フランシアのお見合い2

時は流れは実に無情なもので

フランシアとロロスの

お見合いの日が来てしまった

やはり、フランシアは乗り気では無い

私も当然、気が進まない

心なしかレティシアの機嫌も

頗る悪い気がしてならない

執事長のヌールだけが唯一

いつも通りの落ち着いた平常心である

リュオンの特訓以降はヌールに

色々師事して貰い、準備は万全だが

やはり私の気持ちも落ち着かなかった

魔導馬車は私達の気持ちとは関係なく

ルーベンスの屋敷へと少し

また少しとゆっくりと近付いて行く


「…到着してしまったわ…」


ひどく落ち込むフランシア

気持ちはわからなくもない


「…フランシア…貴女その様な暗く

酷い顔でお見合いをするのですか?」

「お姉様…」

「貴女の取り柄は笑顔しか無いのですから

せめて笑っていなさい」

「…はい、お姉様…」


私は二人の姿を見ていて

少しだけ心苦しかった

屋敷に到着すると

ルーベンス男爵、ロロス、そして

その弟であるロデリックと

軽く挨拶を交わした

ロデリックは真面目そうな青年で

人当たり良く温和な性格の様で

不真面目そうなロロスとはまるで

真逆の様であった

ロデリックが見合い相手なら

まだマシだっただろうにと

私は心の中で思っていた

その後ルーベンス家の屋敷の庭で

昼食が振る舞われ立食ビュッフェの

形式で行われた、複数の丸テーブルの

上にはフリージアの姉妹をもてなす様に

様々な豪華な料理や飲み物が置かれていた

ルーベンス家の使用人達が忙しなく動き

料理や飲み物を運ぶ姿を私は見学した

参加者は一通り食事を済ませた様で

ヌールはルーベンス男爵やその執事と

何やら話し込んでいる様子だった

私は特に何もする事がなかったので

フランシアとレティシアの丁度

中間地点辺りに陣取り、二人の令嬢を

動向を見守っていた。

フランシアは笑顔を作るものの

やはり何処か気乗りしていない様だった

すると遠くの方からロロスがやって来て

馴れ馴れしくもレティシアに話しかけた


「…いやはや、凍血姫と呼ばれている

ものだからどういう人なのかと

思いましたが、フランシア様に負けず

劣らずとてもお美しいですね」

「…ロロス男爵令息、貴方が話す相手は

わたくしではなく…フランシアではなくて?」

「私としては二人まとめて親交を

深めたいと思いまして」

「…別にわたくしは貴方と親交を

深めようとは思いませんが?」

「これは手厳しい、気が向いたら

ご一緒して下さいね…レティシア様」


フッと笑みを浮かべ、ロロスは

その場を後にする、レティシアは

彼の背中を睨む様に冷たい視線で見ていた

今度はフランシアに話しかけるロロス


「フランシア様、食後のお茶でもしませんか?従者の方も一緒にどうぞ」

「…え、ええ、良いですよ…」

「では、こちらへ」


私達はロロスに客室の一部屋に案内された

複数のソファとテーブルが置かれていて

少し質素な作りではあったものの

掃除が隅々まで行き届いていて

快適な空間ではあった。

ルーベンス家の使用人が二人

部屋の中で待機している


「それでは私はお茶を淹れて来ます

良い茶葉が手に入ったのでお二人は

期待して待っていて下さいね」


そう言ってロロスは客室を後にした

数刻後、ルーベンス家の使用人が

私達の元へとやって来た

一体何の用だろう…?


