第7話 レストラン蜂の巣にて 其の三

 時計の長い針が半分も回らないうちに、レストランの片づけは終わり、三人分のカップとポットを持ってチナツが先にテーブルにやってきた。すぐにパールおばさんがクッキーを持って席についた。

 チナツはウズウズした様子でヒートに視線を向けている。


「お二人の質問は僕の住むところ、つまりこの街の外のことについてということでしたね? でも、それを説明するのはちょっと難しくてですね…。先にこの街の、外にある他の街と違う点についてあげることから始めますね。僕が当たり前に感じていることを引き出すより、多分上手く話せると思うので……」


 ヒートはここで間を置いた。二人とも頷くのを確認してから、一度だけ深呼吸する。そして続けた。


「この街が僕の地元または他の街と異なる点は多いですが、僕の知るもので大きいものでは二つです。


 まず一つは、命名にあたっての風習。出産時に儀式を伴う文化を持つ場所は多く、足を縄で縛ったり、へその尾を燃やしたり、割礼をするところもあります。けれど名前に関するものは僕は見つけられませんでした。儀式の内容は、二人の方がよくご存知のはずです。


 二つ目はヒマワリの収穫祭。祭りというのは地方によって異なるのが当たり前なんですけどね。変わってるのは首飾りを作る点と、それを火にくべる点です。

 この収穫祭の意味は、父が調べたところによれば、『その年の実りで一年を過ごせるように』との願いが籠められているのがこの祭りなんです。昨年の実りを残さないという決意表明もかるのかも知れませんね。


 だから、その年のヒマワリが咲く頃になると昨年分の種を首飾りにする作業が始まります。

 これは恐らく、種の擦れる音が魔除けになる。

 あと、名前の点と掛けられているんだと思います。日が回る。さっきの収穫祭の祈願の部分ですね。

 そしてヒマワリが散って種をつける頃に収穫祭を催し、首飾りは広場の組木の火にくべます。この時のパチパチというはぜる音も、魔除けになるんでしょう。


 そしてこの祭りの収穫祭という意味と別に大きい意味を持つのが、改名の儀式です。

 これは現在のようにあだ名という感覚がなかった時には必要な儀式だと言えたんでしょう。

 街の定める義務教育期間である六歳から十八歳までの十二年間、毎年首飾り作りに参加した町民に十八歳の時に一度だけ与えられる権利。

 やり方は知りませんが、昔にも名前の長さや風習に疑問を抱いた人も居たってことですかね……」


 ここまで一気に話して、ヒートは改めて二人を見た。パールおばさんは感心したように口笛をヒュウッと吹き、チナツはポカンとしていた。


「スゴイねぇ! あたいより詳しいじゃないか!」


「アタシよりは確実に詳しいよ」


「ありがとうございます。話していて気付いたんですけど、ここの蜂蜜とパチパチ蜂の揚げ物はこの街だけですよ。それに、外はここよりずっと自動車が多いし、テレビは一家に一台ありますね」


 ヒートは補足を述べて、ポットからお茶を注ぎ一気に飲んだ。冷たいハニーティーだ。


「テレビ……ってなんだい?」


「四角い箱型の機械でね、その中で映像が動くの。全自動紙芝居みたいな物よおばさん。この辺りだと、教会と町長さんのとこにしかないけど、最近はお金持ちのところは買ってるみたいよ?」


 チナツが首を傾げたおばさんに説明をする。


「そうなのかい。自動車はバスがあるから解るんだけどね。持ってるのは町長さんくらいか。バスだってこっちに来るのはあっても、外に行く便はほとんどないもんねぇ」


 あまりピンと来ない様子でおばさんがぶつぶつと呟く。


「まぁ、ここの蜂蜜が珍しいのはわかるよ。ワザワザここまで買いに来る客がたまーに、たまーに居たからね。あ、でもパチパチ蜂そのものは祭りの日以外禁止になったよ。食べるの」


「そうなんですか?」


「うん。なんでも中毒性があるんだって、外の街の偉い人がやって来たときに取り締まっちまってね」


 おばさんの説明はこうだ。

 元々、パチパチ蜂というのはこの辺りの蜜蜂で、蜂蜜だけではなく虫も食用とされていた。栄養があるとされており、揚げる以外の美味しくなる調理方はないが、噛むと染みでる深みのある甘さ辛さが美味だった。

 けれど変わったところがあり、噛むとしばらくパチパチと口の中で音と刺激が続く。これに中毒性があると危惧され、年に一度の収穫祭以外は食べることが禁止になったということだった。

 一部の人々からは反対の声も上がったが、麻薬に近いと言われたあと食べたがる人は減り、禁止は承諾された。


 ヒートはおばさんの説明に、八年の大きさを体感した。教会がチナツの家なら、今夜色々とまだ聞けるかも知れない。

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