第5話 占い師

 九月下旬の日曜日。小林は職場から数キロにある繁華街に来ていた。下はジーパン、上は白シャツに青色の上着、小さな青のカバンを肩に掛けている。

 夏の臨時休暇、小林は明美に告白することはなかった。

 なぜなら、彼女と付き合う資格はない、と考えているのだ。

「何者でもない僕が‥‥‥馬鹿なことを考えるのはやめよう。彼女の家族は、お金持ちだと聞くし」

 他人とは違うことはしていないし、何かに熱中したこともない。小林誠は、どこにでもいる普通な人間。

 もし、取り柄があるとすれば、真面目な性格と運転免許だけである。

 対して、明美は東京大学の出身。簿記一級、漢検一級、TOEICトーイック九百点などといった、難関資格を持つ有能社員。

 彼女の両親は、同じスペックを持つ男性と付き合うことしか許さない可能性が高い。小林が付き合う、と彼女の両親に言ったら、殴り飛ばされるに違いない。

 小林は、そういった思い込みをしつつ歩いていると、ある建物に目が入る。

「へぇー、新しく出来たビルかな」

 そこは居酒屋や雑貨屋などが入っている五階建てのビルで、白の綺麗な外壁が目立つ。入口の隣に掛けられている階ごとの店の案内表示を見ると、【五階 女神の占い】という文字を見つけた。

「まぁ、気晴らしに入ってみるか」

 小林は暇つぶしをするため、店へと向かった。



 小林はビルのエレベータで上り、目的の店に着いた。

「ここは【女神の占い】か」

 入口になっているガラスの扉。その両側には扉の半分の高さしかない、聖母マリアに似た像が置かれていた。

 ドアノブに手を掛け、中へと入った。



「やはり、占いの店は神秘的な世界観を感じるな」

 店内は青一色の内装、大きい布で仕切られた占いのブースと思われる個室。青のカーテンが外の空の光を遮断している。

 入口、パワーストーンが置かれているテーブル、天井には青のキャンドルライトが置いていた。

(火事にならないのか? 大丈夫かな)

「ご心配なく、お客様」

 後ろから世の女性を魅了するほどの甘い男性の声が聞こえ、小林は体を痙攣したかのように驚いた。

 振り返ると、青の燕尾服にクリーム色の髪、青の瞳をした美青年がいた。彼は小林に仏のような軽い笑みを浮かべている。

「どうして、僕の思っていることを――」

「お客様、当店では初めてですね? レイラ様が『貴方を占いたい』、と」

「ちょっと、待ってください。どうして、貴方は――」

 自分の質問を無視され、美青年に肩を掴まれ、個室へと連れていかれた。



 美青年にイスに座らされる小林。辺りを見渡すと、店の内装と同じ色をした大きな布、左側には海と半裸の女性の絵画が掛けられていた。

「それでは、ごゆっくり」

 美青年は、にこやかな笑顔で小林に言うと、個室を出た。

 前を見ると、青のテーブルの向かい側にいる、一人の美女がいた。

 青のベール、肩と二の腕と胸の谷間が露出したベリーダンスの衣装。銀の長髪に青の瞳。思わず、口を開けて、見とれてしまうほどの美貌だ。

「お待ちしておりました。小林さん。わたしくはレイラを申します」

 慈愛に満ち溢れた高く透き通った声で話しかけられた小林は、無意識に軽く会釈をした。

「どうして、僕の名前を」

「貴方が当店に来るという未来が視えたからです。それが分かれば、自然とお名前が分かるのです」

「う、嘘を言わないでください。まさか――」

「『ホット・リーディング』ではないですよ」

 投げかける疑いの言葉を当てられ、全身が震える小林。レイラは彼の両手を掴む。

「申し訳ありません。別に怖がらせるつもりは、ありませんでした。ただ、インチキではないと信じてほしくて」

「そうだったのですか。す、すみません」

 彼の震えが止まると、レイラは両手を放した。

「それでは、始めたいと思います。なにを占って欲しいですか」

 彼女はテーブルの下からタロットを取り出すと、シャッフルをする。

 自分が店に来たのに帰るのは、失礼になってしまう。小林は『運勢を占ってほしい』、と答えた。

 彼の言葉を聞くと、テーブルの上に置き、両手でかき混ぜる。そこから、三枚のカードを取り出し、伏せて、横一列に並べた。

 『まず、過去から見ますわ』、とレイラは、小林からみて、左のカードを開く。すると、自分よりも高い木の棒を植えている男の絵が見えた。

「ワンドの九ですね。小林さんから見て、逆さまになってます。つまり、チャンスを逃しているようですね。心当たりはございますか?」

「いや、僕は別に。普通に学校生活をして、就職を」

「教師や生徒からの誘いを断っているのに、ですか」

 小林は、両眉を跳ねるように動かした。

「小学校では、バトミントンクラブ。中学校は、吹奏楽。高校では、登山部。いずれも、先生や上級生からのお誘いです」

「そ、それは、自分が挑戦しても意味がないから」

「貴方の思い込みですよね。被害妄想は止めたほうがいいですよ」

 レイラからの厳しい指摘に沈黙した。

「自分で行動かつ成長しない点も視えています。貴方は逃げている。違いますか?」

「‥‥‥おしゃっる通りです」

 小林は、子猫のような弱弱しい声を出した。

 学生の頃は、引っ込み思案が目立つ彼だった。いつも、挑戦するチャンスを無駄にしていた。

 なぜなら、『批判されたら、どうしよう』、『イジメられたら、どうしよう』、と失敗することを恐れていたからだ。

「積み重ねた結果、に出ています」

 レイラが隣のカードをめくる。天災によって、崩壊しかけている塔の絵だ。向きはと同じ。

「仕事で冷静を装っても、頭の中では、常に悪い展開を考えている。学生の頃から、染みついた結果です。解雇とか減給などを想像していませんか?」

「はい。やはり、何も取り柄もない自分ですから、ネガティブ思考で働いています。上司とか先輩、同僚に悟られないようにしていますが」

「小林さん、会社の人は分かっていますわ」

「‥‥‥どういうことですか?」

「貴方のの行動や言動、表情で感づいているのです。私の眼では、会社の人が、『なんか、怖がっている』、『本当の小林ではない気がする』、などと話している様子が見えます。可愛がってもらっている先輩もです」

 小林は、メデューサに石にされたかのように、言葉を失った。だと、見破られていたことを。

「大丈夫ですか? しっかりしてください」

 小林は、彼女からの呼びかけによって、意識を取り戻した。

「あ、すみません。逃げていると気づいていたのですね。レイラさん、僕に来るのでしょうか? をさらけ出すチャンスを」

、活かせるかどうかの試練がに出てます」

 彼女は一番右のカードを開いた。






 

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