「ノエル様、レティシア様がお呼びだそうです」

「レティシア様が…?一体、なんだろう…

申し訳ありませんフランシア様

少し席を外します」

「ええ、わかったわノエル…すぐに帰って来てね…」

「はい、すぐに戻ります」


不安そうな表情のフランシアに私は

彼女を安心させる様、微笑んで答える

私はルーベンス家の使用人に

案内されるまま、レティシアの

元へと向かった



ロロスがティーポットとカップの乗った

お盆を持って、部屋へと戻って来た


「おや…?従者の方は…?」

「先程お姉様の元へと向かいました」

「そうですか、ではフランシア様は

ゆっくり、お茶でも飲んでいて下さい

従者の方が戻るまで

私も少し席を外しますので」

「…ええ、ありがとうございます」


ロロスはテーブルにお盆を置き

ティーカップにお茶を注ぎ終えると

フランシアの方へティーカップを渡すと

客室の入り口へと歩を進めた


「ではフランシア様、申し訳ありませんが

少しの間、一人でお茶を楽しんで

いて下さい、すぐ戻りますので」

「ええ、はい、わかりました」


そう言ってロロスは部屋を後にする

ティーカップに注がれた紅茶の

香りをフランシアが嗅ぐと

爽やかなとても良い香りを放っていた

ゆっくりと一口啜る、口の中に

芳潤な香りと淹れたての紅茶の

熱が口の中を伝う


「…あれ…?」


刹那、フランシアの視界がぼやけた

フランシアはティーカップを

テーブルに置くとそのまま

ゆっくりと椅子にもたれかかる

気が付いた時には周囲には誰も居らず

フランシアを不安が襲う


(…どうしちゃったの…かしら…

物凄く…眠…い)


視界が歪み、フランシアは

段々と微睡の中へと落ちてゆく


(…ノエ…ル…)


助けを求めようとしたが

口が開かない、身体も急激に重くなった

半開きの眼で見つめる先には

ニヤリと笑みを浮かべる

ロロスの姿があった


「…疲れて寝てしまったのですか?

仕方ありませんねぇ…」


フランシアのその姿を見て

邪悪な笑みを浮かべるロロス


「…ふふふ…お楽しみはこれからですよ

…フランシア様」


微睡に堕ちたフランシアが

ロロスの言葉に反応する事は無かった

穏やかな寝息が聞こえていた



私はルーベンス家の使用人に案内され

レティシアとルーベンス男爵達が居る

部屋へと案内された

使用人は扉をノックをすると

部屋の中から男性の声が聞こえた

使用人はゆっくりと扉を開き

私を部屋の中へと案内してくれた


「レティシア様、ノエル様をお連れしました」

「…え?ノエル…?」

「えっ?レティシア様がノエル様を

お呼びだと伺ったのですが…?」


困惑するレティシアと

ルーベンス家の使用人、何かがおかしい

私はルーベンス家の使用人に尋ねる


「あの…一体誰が私をレティシア様が

呼んでいたと伝えて来たのですが…?」

「えっと、ロロス様がレティシア様から

ノエル様を呼んでほしいと頼まれた、と」


私は頬から冷や汗が流れ

背筋が冷たくなるのを感じた

フランシアに危機が迫っている

本能でそう察知したのだ


「レティシア様!失礼します!!」


気が付いた時には全力で

その場から駆け出していた

急いで先程の客間へと戻った


「ヌール…準備を」

「はい、レティシア様」

「ルーベンス男爵、

手筈通りでよろしいですね?」

「…こうなった以上、それ以外あるまい

先程のお嬢さん…ノエルさんだったか?

彼女に護身用の剣を持たせなさい

我が子ながら、ロロスは本当に

危険な男だ…フランシア様を巻き込み…

本当に申し訳ないと思う」

「…フランシアを巻き込んでしまったのは

わたくしも同じです、その咎の責は

わたくしにもありましょう、しかし今は

フランシアを取り返す事が先決です」

「彼女一人で本当に大丈夫なのか?」


ルーベンス男爵はそう言いながら

ヌールに準備した一振りの剣と

紺色の外套を手渡した


「彼女は、ノエルはとても優秀な

フランシアの護衛です、わたくしも

彼女を信じておりますから」


レティシアはルーベンス男爵を

しっかり見てはっきりとそう言った



私はフランシアの元へと急いで戻った

辿り着いた客室の光景に我が目を疑う

ルーベンス家の使用人も誰一人居らず

言うまでもなくその部屋にフランシアと

ロロスの姿は無かった

もぬけの殻である

刹那、魔導馬車が音を立てて

屋敷から出ていく姿が窓から見えた

フランシアが連れ去られたのだと

私は直感した


「…しまった!!」


最悪の状況が頭の中に浮かぶ

一瞬レティシアに伝えようとも思った

だが、状況は一刻を争う

私は深く考える前にその場を

全力で駆け出していた



私の向かった先は、魔導馬車を

保管している小屋だ

一目散に魔導馬へと走る

馬車との連結を外し

手綱を取り付け、鞍を固定する

魔導馬の動力部を開き、少し弄る

配線の連結を一部切り替え

出力が必要以上に出る様に調整する

魔導馬のリミッターを

無理矢理に外す事によって

長時間の稼働が出来なくなる代わり

爆発的に速度が加速する

コレで追い付けるはずだ!


