愛し愛されて

私を真剣な眼差しで見つめるフランシア

その様な表情を見たのも、もしかすると

初めての事なのかもしれない

それは、まるで彼女の決意の表れなのか

と私は思っていた。


「ノエル…私は…私はノエルが好きです。ノエルの事が、大好きです。」


「フランシア様…」


「でも…可笑しいわよね、女の子同士だなんて…」


「フランシア様、それでも…それでも、私は…」 


私の中で爆発する様な胸のときめきは、もう誰にも

止められなかった。


「ノエル…?」


「フランシア様、少し失礼致します」


私はフランシアの頭を引き寄せ

優しく胸に抱き、抱きしめた。

華のような香りが愛おしく、心臓の鼓動は今にも破裂しそうなぐらい加速する。


「ノエル!?」


それは、同情とかそんなものじゃない

私は、私自身のフランシアに対する想いを、隠す事を、偽る事をもうやめた。

今、心情の全てを今、この場で吐き出そう。

そういった決意が今、言葉となった。


「私もフランシア様を心の底から愛しております。…これが、今の私の答えです。」


「ノ…エル…」


フランシアはポロポロと涙を溢す

儚げなその姿がとても愛おしい


「ノエル…嬉…しい…」


「私も、嬉しく思います。」


しばらくの間、私はフランシアを胸に抱き続けた。

その日の夜、魔導鉱石の灯りがほのかに輝く、ほら暗く、薄明かりの部屋の中でも、フランシアが頬を赤く染めているのがわかる。

潤んだ瞳で一直線に私の顔を見ていた。

窓から差し込む月の光が、フランシアの美しさを一層引き立たせる。

フランシアは高鳴る気持ちを一旦

落ち着かせてるためか、深呼吸してから、ゆっくり言葉を紡ぎ出す。


「…ノエル…貴女を愛している…ずっと前から好きだった。」


「フランシア様…私も…私も貴女を

ずっと愛していました。」


「…女同士で変だって言われても構わない。ノエル…私は…貴女と一つになりたい、一緒になりたい…」


「でも…フランシア様…私で…本当に…

良いのですか…?」


「ノエルじゃなきゃ…ノエルだから良いの…ノエルじゃなきゃ嫌なの。」


「…わかりました…フランシア様…」


フランシアは満面の笑顔で微笑む、その姿を見ていた私も、心の奥底で、彼女に必要とされていた事を、実は嬉しかったのだ。

寝台の前でフランシアは、私のブラウスのボタンを、ゆっくりと丁寧に、一つ一つ外していく。

ブラウスから覗かせる私の身体に、刻み込まれた数多の傷跡、愛するフランシアを護り続けた私にとっての、唯一無二の"勲章達"を彼女はじっと見つめて微笑む。

すると、彼女の頬を涙が伝う、憂いと悲しみ、感謝と敬意、それらが入り混じった様な複雑な表情で、フランシアは微笑み、そして涙する。


「…この火傷の痕も…この訓練の傷も

そして…まだ治っていない、この胸の大きな傷も…他にも沢山…全てが、私を守る為に…」


「フランシア様…気になさらないで下さい。今まで、貴女を護る事が、そしてこれからも護り続ける事が、私の唯一の誇りですから」


「ノエル…私は貴女に感謝しているの…

貴女がいなければ私は…こんな気持ちも

持つ事が出来なかったのだから…。」


「フランシア様…」


胸の傷にフランシアの柔らかな舌先がなぞる様に触れる、驚く程柔らかく、まだ治りかけの傷痕に染み込むような少しの痛みと、こそばゆい快感が同時に走る。

まるで敬意を込めて慰める様に、慈しみを込めて愛でる様に、フランシアは傷痕を舌先で優しく撫でていた。


「フランシア…さ…ま…。な、なにか…

変な感じがします…」


「…ノエルの味…私に堪能させてね…」


フランシアが艶やかに甘く囁くと、私の身体の奥底から、何かマグマの様な灼けるような熱が込み上げて来る。

私はただ黙って彼女を、胸に抱き締めていた、フランシアは驚いた様だが一切の抵抗が無かった。

それを私は、彼女の同意と見て、フランシアの肩を掴んで彼女の眼を見つめる。

憂いを秘めた瞳と、少し蕩けたような表情のフランシアを、私はとても愛おしく感じた。


「フランシア…私は貴女が、とても愛おしい。」


「…嬉しいわ…ノエル…」


確認し合う様にお互いの名を呼び優しく口付け、求め合う様に、舌を絡ませながら寝台の中へとゆっくり倒れ込む。

爽やかな甘い香りがベッドの中に溢れた。


言うなればフランシアは未熟の果実である。しかし、成熟しきっていないとは言えその甘美たるや、そこらに転がる

果実とは一線を画す芳醇さを秘めていた。

今の今でさえ、私はこの艶やかな甘美に堕ちて溶けそうなのに、今後、彼女が

成長し、それこそ、満開の花咲く令嬢となった時、私はフランシア無しで、自分の人生を生きていけるとは

今、この時点では到底思えなくなっていた。



まだ夜が明ける前

二人で毛布にくるまっていた。

寝台の中で私はふと目を覚ます。

目の前には少し汗ばみながらも、爽やかな甘い香りを薫らせ眠る、産まれたままの姿のフランシアが、スヤスヤと寝息を立てて、穏やかに眠っていた。

私はフランシアを満足させる事が、出来ただろうか?

