第3話 悪足掻きのやり方

次の日、俺は学校を休んだ。とても昨日、あんな事があったので珠理亜と顔を合わせるなんて無理だった。

というか、最期の日まで会いたくない。さながら俺の死神だな……


ちなみに俺が今日、学校を休むと伝えると、李璃まで休むと言いだした。結局、俺の遠慮も聞かず彼奴まで学校休んだ。本当に過保護な妹だ……


そんな時、一階からインターホンの音が聴こえる。誰かが来たらしい……まさか珠理亜の奴が…とも思ったが、死刑執行まではまだ猶予がある。


「はい、今行きます」


部屋が静かだったので、普段静かな李璃の声が微かに聞こえた。


しかし、それから暫くして扉の開く音と共に「ドスッ」という鈍い音が聞こえた様な気がした。


宅配便?荷物を置いた音だろうか?いや、それにしては…まるで何かが床に倒れた様な音だった。

何か違和感を感じる。気になった俺は一階に降りてみる事にした。


階段を降りていると下から嫌な臭いがした。嗅ぎなれていない筈なのに、ここ最近、何度か嗅いだ臭いだ。

慌てて階段を降りた俺の目に入ったのは、その臭いと共に何度も見た赤い水溜まり……そこには李璃が倒れていた。


「李璃ぃ!」


俺は声を上げて李璃を抱き上げる。必死に「李璃っ!」と名前を叫ぶ、すると朦朧とした表情で妹は口を開いた。


「兄さん、生きて……―」


そして、それ以上に李璃が話す事はなかった。


「李璃!李璃、誰にやられたんだ!おいっ!」


何度呼び掛けても妹からの返事はなく、腕の中で冷たくなっていくのが分かる。そこで妹が帰って来ないのだとやっと理解した。


そんな状況に絶望していると、後ろから物音がした。

振り返るとそこには手が刃の様に鋭く尖った男が立っていた。


「いやぁ、何か悪いなぁ。妹ちゃんが出るとは思ってなくてなぁ」


その言葉で確信に変わった。そもそも俺達以外の人間がこの家にいる事が、ソイツが妹を殺した犯人であると物語っていた。


「お前が李璃を殺したのか?何のために…」


「別に俺も殺すつもりはなかったさ?凛都、これは事故だったんだ」


ゆっくりと男は俺のそばに近寄って来る。間違えなく本来の狙いは俺だ…あの手は間違えなく珠理亜達と同じ生体兵器だろう……つまり、李璃は俺のせいで死んだんだ。


「でも、本来の目的は達成しなきゃね?」


男の姿が段々と珠理亜の姿に変わり、刃に変形した腕を俺の前に振り上げる。そしてニタニタと笑ってこう言う。


「大丈夫、直ぐに妹ちゃんの所に送って上げるからさ」


その瞬間、かつて絶望を送った閃光が、そいつの手を穿ったのだ。そう、それは鋭い音が空を裂いたのだった。


「チッ、何で邪魔する…」


「凛都には1週間の猶予を与えてる。それまで、凛都には指一本触れさせない」


幼馴染みの声、振り返るとやはりそこには珠理亜がいた。その姿は背中には翼が生え、まるで天使の様だった。


「それはお前達の独断だ、俺には関係ない。邪魔するなら……」


しかし、良い終わる前にそいつの身体は壁に張り付けになる。身体には銀色の刃が突き刺さっていた。


「ぐがぁ、貴様ァ……」


「貴方は終わりですよ、もう再生は出来ないでしょ?」


珠理亜の背後からもう一人現れた珠理亜が現れた。その珠理亜の言葉の後に、そいつはドロドロに崩れ去ってしまった。