「ノエルさん!」


息を切らせながら何かを持って

私の元へと走ってきたヌール

布に包まれた棒の様な物を手渡してきた

ヌールが布を開くと、鞘に革のベルトが

取り付けられた一振りの剣と

革製の紺色の外套が現れた


「ノエルさんに、これを」

「これは?剣とマントですか?」

「カリュス鋼の剣と魔獣の革で

拵えた外套です、ルーベンス男爵から

令息の愚かな行為を止める為に

是非使って欲しいと、言っていました。」

「…ありがたく頂戴します」


どうやら当主であるルーベンス男爵は

私達フリージア家の味方の様である

ヌールが見守る中私は剣を腰に括り付け

外套を羽織る、魔導馬に取り付けた

鞍に飛び乗り即座に起動する

手綱を持つと、魔導馬の眼が

黄色の光を放ち、馬の嗎に似た

鋭い金属音が小屋中に鳴り響く

ヌールが爆音の中で叫ぶ様に言う


「私は、レティシア様と共にすぐに

向かいます!ノエルさん

フランシア様の事宜しく頼みましたよ!!」

「…私の命に変えても、フランシア様を

取り返します!レティシア様に

そうお伝え下さい!!」

「わかりました!ですがノエルさんも

重々お気を付けて!!」

「ありがとう!ヌール執事長!!」


ヌールの言葉に軽く笑みで返して

私は勢い良く魔導馬を走らせた

普通の馬と違い、感情が無い分

動物と違い癖なく扱い易いのが利点だ

脚を伝って感じる金属の素肌の冷たさが

生物でない事を教えてくれる

金属音を鳴り響かせ

石畳の街路を駆け抜ける

超硬金属の蹄の音は

石を削り火花を散らす

急げ、急げ、急げ

攫われたフランシアを

大切な人を取り戻す為に

風を切って駆け抜けろ

風を切り、火花を散らし

金属音を高鳴らせ

私はフランシアを追いかける

もしも、もしも、フランシアが

ロロスに傷付けられたら?

果たして私は冷静で

居られるのだろうか…?

燻る焔と不安を胸に抱いて

私はフランシアの元へと先を急ぐ

左手の指輪を念じてかざすと

赤い糸の様な光の線が

私の目指す方向を指し示すと

レティシアとの会話を鮮明に思い出した



レティシアはプラティウム製の

質素な指輪を手に取って

使い方を説明してくれた


「これは指を付けた者同士の居場所を示す

ビーコンリングと呼ばれている指輪よ

超古代の魔導師が作ったと言われていて

いわば、アーティファクトと呼ぶ物ね

この指輪二つで立派なお城が買えるわ」

「…何故、その様な貴重な物を私に?」

「…お城よりも大切なあの子を

貴女に守って貰うのだから

これは当然の事でしょう?」

「レティシア様…」


レティシアのフランシアに対しての

愛情の深さに私は胸が熱くなる気がした

それを他所目にレティシアは

淡々と指輪の説明を続ける


「ノエルが指輪を身に付け念じれば

対になる指輪の元へと赤い光が線となって

征く道を指し示し、貴女を導くはずよ

…使う必要が無ければ良いのだけど…」

「…そうですね…」


レティシアは最も最悪な状況を

頭に描いている様で、そう話す姿は

不安を装う少し暗い表情であった

レティシアは気持ちを切り替え

再度話を切り出す


「…ノエル…この指輪には本来の名前が

可愛くないと言って魔導師の奥方が付けた

別の名前があるの」

「それは、なんという名前なんですか?」

「…恋人の指輪よ、言い得て妙でしょ」


そう言ってレティシアは微笑んだ



見知らぬ小屋の中で

フランシアは目を覚ます

先程までルーベンスの屋敷に居たのに

フランシアの脳裏に不安が過ぎる

お姉様は?ノエルは?執事長は?

