プログラマー探偵 路軸《ろじく》久美子《くみこ》

喰寝丸太

第1章 愛憎の反転《桁あふれ》

第1話 自己紹介《初期設定》

 僕は蘭崇らんすう初雄はつお 会社勤めの平凡なサラリーマンだ。

 毎日パソコンを使って事務仕事をしているが、はっきり言ってパソコンには詳しくない。


 そうなると困る業務も発生する。

 顧客の何万件ものデータから、ある店の購買範囲に従って抽出せよとかの仕事がきたりする。

 大きい会社だと電算室みたいなのがあって専門の人がやってくれる。

 素人だとこれに四苦八苦。


 データベースの機能で何とかなるうちは良い。

 売買のセールス効率が良いデータを寄越せとか言われてもなんともならない。

 そういうのはAIの仕事だろ。

 もちろん、会社のシステムにAIは入っていない。


「あー、顧客で今年入学のお子さんがいる家庭をピックアップしてくれ」


 係長から仕事を頼まれた。


「ええと、歳で抽出したんじゃ駄目ですか」

「早生まれがあるのを知らないのか」

「そうでした」

「怪我や病気で入学が遅れている子も忘れるなよ」

「はい」


 ええと年齢と誕生日を加味して条件を設定する。

 ありゃ、入学遅れを加味するにはどうやったら。

 こんなの出来るか。


 くそっ、また残業かな。

 いや僕には切り札がある。


 それが路軸ろじく久美子くみこだ。

 久美子は定食屋1回のおごりでプログラム関係の依頼を受けてくれる。

 僕に惚れているのではないかと密かに思っているが、自惚れかな。


 久美子は眼鏡をかけていて、黒髪をロングにしている。

 見た目は文学少女だ。

 少女という歳ではないが、童顔なので若くみられる。

 本人は体型がお子様ぽいのが気にくわないらしい。

 僕はスレンダーで良いと思うけど。


 外は生憎の曇り空。

 天気予報では雨が降って来るらしいが、傘をもってきているから問題ない。


「あー、蘭崇らんすう君。ちょっといいかね」

「何です。課長」

「広報の蜂人はちと君を知っているかな」

「ええ、狭い会社ですから。一緒に飲みに行った事もあります」

「彼が無断欠勤しているのだよ。それで重要な案件が1つあって連絡を取りたい」

「僕に言われても?」

「総務の仕事じゃないが、家まで行ってくれないか」

「いいですよ」


 僕は二つ返事で引き受けた。

 内密の電話をする為に会社の外に出る。

 今は2月上旬で、外は寒い。

 ホカホカとコートの内側で使い捨てカイロが熱を発する。

 その暖かさが心地いい。

 こんどヒーター付きの上着を買おうかな。

 温かいに違いない。

 僕はスマホを取り出した。


『もしもし』


 僕は久美子に電話を掛けた。


『どちら様?』

『着信に名前が出るだろう。分かっている癖に』

『知っている? 符号付きの変数のプラスが続き過ぎると、どうなるか?』


 久美子はたまにプログラムの話題を出して煙に巻く。

 そういう時は少しもやっとしている時だ。

 すねる前の前兆と言っても良い。


『増えるのが止まるんじゃないかな。カンストとか言うじゃないか』

『違うわ』

『じゃあゼロになる』

『惜しいわね。符号無しだとそうなるわ』


『教えてくれよ』

『符号付きだとやがてマイナスになるの。符号が反転するのよ。【桁あふれ】現象と呼ばれているわ』

『プログラムの事は分からない』

『適度な距離感が大切なのよ。何事も限度を過ぎると良くないわ』

『じゃあ、切るぞ』


 そろそろ会いに行かないとすねるかもな。

 でも、今日はその前に仕事を熟さないと。

 電話が終わった頃には駅に着いていた。

 電車の中は暖かいだろう。

 ICカードを取り出して改札の機械にタッチ。

 ピピッと音がした。


 電車が来るまでにあと5分か。

 僕は入学の抽出を考え始めた。


 ええと、久美子よれば一つずつ考えるだったな。

 複数同時に考えるからややこしくなる。

 とすれば、まずは入学してない子供を全て抽出だ。

 そして早生まれの年齢設定。

 普通生まれとやって。


 あれっ?

 ええと、何だかおかしい。

 入学が遅れた子供はどうするんだ。

 これをどうしたら良い。


 電車が来ので、乗り込む。

 蜂人はちとの家の最寄り駅まではまだ時間がある。


 うーん、条件の絞り方が分からない。

 久美子に頼まないと。

 こんなのが分からないのと言われそうだ。

 1つ条件を設定するだけでも、こっちは一苦労なんだぞ。


 久美子の条件判断は真か偽しかないのよという声が浮かんだ。

 人間は大体という曖昧な感覚で生きているんだよ。

 単純に割り切れたりしない。

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