マジ?アタシが?」

今のアタシはたぶん口とか目とか鼻とか開きまくってて最高にカッコ悪い顔してる。

「他に誰がいるんだよこのバカ王子」

「…」

「だからお前が変わりたいなら変えればいいけどさ、俺はそのままが1番カッコいいと思うぞ」

「…変わりたくない」

やっぱり好きだ。このままでいたい。

「おう、あっそんでもって告白の返事だけどさ」

「別にあれは…」

「悪りぃな『今はただ友達と遊びたいんだ』」

ドカーン。

「正解。それが壁ドンだ。学習したか、さすがイケメン」

桐也の言っているのは綺麗事だ。いくつになっても一緒に居られるわけない。それぞれがこのくだらない時間より優先したい大切な時間を発見して行くのだろう。

でも、それは今日じゃない。今じゃない。それだけでアタシは救われるんだ。

それに、このくだらない時間がどれだけ大切な時間に埋れてしまおうとも、存在が消えることはない。見えなくなってしまってもいつかまた戻ってくる。そうだ、大人になってもまた、桐也の馬鹿話を聞いてあげればいい。謙太郎の失恋話を聞いてあげればいい。聞きたい。

アタシはイケメンだからね。カッコよくなくちゃ。

「チョコ作りましょ」

でも今日だけはとびきり甘いチョコを作ってやる。

今日のアタシは乙女だからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタイン前日に何やってんの? 家猫のノラ @ienekononora0116

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