「ごめんなさい凛都、また私達の不注意で…李璃ちゃんが…」


いや違う、悪いのは珠理亜達じゃない。珠理亜達はあの男から俺を守ってくれた。つまりあの男と珠理亜達は仲間ではないのだろう。


「珠理亜、ありがとう、助けてくれて。気にしないでくれ、悪いのは俺だよ」


「違うの、あの個体は私達の記憶を共有してて…だから──」


だからどうした?もう李璃は帰って来ない。今更、誰が悪いとかどうでも良い。でも思えば初めてだったな…李璃のあんな顔を見たのは……


「もう一人の珠理亜もありがとうな」


「私の名前は珠理亜ではなく寿栗亜(しゅりあ)です。別に私はお姉ちゃんを助けただけですので」


「悪いけど凛都、李璃ちゃんの遺体を渡してくれる?」


「10分間だけ、外にいて下さい。それで全て片付きます」


何となく分かっていた。珠理亜達は生体兵器、そしてそれは知られてはいけない…つまり存在の証拠になるものは消さなければならいないのだろう。


「分かった……じゃあな李璃」


俺はそう言い残し家を出た。それから10分間後に戻った家には血は一滴もなく、全て何も無かった様に修復されていた。


「凛都、おかえりなさい…」


そこには既に寿栗亜は何処かに行ってしまっていて、珠理亜だけが残っていた。


「珠理亜、今すぐ俺を殺しても良いんだぞ…」


「ごめんなさい、それは無理なの…」


そう言って彼女は外へ出て行った。別に李璃に対する償い何かじゃない、俺からはもう生きる気力が損なわれていたのだ。


俺は妹の亡骸があった床に膝着く、全てが元通りになった家には李璃だけが居なかった。


それから俺は特に何かを口に通す事もなく、布団に潜り既にあれから三日が経っていた。


頭には李璃の事ばかりが浮かんだり消えたりしていた。


「災難だったね、天ヶ崎くん」


その女の声に布団から俺は顔を出した。そこには珠理亜に似た女が座り込んでいる。しかし声も口調も違う、だがこの女も珠理亜達が言う生体兵器とやらなのだろう。


「お前も俺を殺しに来たのか?」


「ん?ボクが君を殺しに?ナイナイ、寧ろお話に来たのさ。何も知らずには死にたくないだろう?」


「別にどうでも良い…話たかったら勝手に話してくれ」


「うん、ボクはお喋りだからね。そうさせてもらうよ」


ソイツの話に耳を傾けつつ、俺は布団へと潜った。そして彼女の話はこうだ。


自分はあの時、住宅開発地で珠理亜に殺された個体だと、彼女は自分がイレギュラーで所謂、珠理亜達が作られた研究施設から抜け出して来た生体兵器で他の個体に命を狙われているのだと話してくれた。


「じゃあ、お前はこんなところに居て大丈夫なのか?珠理亜達とは記憶を共有してるんだろ」


「心配とは優しいんだね。でもボクは旧式だから彼女達とは記憶を共有してないだ。それに見つかっても問題ないのさ」


「随分と自信があるみたいだな…」


「いや逆だね、妹達の方が強いよ?でもボクは死なない個体だからね」


「死なない個体?どういう事だよ」


彼女が言うには、生体兵器は異常な細胞変形能力や再生能力を持っている。しかし、それは核の存在、つまり人間でいう心臓があるかららしい。彼女はそれに頼らない個体、つまりイレギュラーなのだという。