フランシアは悦んでくれたのだろうか?

このような事をして本当に良かったのだろうか?

私達の事をレティシアは許し、果たして、納得がするのだろうか…?

中途半端に起きた所為か、私の頭の中がぐちゃぐちゃになって、思考が全然、纏まらない。

言いようのない、不安感が私の脳裏と背筋を冷たくする。

…もう一度眠ろう、そう思って、フランシアの頭を優しく撫で、彼女を包む様に腕の中に抱き、私はゆっくりと目を閉じた。

フランシアの甘い華のような香りが、再度微睡の中へと私を誘ってゆく。



小鳥達の歌声、木々のざわめき

部屋に差し込む爽やかな朝日の日差し

少し半開きの窓から微かな風が流れ込む

昨晩のまるで夢の様な朧げな中で、激しくまぐわうまるで熱に侵された番のケモノ。

その様な行為が夢や嘘ではなく、私の肌に纏わりつく、フランシアの甘く爽やかな香りが、現実であった事を、思い起こさせてくれていた。

全身にまとわり付く脱力感と嬉しさと、困惑と悦び、そして不安と様々な感情が

頭の中で入り混る。

寝台の中で一人仰向けに寝転がっていた私は、左手の手の甲を額に置いて、昨日の夜で瞳に焼き付けた、私だけが知る、フランシアの可愛らしくもある、淫らな姿を頭の中で思い出して、私は頬が熱くなった。

