第4話 口には出せない恋心

 八月十日。小林は柴田と隣の県にあるバーベキュー場で満喫している。

 そこは綺麗な湖にある場所。若々しい森林に囲まれたエリアでは、数軒のコテージが存在する。

 先月の一日、全支店の大規模な改装工事が行われることが決定。期間は八月十日から十五日。その間は出荷が出来ない為、休暇になったのだ。

 突如訪れた幸運な知らせに、二人はハイタッチ。仕事の合間に悔いが無いよう休暇計画を立てていた。

 ジーパンに白シャツの小林とジャージの柴田は、コテージの庭に設置したコンロで野菜と肉を焼いている。

 青のツーピースの明美、柴田の妻、息子は、椅子やテーブルなどの準備。ちなみに、明美は、当初、『二度としないと約束したじゃないですか』と、柴田へ目を細めながら冷たい視線を向けていた。

 だが、柴田から『自然の空気を吸うんのも最高やで』、と言われると『まぁ、たまにはリフレッシュしないといけませんしね』、と承諾した。



 数分後、コンロに焼かれている食材から、香ばしい匂いがしてきた。

「お肉、野菜が焼けましたよ」

「おい、小林からお肉を受け取りや」

「はーい、パパ!」

 柴田の息子は、喜びながら紙皿を持った。小林からお肉を渡されると、目を輝いていた。

「わーい、小林兄さん。ありがとう!」

「こら! 『ありがとうございます』やろ」

「いいんですよ。君、どういたしまして」

 小林は、柴田の息子の頭を優しく撫でた。



 バーベキューが始まってから十五分後。椅子で寛いでいる小林と柴田は、透き通る色を持つ湖を見ながら、缶ビールを飲んでいた。

 コテージの庭では、柴田の妻と明美が交代で肉や野菜を焼いている。柴田の息子は、無我夢中で肉を口の中へ入れていた。



「いーや、自然の中でビールを飲むのは、最高や!」

「まさに、至福の時ですね」

 小林は椅子に付いている飲み物用の穴に缶ビールを置くと、柴田を見た。

「ん、どないした?」

「そういや、山田はどうなったのでしょうか? 翌日には辞めてましたけど」

「あぁ、あいつか。風の噂によれば、再就職を諦めてFXを始めたらしい。今は借金取りに追われながら、ホームレス生活やけどな。なぁ、ワシからも聞いてええか?」

 小林は柴田が指差した先を見ると、柴田の妻と談笑している明美だった。

「明美ちゃんとは上手くやっとるか?」

「彼女とは付き合っていませんよ。僕は会社の人として見ていませんので」

「嘘を言うな。お見通しやで、お前の気持ちは。こんな夏期休暇は二十年に一度しかないかもしれんへんで。だから、思いっきりアタックせえや」

 初めて彼女の顔つきを見た時、冷たい人という印象を受けた。だが、時々、彼女から優しくされることがあった。それを受けるたびに彼女の魅力と言うべきなのか。それとも、彼女のギャップと言うべきなのか。どう表現していいのか分からない彼女への好意を抱き始めていた。

 付き合いたい。デートもしたい。けれども、公私混同にしてはいけないという心が動いているのか、勇気を出せない。話すことがあっても、仕事についてだけ。これが五年も続いている。

 柴田は、そんな小林の顔を見て、明美のことが好きになっているということに気づいていたのだ。いつ頃なのかは分からないが。

「断られても、ええやないか。それも、人生の経験だと考えたらええ」

 小林は柴田の言葉に応じず、顔を下に向いて沈黙していた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る