「まぁ、人間ごときじゃ核どころか肉体すら傷つけられないけどね」


「最初から珠理亜達と戦う気なんてないさ…」


それから彼女は勝手にペラペラと色んな事を話してくれた。生体兵器についても彼女は教えてくれた。

最初に作られた000[原初]と呼ばれる個体、それを培養して沢山の個体を作った。

嘗て密かに開発された機械パーツに頼らない兵器、それを他の国に売り捌いていたらしい。

しかし、その生産は原初の破壊によって終わり、残った優秀な個体は他国に売られ、不良品は破棄された。

しかし、その後、原初に頼らない方法で珠理亜や寿栗亜の様な新型の個体が開発されたのだという。


「ねぇねぇ少年、ここで言う不良品…いや、兵器にとっての欠陥って何だと思う?」


「はぁ、上手く機能しないとかじゃないのか?」


「違うよ、感情を持つ事だ。生体兵器は機械じゃないから、どうしても自我の芽生える個体が生まれる」


つまり、破棄された不良品ってのは感情を持った生体兵器だった。生物として心を持つ事は間違えじゃないが、兵器としては大きな欠陥になるという事らしい。


「ボクは原初と生まれた幼馴染みで留め具、言わば彼女のブレーキ役、だから感情を持っててもお咎め無しだったんだけどねぇ…」


「原初が壊れたから…用済みになった?」


「そう、だからその日に逃げ出したのさ!それにもう彼女無しでも開発できる環境を研究者は揃えてからね。原初もボクも本当に用済みだね!」


「何で、そんなに楽しそうに笑えるんだ?」


それが不思議で堪らなかった。彼女は感情を持ったが為に沢山の追手に追われている。必要としてくれた人達にも裏切られ、幼馴染みと表現するに、彼女は原初の事を好ましくは思っていた筈なのに……


「何故、笑えるか?心があるからに決まっているじゃないか、君は何で塞ぎ込んでいるんだい?」


「やっぱりお前は兵器だよ、妹が自分のせいで死んだんだぞ。塞ぎ込まない訳が無い、やっぱりお前は感情の無い兵器だよ…」


分かってる、八つ当たりだ…最低だよなぁ俺って…もう消えてなくなりたいんだよ。


「兵器らしく、俺を殺してくれよ…」


「いや、だからボクにはその気は無いんだって…君はさっきまで楽しそうに話してたじゃないか?」


「楽しそう?…俺が?……」


そんな訳がない、笑える様な状態なんかじゃなかった筈だ。李璃を失って、家にはずっと一人でいて…だから、久しぶりの誰かとの会話が……そうか、久しぶりの会話が心地良かったのか。


「ねぇ天ヶ崎凛都、ボクと一緒に来ないか?二人で何処までも逃げようよ」


「俺にはもう、その理由は…」


「本当に無いのかい?」


何度も何度も夢の中で現れた。幾度も脳に浮かんでは消えていた妹の最期の表情、普段無口な彼女の涙…そして「兄さん…生きて……」

最期の言葉、それは恨みの言葉なんかじゃなくて、俺の生を願うものだった。あるじゃないか……

生きる理由なんて、それで十分だった。


かくして俺は彼女の手を取った。久しぶりに外の風が目に染みる。高いビルの上からこの世界を眺めていた。


「泣いてるところ悪いけど、君達が使ってる身体拡張技術って何だと思う?」


「泣いてねぇし!…ん、何て答えれば良いか分からないな」


「あれはね、実は生体兵器の細胞にセーフティを掛けて売り出しただけの、兵器のパーツなんだよ」


「えっ、て事は世界で流通してるのは珠理亜みたいな奴らから作ったパーツって事か?」


「そういう事だよねー、君が言ってた兵器だよ?人間も対して変わらないね!」


「えっと、根に持ってる?謝るよ…」


って事は眞人が付けてた脚や、海外の人間が行ってる拡張技術も生体兵器の細胞が持ちよられていたって事か…それ知らずに使ってる奴らがこれを知ったら世界レベルでパニックだろうな。


「つまり、本当に珠理亜達が知られたくなかったのは、身体拡張技術の正体って訳か?」


「そうだね、世界中がひっくり返る秘密だよ。それがボク達が狙われている理由だよ」


まぁ、自分の身体の一部兵器だとか洒落になんねぇもんなぁ…


「そういや、珠理…じゃなくてお前の名前聞いてなかった」


「ん?一応001って名乗ってはいるけど…」


「じゃあ呼びにくいから零一でどうだ?」


「まぁ、別にボクは好きな呼び方で良いんだけど、せっかくだからその名前を名乗らせてもらおうか」


これから先、きっと沢山の生体兵器に追われて、危険な目に遭うのだろう…でも李璃、俺はもう少し…最期の時まで足掻いてみようと思うよ。


「じゃあ、よろしくな零一!」


「うん、ボクと君は死ぬまでは運命共同体だ。仲良くやろうね?」


こうして幼馴染みにそっくりな生体兵器、零一と俺の長きに渡る逃避行が始まったのだった。

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幼馴染みの秘密は世界の秘密でした。 NORA介(珠扇キリン) @norasuke0302

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