これは、決して私の夢じゃないのだ、私達は紛れもなく一線を越えたのだ、と。


「ノエル…?起きた?」


「フランシア様…?」


私より先に起きていたフランシアは、朝御飯として軽食と、目覚めの為の紅茶を準備してくれていた


「フランシア様!…その様な事、使用人である私が準備します」


「良いの…ノエルは昨日、たくさん"頑張ってくれたから"…それにもう私達、主従の関係じゃなくて、恋人同士…でしょう?」


「フランシア…様…」


頬を染めて微笑むフランシアを私は一層愛おしく思った。

気を抜くと顔が緩んでしまいそうだ。


「さ、軽く朝ごはんにして、それから…

私達の事を…お姉様に報告しましょう…」


「はい…何があっても、私は

フランシアの側を離れませんから」


「うん、ずっと一緒に居ようね…ノエル…」


薄着のまま二人でベッドに座って

私はフランシアの柔らかな肩を

優しく抱いて、身体を引き寄せた

触れ合う肌でフランシアの体温を

感じると、確かな幸福感を覚えていた



レティシアに会う前に、二人でお互いにイタズラし合いながらシャワーを浴びて、身なりを整えた。

レティシアを納得させられるかどうか、私達にその様な言葉があるかどうかは

正直な所わからない。

それでも私の、フランシアに対する、この気持ちだけは彼女に対する愛は、紛れもなく真実だ。

例え、フリージア家を追い出されても、フランシアと二人、必ず一緒に、添い遂げる事をこの胸に誓う。

私は少し震えているフランシアの手を握り、彼女を安心させる様に微笑んだ。


「ノエル…私に勇気を頂戴…」


「…どの様な結果になろうとも、結果を全て受け入れた上で、今後一生、フランシアと共に征きます。だから、自由に思うがままに話をして下さい、フランシア」


「…ありがとう、ノエル」


決意を固めたフランシアの瞳に光が灯る。

それは彼女が持つ芯の強さの現れだ。

レティシアの部屋の前まで来ると

フランシアは扉を軽くノックをする


「お姉様、フランシアです」


「…入りなさい」


「…失礼致します」


扉を開けると、椅子に腰をかけ、紅茶を飲むレティシアの姿があった。


「…ノエルも一緒ね…それに…」


レティシアは手を繋ぐ私達の姿を見て、何かを言いかけて静かに瞳を閉じた。

しかし、レティシアの雰囲気からは、いつもの様な氷の様な、そんな冷たさが一切感じられなかった、彼女の表情は穏やかだ。


「お姉様…ご報告があります」


「…何かしら?」


静かに佇むレティシアの姿に、フランシアは少し緊張を孕んで、言葉をゆっくりと紡ぎ出す。

何時もとは違ったレティシアの雰囲気に、レティシアを見慣れていた私も、手足の感覚が少し薄れるぐらい、身体の底から緊張していた。

心臓の脈が何時もより早い。


「…私は…私はノエルを一生の伴侶として、今後の人生を共に歩みたいと、そう考えております」


「…そう」


「ですので…私とノエルの結婚を、お姉様に許していただきたいと、そうお願いに来たのです」


レティシアはゆっくりと目を開け、私達二人を実に穏やかな視線で見た。


「…ノエルも、それで良いのかしら?」


「はい、私もフランシア様と、天命が二人を分つまで人生を共にしたいです」 


レティシアは少しため息を漏らす。


「…社交界には貴女達二人を認めない連中も居る事でしょう…。風当たりも強く、煙たがられる事もあるかも知れません…。それでも…その道を歩むその覚悟は、貴女達二人にありますか?」


私達はお互いに目を見合わせて微笑む

「「はい」」と二人息を合わせて、レティシアにはっきりと答えた。

私達の答えを受け取り、レティシアは穏やかな表情で微笑む。

フリージアの屋敷の中では今迄に見た事のない満面の笑顔だ。


「…ならば私からはもう何も言うことはありません」


「お姉様…それって…」


「おめでとう二人とも、わたくしは

二人の仲を心の底から祝福いたしますわ」


「ありがとうございます…お姉様!」


「二人とも…くれぐれも幸せにね」


レティシアの言葉が耳にはいった途端、私は唐突にフランシアを抱き上げ、ダンスを踊る様に、クルクルとその場で回る。嬉しさで頭がいっぱいで顔を綻ばせて、心の底から喜んだ。


「ノッ、ノエルッ!?」


「フランシア様これから沢山、沢山

色んな思い出作って行きましょうね」


「ええ!これからもずっと

ずっとよろしくねノエル!」


レティシアは喜び合う私達の姿を

微笑みながら眺めていた。


その日の夜、私は一人レティシアに、あのフランシア愛で溢れた、秘密の部屋に呼び出されていた。


「ノエルがフリージアの屋敷で働き

この部屋を見つけてから、長い様で短い時間が過ぎましたね」


「思い起こせば…始まりは、フローリア様のドレスとこの部屋でしたね」


「幼い頃のフランシアの目と、わたくしのあの時の判断は、一切間違っていなかった。貴女は予想以上の働きで私達

フリージア家につくしてくれました」


フランシアが幼少の頃から私を知っていた事には心底驚いた。

私にはフリージア家との面識が、従者として仕えるまで一切なかったのだから。


「…え?幼い頃のフランシア様…?」


「ノエル、貴女がフリージアに来たのは

偶然ではなく必然ですよ?

私は長期間フランシアに頼まれて、最終的に彼女に根負けして、貴女がフリージアに来る様に、私がそう仕向けたのですから」


「…ど、どう言うことですか…?」


「…少し昔話をしましょうか」


10年以上前の事だ。

私がまだグレイシア家にいた頃

たまたま悪党に絡まれている

ある令嬢を助けた事があった。

それが実はフランシアだったらしく

それ以来ずっと私を探して欲しいと

レティシアに懇願し続けていたらしい。


「…これでわたくしも心置きなく

リュオンの元へ嫁げますわ」


「レティシア様…それでは…」


「…ノエル、私がフリージアの家から

居なくなってもフランシアとこの家の事…しっかり護って行って下さいね」


「命にかえても、護り抜きます」


「…貴女もフランシアの為に、長生きしなきゃダメよ?」


「…はい、お任せください。」


そして、私には少し気がかりな事があった、そう、フランシア愛で満ち溢れたこの部屋である。


「それで…この部屋どうするんですか…?」


「リュオンとの結婚の日程が決まり次第全て処分するわ。フランシアが自分の意思でしっかり歩き出しているのに、姉である私が、妹離れを出来なかったら

次期国王の妻として情け無いでしょう?」


しかし、私はなんか、勿体無い様な気もする。特にフランシア抱き枕と1/1フランシア石像とフランシアの胸部銅像あたりなんかは、自分の部屋に飾りたい気持ちになる。

フランシアの絵画の入った額縁とかも捨てがたい。


「…あの…もし良ければ私が管理しましょうか…?」


「…ノエル、そんな事を言っては…

私の決意が鈍ってしまいます。」


「…ですが、日記ぐらいは持って行っても良いと思いますよ、これは紛れもなく

フランシア様と、レティシア様の思い出とレティシア様の妹に対するまごう事なき愛の記録なのですから」


「…貴女の意見、考えときますわ」


そして、この日記が後に大きな

騒動となる事を今の私達は

まだ知らなかった。

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氷の令嬢は花を愛でる @kanapon301015

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