昭和の悪役令嬢・紅静波の改心——少年漫画『あまいぞ!男吾』に見る、少年犯罪を赦すということ

たけや屋

昭和の悪役令嬢・紅静波の改心

 Moo.念平ねんぺい:著『あまいぞ!男吾だんご』は、昭和〜平成の月刊コロコロコミックに掲載されていた漫画です。著者いうところの『ただの悪ガキの日常生活にスポットを当てた』作品。


 本作は昭和という時代では非常にチャレンジャーな『男女平等パンチ』を繰り出す漫画でもありました。当時、女子に手を上げる男子は人間のクズ。しかし男吾はただ暴力を振るうような人間ではありません。メインヒロインが勝負を望んでいたから、殴り合いのケンカで応えたまで。


「みんながアタシをお嬢さま扱いする中で、アナタだけが全力でぶつかってきてくれた!」

 と小学生時代のメインヒロインは男吾にれていくわけです。


 しかし当時人気を博していたゲーム漫画・ホビー漫画に比べると本作は地味で、アンケート結果も振るわなかったそうです。

 そんな中、連載中最高のアンケート結果(2位)を叩き出したエピソードがあります。


 悪役令嬢・くれない静波しずはとの対決を描く、中学生編の『あかい嵐(前編・後編)』です。


 ◆ ◆ ◆


 男吾が悪名高い中学校に入学して、もうすぐ2年生になるというころ。


 紅静波がフランス留学から帰ってきました。

 静波は社長令嬢にしてケンカっ早い女番長スケバン。かつて学園で暴力事件を起こしており、そのほとぼりが冷めるまでフランスに留学していたのです。


 親のカネと権力で暴力沙汰をもみ消すあたり、まさに悪役令嬢。


 しかし帰ってきた静波は性格が一変していました。暴力性はなりをひそめ、その行いは礼儀正しく清楚可憐な、バラを愛する乙女。まさに理想のお嬢さまです。

 フランスで美しさを学んできた静波は、親のカネで学園改革に乗り出しました。そのうちのひとつがメインエピソードに繋がるのです。


「学生食堂をフランス料理にかえます!

 これからの日本人は国際人としてあるべきです!

 そこで食事のマナーを徹底させます!」


 生徒が自主的にこのようなことを言い出しては、先生も反対はできません。生徒も先生も賛成大多数。しかもこの改革は即日実行という漫画的な超スピード。


 これに男吾は猛反対します。

 なぜなら、もうすぐ給食のおばちゃんに協力してもらって『オニギリ大食い大会』を開く予定だったからです。しかし翌日からフランス料理のシェフが来るのでおばちゃんはクビ。大食い大会は開催不可能。


 男吾は理事長に殴り込みにいきます。給食のおばちゃんをクビにするのは本当かと。


 それに理事長はこう答えます。

「本当だ。学園のため、国際人たるためといわれれば許可せんワケにはいかんだろ!

 大事なのはそのあとだ!

 反対ならおまえが、おまえたちが行動をおこすがいい!」


 この学園長は、生徒の自主性を重んじる人格者です。なので男吾と静波、どちらにも肩入れしませんでした。


 言葉に納得し、男吾は行動を起こします。

 しかし静波もただ黙って見ているわけではありません。


 表では理想のお嬢さまを演じていても、裏では昔どおり、逆らう奴を暴力でねじ伏せる。悪人ぶりは健在。

 しかもかつては己の実力だけで女帝に君臨していた静波も、今では——。


「子分はゾロゾロつれ歩く、金バラまいて人気とり!」

 と、まさに悪役令嬢の見本のようなずる賢さを身につけていました。1度悪事がバレた悪人が、次はバレないよう狡猾こうかつさを身につける——というのは現実でもよくあることです。


 大食い大会を開くためにはどうすればいいか、男吾たちは考えました。

 そこで、給食のおばちゃんの機転で『食堂が使えないなら、校庭で大食い大会をすればいい』ということになりました。食堂ではなく外での食事。今でいうキャンプ飯です。


 男吾は大食い大会開催のポスターを学園中に貼りまくりますが、悪役令嬢もすぐ対抗措置をとります。

 その日のうちに、静波の校内放送が学園中に鳴り響きます。持ち前の財力を活かして、大食い大会の日時にかぶせる形でステーキパーティを開くというのです。


「一流のシェフによる最上級のステーキが無料で食べられます。

 胸にバラをさしておこしください」


 オニギリとステーキ——食い意地の張った中学生がどちらを選ぶかは言うまでもありません。

 バラは静波のトレードマーク。これを全校生徒に『自主的に』付けさせることで、格の違いをわかりやすく見せつける。男吾の心を折りに来たのです。


 ルールにのっとって全校生徒を味方に付け、その上でお上品に男吾をあおりに来る。その姿は清々しいまでの悪役っぷりです。


 さて青空大食い大会の当日。食堂のおばちゃんは校庭で山ほどのオニギリを準備していました。

 そこへ、とある女生徒の集団が手伝いに来てくれます。

 しかし……。


「あっ、落としちゃったァ」

 と、その女生徒たちはわざとらしくオニギリを地面にぶちまけました。しかもそのあと砂を蹴りかけるという鬼畜行為。


 女生徒の集団は、静波とその取り巻きでした。


 悪役令嬢は優雅にほほえみ、オバちゃんを見下ろしながら言います。

「やっぱり外で食事なんて不衛生でダメね。オバちゃん……」


 その後、男吾たちが現場に到着しました。


 おばちゃんは砂だらけになったオニギリの前に座り込み、泣きながらこう言うのです。

「ゴメンよ、みんな……。オバちゃん、うっかり落としちゃった。

 米ももう残ってないし。ゴメンよ、ゴメンよ」


 おばちゃんは静波をかばったのです。明らかな悪意を向けられたのに。食い物を粗末にされたのに。それでもおばちゃんは更生の可能性を信じて、生徒に過度な罰を与えることを望みませんでした。