フランシアは両手を縛られて

そのまま木の床に転がされていた


「…ここは…?」


辺りを見渡すと心当たりがない

少し埃っぽい古びた小屋

外からは木々のざわめきや

小鳥の囀りが聞こえたが

人の歩いている様な気配は無かった

拐われたのだとフランシアは直感した


「おや、起きましたか

おはよう御座いますフランシア様」


部屋の奥から姿を現したのは

ロロス・ルーベンスである

机に置いてあったナイフを手に取り

不敵に笑いながらロロスは言う


「今から貴女を他の女達の様に

従順な雌に調教してあげますよ」


ロロスのナイフがフランシアの

ドレスを切り裂く、音を立てて

裂けたドレスから、フランシアの

肌を守る純白の下着が露わになった

ロロスは呼吸を荒げて

フランシアの姿を組み伏せ

舐め回す様に眺めている


「嫌ッ!!嫌ぁッ!!姉様ッ!!ノエルッ!!ヌールッ!!助けて!!誰か助けてッ!!!」

「好きなだけ泣き叫べ!

ここに助けなんか来るものか!!」


必死にもがく、もがいて抵抗するが

男の力に抑えつけられて思う様に行かない

フランシアは恐怖で必死に抵抗した


「動くなよ!動くと折角の柔肌が傷付くだろれ!」

「嫌ぁッ!!離してッ!!!」


必死にもがき続けるフランシアの右足が

勢い良くロロスの股間を捉えて

蹴り上げると、彼の急所から

全身にかけて鋭い痛みが走った


「うがぁっ!?」


フランシアはモゾモゾと芋虫の様に

這いつくばってロロスから逃げようと

試みるもドレスのスカートがロロスに

強く踏みつけられ、全く先に進めない


「ぐうっっ…!この女ァっ!!」


ロロスはフランシアの襟元を掴み上げ

彼女の頬を力一杯平手で殴り飛ばす

唇を切ったのか、一筋赤い筋が

唇から顎にかけて流れる

フランシアは抵抗する力を失い

床にぐったりと横たわった


(ノエル…ノエル…助けて…ノエル…ッ!)


フランシア頬を涙が伝う

自分一人では争う事が出来ず

最愛の従者に届かない助けを乞う


「初モノなんだろうが

少しは楽しませろよ?

