第16話 遠峰と男子二人、警察前


「まさかの警察沙汰とは……ガッコは遅刻するし、母ちゃんには泣かれたし。『アンタ、とうとう警察の御厄介に!』とかさ。俺、そんな信用ないのか?補導された事さえないぜ?」

「オーラが突き抜けちゃってるんじゃないのか?見るからにヤバい方に」

真広まひろ!お前、親友にだって言っていい事と悪い事があるんだぞ!」



 午前10時30分。


 ●●ヶ駅近くにある警察署から出てきた遠峰浩太、そして、美海のチョコを持ち去ろうとした男を遠峰と共に追いかけた男子高校生二人、城ケ崎真広じょうがさきまひろ吉川圭一よしかわけいいちは事情聴取を終えて解放された。


「お前、本当に元気だな……。『カツ丼食べたいです。カツ抜きで』とか言って警察の人達に大爆笑された吉川君」

「あのウケ具合い、ヤバかったな!俺の人生の一番輝かしい時間がやってきたってのによ!素直に祝福してくれ!」

「後は転がり落ちるだけだな、おめでとう。遠峰君、具合いはどう?」


 ガーン!とショックを受ける吉川に構わずに、遠峰を気遣う城ケ崎。


 三人で男を押さえつける前に、先に追いついた遠峰を振り払おうとした男が暴れて、その手が遠峰の顔を掠めていたのだ。


 美海のチョコを盗った男は窃盗と傷害未遂の容疑が付き、今も解放されていない。

 

「アイツ、窃盗の常習犯らしいってな。ま、自業自得ってやつだ」


 警察署で左頬に大判の絆創膏ばんそうこうを貼られた遠峰が、苦笑いをしながら答える。


「傷は大丈夫です、ありがとうございます。それに、浩太でいいですよ」

「おう!俺らのイッコ下なんだから、ちゃあんと先輩ってつけろよな!浩太」

「うっせえよ。浩太と、その紙袋の持ち主の天使……持ち主は知り合い?」


 城ケ崎は遠峰が持つ、デフォルメされたウサギが描かれた紙袋を指さす。


「あ、はい。堀さんは小学校からの同級生です」

「それじゃ尚更だよな。あんな真似されたら、何とかして取り戻したくなる」

「……はい」


 多少シワができたとはいえ、紙袋を男から取り戻せたというのに浮かない顔をしている遠峰に、城ケ崎は首を捻る。


「おい浩太!ちゃんと天使ちゃんに、俺のチョコ返せよな!」

「お前、騒がしいからちょっとヒッチハイクをしてこい。あれでどうだ?」

「めちゃめちゃパトカーだろが!ざっけんな!」


 警察署から出ようとするパトカーに、思わず後ずさりする吉川。


「ま、悪いけどその荷物、頼む。今からなら三時間目辺りには間に合うか。もし何かの事情で返せないなら、俺らが返しに行ってもいいが、大丈夫だろ?」

「それいいな!真広、俺らで返しに……」

「あ、あれどうだ圭一。乗り心地よさそうだぞ」

「一輪車じゃねえか!」


 文句を言いつつも、一輪車に乗る小学生を羨まし気に見ている吉川を横目に、城ケ崎は遠峰の肩をぽん、ぽん、と叩いた。


「どんな事情があるかは知らんけど、そんな顔してたら幸運が逃げてくぜ?誰のものになるのかわからんチョコを寂しそうに見てるくらいなら、バレンタインデーに勝負をかける男がいたっていいんじゃないのか?」

「?!」


 弾かれた様に顔を上げた浩太を、ニマニマと眺めた城ケ崎。


「あれは俺のだ!」

「はいはい。ほら、ガッコでお前のチョコが待ってるぞ。知らんけど」

「そっか!忘れてた!真広、グズグズすんじゃねえよ!うっひょお!」

「この野郎……!じゃな、浩太。良かったらいつか、楽しい話を聞かせてくれ」


 駅に向かって走り出した吉川に肩をすくめ、城ケ崎は小走りで追いかけていく。


「……」


 遠峰は、動かずに。しばらくの間、手の中の紙袋を、じっと見つめた。



 三時限目が終わり、休み時間。


 援軍が増えた事で急遽グループチャットを作った芳乃は正しい情報へと近づいていく。


(テニス部の先輩に聞けた!今日の朝練は五人欠席でそのうち三人は病欠らしい。あと一人は確認中だって)

(おおお!たなちん、ないす!)

(俺、たなちん?!)


(遠峰君なら、●●ヶ丘駅のベンチで座ってるの見たって!)

(そっか、じゃあ昼休みには来そうだな。あ!ウサギ柄の紙袋持ってたか聞けるか?)

(ういー。聞いてみるねー)


 芳乃と菜々子は顔を見合わせて、頷いた。


(な、みんな。これで遠峰とテニス部のもう一人が美海のチョコの行方を知らなかったら、別の手が打てる。もう、ダメなんだ。告白するなら、今日しかないんだ。ありがとな。本当にありがとう!この礼は必ずする)


 そう言って周りを見渡した芳乃と菜々子は、ペコリ、と頭を下げた。美海のチョコ配りは、あと少しで終了しそうな気配を見せている。


(俺、焼肉が食いてえ!)

(私達はケーキバイキングでいいかな!)

(PS4の新作ソフトで手を打ってやるよ!)

(芳乃!俺にチョコ忘れんなよな!)

(うっせえわ雄二!わかってんよ!)

(僕は藍原菜々子さんのチョコ、ほしいなあ)




 ?!

 

 !!!




(ひゅうー!菜々子モッテモテー!!)

(俺たちは、ものすごい瞬間に立ち会った……)

(うわ!うわ!)

(え?誰々?!今の、だぁれ?)


 皆が美海に気づかれないよう、無言でジェスチャーやダンス、様々な表情をし始める。


 飛び交う、色とりどりのスタンプ。


 が。


 芳乃はツッコミを忘れなかった。


(任せろ。夢は叶えてやる)



 !!!!



 更に楽し気に、体を揺らすクラスメイト達。



(菜々子がな)



 ごんっ!



 菜々子の頭が、机にぶつかる音が鳴り響いた。





 一体感。

 盛り上がりを見せるクラスメイト。


 続々と集まる情報。

 手応えに高まっていく期待感。




 だが。


 昼休みの鐘が鳴っても。


 学校に遠峰の姿は、なかった。


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