 しかし現場には静波のトレードマークであるバラが落ちていたのです。

 犯人は明白。男吾とその仲間たちは静波へ殴り込みをかけました。

 最終的には男吾と静波の一騎打ち。ただでさえケンカ無双の静波はフランスでフェンシングを身につけ、単独ソロでも作中最強レベル。


 ここに雑草vsバラの戦いが始まったのです。


 ◆ ◆ ◆


 もし本作の舞台が令和の現代だったら、静波の取り巻きの誰かがオニギリをぶちまける一部始終を録画して、SNSで配信していたでしょう。集団になればなるほど、そういう馬鹿はどうしても出てきてしまうのですから。


 そして炎上したらあとは皆さんご存じの通り。


 静波は世間からネットリンチにい、親の会社まで悪影響を受けるに至り、ついには自主退学処分——ということになったのではないでしょうか。

 たとえ昭和の時代でも、おばちゃんが訴え出れば静波の立場は悪くなったはずです。理事長は人格者なのですから。


 しかしおばちゃんはそれをしませんでした。ゆるしの心を持っていたのです。


 個人的な感想ですが、自分はこのおばちゃん以上にかっこいい『おばちゃんキャラ』を知りません。これぞ教育者。大人のパワーで悪ガキをぶちのめしても根本的な解決にはならないことをしっかりと理解して、行動できる。そういう立派な大人です。


 ◆ ◆ ◆


 さて。

 激闘の末、男吾は静波に勝利します。しかしとどめは刺さず、相手に恥をかかせず、男を見せながらの退場です。


 そんな少年の背中を見て、ボロボロになった静波はつぶやくのです。憧れと改悛かいしゅんの目差しで。

「……アイツ、美しかったな……」


 その後すぐ、生徒たちが手分けして米を調達してきたことで、無事オニギリ大食い大会は開催されました。

 そこへ静波が参戦してきます。


 ずる賢い悪役令嬢としてではなく、昔ながらの女番長スケバンとして。正々堂々と。そして元気よく言います。

「オバちゃん、いただきます!」


 おばちゃんはそれに対して満足の笑顔で応じるのです。


 ◆ ◆ ◆


 以上が、昭和の少年の心をわしづかみにしたエピソード——あまいぞ!男吾の『紅い嵐』です(当時は悪役令嬢って言葉も存在しませんでしたが)。


 昭和という時代ではあり得なかった、男子と女子のガチ真剣勝負。

 不良生徒にやり返さず、泣きながら更生を願うおばちゃんの心情。

 そして主人公・男吾の心意気と、悪役令嬢・静波の強さ、粛然いさぎよさ。

 少年犯罪を描きながら非常にカラッとした読後感は、まさに名作。


 最近たびたび報じられている『SNSで犯行を自爆した少年犯罪者』たちへも、世間はこれくらいの度量の広さで接するべきなのです。昔の社会はそれだけの余裕がありました。まあ言いたくてもネットがなかったので相手に言葉を届けるのが物理的に不可能だった——っていう理由もあったのでしょうが。


 しかし自爆少年犯罪者たちにネット上で文句を言っている人々は、加害者から直接被害を受けたわけではありません。そこまで怒号を上げる理由などないのです。大人ならここは粛々と受け流し、被害企業の行いを見守っていればいいのではないのでしょうか。


 被害企業が賠償金を取るならそれで良し。赦すならもっと良し。

 悪ガキを力でブチのめしても、根本的な解決にはならないのですから。


 犯罪者を更生させ、社会全体で再犯防止策を講じることで、日本は徐々に犯罪件数を減らしてきました。

『最近は物騒な事件が多い』

 とはよく言われますが、実は犯罪って年々減っているのですよ。マスコミの報道に騙されてはいけません。犯罪件数については警察白書を読みましょう。


(刑法犯認知件数:

 平成28年度996,120件

 平成29年度915,042件

 平成30年度817,338件

 令和 元年度748,559件

 令和 2年度614,231件)


 作中でも示されたとおり、犯罪者は1度犯行がバレても滅多に反省しません。

 反省したふりをして、次はバレないよう犯罪を巧妙化させるのが犯罪者という生き物です。それを真人間に更生させるのは並大抵の苦労ではありません。三つ子の魂なんとやら、です。


 ですがそれでも『あまいぞ!男吾』の名エピソードに学び、少年犯罪者へのネットリンチには断固反対だと言わずにはいられないのです。


 最近話題の回転寿司を食べていたら、ふとこんなことを考えてしまったのでした。


 ★ ★ ★ ★ ★


 引用・参考:Moo.念平『あまいぞ!男吾』全3巻 英知出版


 ※本作はコロコロコミック版が全16巻で電子書籍化されていますので、興味がありましたらぜひどうぞ。ちなみ自分の持っている英知出版のトラウママンガブックス版は1冊1000ページ前後の全3巻、紙本オンリーでございます。非常に分厚く、まさに鈍器。


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