薬使えばすぐに良くなるだろうからな」

「…い…嫌…ぁ…」


フランシアは呻く様に言葉を捻り出す

ロロスは邪悪な笑みを浮かべ

着ていた服を脱ぎ、投げ捨てると

フランシアに覆い被さり

彼女を組み伏せた

ロロスが彼女の純白の下着を

無理矢理剥ぎ取ろうとした

その刹那である

フランシアの薬指の指輪が

はっきりと赤く強く輝いた



猛烈な爆音と共に金属の塊が

施錠された小屋の扉をブチ破る

金属の塊は木片と煙を撒き散らし

壁に激突するとその場で停止して

動かなくなった驚いて振り向く

ロロスの目には、目から光を失った

魔導馬が床に転がっている

異様な光景が見えた

土煙と埃が巻き上がる


「何が起きた!?一体なんだ?」


フランシアを他所にロロスは立ち上がり

突き破られた入り口へと見に行く

しっかりと施錠した扉が完全に破壊され

外が丸見えになっている

外には誰もいない、暴走した魔導馬が

搭乗者も無く走るなんて話は

聞いた事がない、安全装置が働くからだ

何が起こったのかと考えているうちに

ロロスの首筋に鋭い痛みが走った


「…命拾いして良かったな

"一線"を超えていたら

その汚い首を切り落としていたぞ」


刃は男の首を確実に捉え

上半身裸のロロスの身体を

流れる雫が赤く染めていく

そこには、黄土色の剣を突き出し

鬼神の形相でロロスを睨む

紺色の外套に身を包んだ

ノエルの姿があった



私は怒っていた

猛烈な速度で小屋に近づくと

私は魔導馬から勢い良く飛び降り

怒りに任せそのまま魔導馬を

小屋の入り口に突っ込ませた

私は無音宿地を乱雑に使い

煙に紛れ込む形で

ロロスに気づかれる事なく

彼の背を取った

私の怒りは目の前の愚かで

外道な男に対してもそうだが

己の不甲斐無さに対しても

心底、腑が煮え繰り返る程の

身を焦がす程の怒りだった

フランシアが破れたドレスの間から

純白の下着をはだけさせて

床に倒れ込んだ姿が私の目に入ると

あの時フランシアを

一人にしなければと

油断した私自身に

怒らざるおえなかった

怒りの熱が身体中で煮えたぎり

ふと気を抜いてしまえば

目の前の男の首を躊躇なく

左手で握り締めた剣で

斬り落とすであろう

突き出した剣は勢いのまま

刃はロロスの首を掠め

肌の表面を浅く斬る、痛みが走ったのか

ロロスの身体がピクリと反応した


「何故ここがバレた…?」

「黙れ、両手を頭の上に上げ

ゆっくりコチラに身体を向けろ」

「わかった…言う通りにするから

こ…殺さないでくれ…」


ロロスはゆっくりとこちらに振り返る

バツの悪そうに苦笑いをする男の顔を

見て、私は余計に腹が立った


「…殺しはしない…しかし…

お前には、今死んだ方が良かったと

必ず後悔させてやる!!」


私は右手の拳に力を込めて

全力でロロスの顎を全力で殴る


「げぶっ!?」


激しい殴打の音と共に

何かが砕ける感触が右手に伝わる

思い切りロロスを殴り飛ばすと

立てて小屋の入り口の方へと

倒れて動かなくなった、気絶した様だ

私は直ぐにロロスの両手両足を

硬い紐で縛り上げて

憎しみあるまま

蹴り付けて床に転がした

そして急いでフランシアの

元へと駆けよった


「…ああ…こんな…」


ナイフで破られたドレス

破れたドレスから見える純白の下着

頬に流れたであろう涙の渇いた後

唇から流れた赤い一筋

殴られた跡だ、少し頬も腫れている

可愛らしい顔に傷が付けられてしまった

私はフランシアの両手を拘束している

縄を斬り落とすと彼女の身体を

優しく抱きしめて紺色の外套で包み込む

フランシアの体温を肌で感じると

目頭から熱いものが込み上げて来た


「…ノエル…?…これは…夢…かしら…?」

「…夢じゃ無いです…遅くなって

…申し訳ございません、フランシア様…」

「…ノエル…ああ…良かった…」


フランシアは薄らと目を開けて

痛々しい姿で微笑んでいた

私は涙を流してぎゅっと

フランシアを胸に抱く

安心したのか、ノエルから

安堵のため息が溢れる


「…ノエル…ノエル…怖かったよぅ…」

「…もう大丈夫です、私が側に居ますから」


フランシアは赤子の様に私の胸の中で

泣き崩れ私の名を呼び続けた

そんな彼女を離さない様に私は固く抱く


「ノエル!!フランシアは無事なの!?」


破壊した小屋の入り口から血相を変えて

勢い良くレティシアが入って来た

私はその姿に驚いたが

静かに、そして穏やかに事の顛末を

レティシアへと伝えた

彼女は少し俯いた後気持ちを切り替えて

私を見た、その視線には強く

鋭い眼光が宿っていた


「…そう、ノエル…貴女はフランシアを

連れてフリージアに戻りなさい

後はわたくしが対処をします」

「わかりました」


私はフランシアの下着が

見えない様にに紺色の外套を纏わせる

まだぐったりとしたフランシアは

どうやら立ち上がれそうにない


「それでは失礼します、フランシア様」

「ふえっ?」


私はフランシアの太腿と背中に

両手を使い、軽く抱きかかえた


「ちょっ!?ノエル!?」

「フランシア様は怪我をされています

ですので、私に全て任せて下さい」

「えっ…あっ……はい、お願いします」


フランシアは頬を染めている様に見えた

フランシアを魔導馬に乗せ

その後ろに私がまたがる


「…では行きましょうフランシア様」

「…ええ、よろしくお願いします、ノエル」


私達はレティシア達に見守られながら

魔導馬に乗り、ゆっくりとその場を後にした



ノエルとフランシアが去った後

小屋に転がるロロスをレティシアは

何か汚らしい様なものでも見る目で

冷たい瞳で睨む様に見ていた


「…さて、ヌール、このボンクラの目を

今すぐに覚まさせてあげて下さい」

「お任せ下さい」


レティシアに命令されたヌールは

バケツ一杯の氷水を上半身裸の

ロロスへと容赦なくぶちまけた


「うあぁぁっ!?冷ぁっ!?」


身体をびくつかせながら叫ぶロロス


「おや、一回で起きましたね

…流石ですねヌール」

「恐れ入ります」


寒さで痙攣するロロスを見下しながら

レティシアは淡々と言葉を口にする


「さて、貴方には二、三質問しますが

全て正直に答えて下さいね?」

「…ふっ…誰がお前なんかの…」

「あら…この状況でその様な

へらず口が聞けるとは…」


レティシアは両手両足を縛られて

床に転がるロロスへと静かに近づく

ロロスを見下すレティシアの視線は

とても冷たく、殺気立っていた


「ヌール、まずは左手の人差し指からですね…遠慮は要りません」

「かしこまりました」

「おい!何をする気だっ!」


するとヌールはロロスの左手の

人差し指の指先付近を右手で握り

左手で関節の線を跨いで握る

そして、ゆっくりと力を込めた

ヌールの左右の両手が関節を跨いで

ロロスの人差し指を握っている


「何をする!?や、やめてくれ!?」

「…では、質問に答えて貰いましょうか

この書類に記されている女性の方々…

こちらの写真の女性達

彼女達と最後に会ったロロス令息は

…所在をもちろんご存知ですね?」

「いや!知らない!そんな下賤の女なんか!」

「…ヌール」

「はい、レティシア様」


ヌールは無言でロロス人差し指の

第一関節を器用に引っこ抜く

鋭く短い痛みがロロスの左手の

人差し指先端に走る


「ぎゃっ!?」


小さくん短く悲痛な悲鳴が

小屋の中でこだまするが

レティシアとヌールは顔色一つ変えない


「次は第二関節ですね、まずは指一本ずつ

関節全て引っこ抜いて差し上げましょう

当然左の次は右です全て抜けたら…

…次は一つずつ潰して砕いてみましょうか?」

「…あっ…ああっ…」

「貴方には、あのままノエルに

斬り殺された方が良かったと思える様に

地獄より辛い目にじっくりと

時間をかけて、何度でも

確実に、味遭わせて差し上げます…

…是非とも、ご堪能下さいませ」


レティシアの冷たく笑う表情が

ロロスの目に映り、これから続く

非道の行いに心の底から恐怖を覚えた

誰にも届かない悲痛な叫びが

森林の中でこだまする

木々で休んでいた旅鳥達が

大きな音に驚いて、空へと逃げていった



私達はフリージアの家に戻り

直ぐにフランシアの手当を行った

フリージア家の使用人達は血相を変え

フランシアの手当を行った

その光景に、私はフランシアが

フリージアの皆に愛されている事を

再確認した、彼女を護れて本当に良かった

心の底からそう思った、安心したら

気が抜けて、私の身体は不様にも

その場でへたり込んでしまった


「あ…あれ…?身体が…」

「ノエル…?大丈夫?」


手当を終えたフランシアに

支えて貰いながら、立ち上がる

フランシアの微笑む姿を見て

段々と身体に気力が戻って来た


「ありがとうございます、フランシア様」

「えへへ、どういたしまして」


屈託のないフランシアの笑顔に

心の底から癒される様な気がした

それから数刻後、レティシアと

ヌールがフリージアの屋敷へと戻って来た

私はフランシアを休ませる為に

部屋まで連れて行き彼女の

身の回りの世話をしていた

レティシアはそれを知るや否や

一目散にフランシア部屋にやって来て

ノックもせずに飛び込んで

脇目も触れずにフランシアに抱き付いた


「お、お姉様!?」

「…フランシア、身体に異常はない?」

「頬を怪我しましたが、それ以外は特に

…全部、ノエルのおかげです」


レティシアはフランシアから

少し離れて、安堵のため息をついた

いになりの出来事にフランシアは

凄く驚いていた様だ


「貴女を人慣れさせる為に

行ったとは言え、怖い目に…

危険な目に遭わせてしまい

本当にごめんなさい…ノエルが

居なかったらと思うと…

…本当にごめんなさい」


レティシアは少し震えながら

青ざめた表情でフランシアに謝罪した

今度はフランシアからレティシアを

優しく抱きしめて、穏やかに微笑んだ


「お姉様、泣かないで…」

「…フランシア…」


レティシアの頬を涙が伝う

互いの無事を確認し合う

フリージア姉妹の姿を

私はただ静かに見守っていた

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