氷の令嬢は花を愛でる2

フランシア愛一色に染まった

フランシア塗れの部屋で

私は背筋を凍らせて

産まれたての子鹿の様に震えていた

目の前には氷の形相の令嬢レティシア

これから身に降りかかるであろう所業に

私…ノエル・グレイシアは、果たして

耐え抜く事が出来るのであろうか…?


「…ノエル、貴女には二つの選択肢が与えられます」

「はい…」

「一つは、今見た光景の一切合切を忘れ

心穏やかにフリージア家に一生支える事

そして、もう一つは…」


レティシアの貫く様な氷の視線が

私を見るたびに背筋が冷たい

私はごくりと生唾を飲み込む

息が出来ないぐらい喉が渇いてる


「貴女の腹の中の全てをぶち撒けて

わたくしと一緒に絞首台に登るかの

二つに一つです、姉と貴女を失った

フランシアが不幸になり、ずっと

泣き続けるでしょうね

ノエル…さあ、選びなさい」


レティシアに睨み付けられた私は

まるで猛獣の目の前の獲物である

プルプルと震えながらも

言葉を発しようとする物の声が出ない

答えは前者で決まっているはずなのに

ど、どうしよう…


「…言葉を忘れてしまったのかしら…?」


レティシアの目が怖かったが

私は全身の勇気を振り絞って

言葉を捻り出す、頭の中は真っ白で

まともな答えが出せなかったが

感情の赴くまま声を捻り出す

がんばれ…がんばれ!私!


「…あの…答える前に…一つだけ質問させていただいてもよろしいですか?」

「…許します…何かしら?」


私は深く深呼吸をしてこの部屋に

入った時頭に浮かんだ質問を口に出す

私は真剣な眼差しでレティシアを見つめ

毅然とした態度ではっきりと質問する


「レティシア様はフランシア様の事が

大好きなのですか…?」


一瞬時間が止まったような気がした

少し間を置いてから、レティシアは

呟くように言葉を紡ぎ出す


「…フランシアが幸せになる事

それ以外の事、今のわたくしに

何も要らないわ」


レティシアの真剣な眼差しが

私の胸を打つ、間違いなく本気である

気付いた時に私はレティシアの前で

ドレスを抱えて跪き、頭を垂れていた

どうしてその様に身体が動いたのか

正直わからなかった

側から見れば騎士の誓いを

立てる姿に見えるだろう

そう、フランシア愛に

満ち溢れたこの部屋のど真ん中で

私は一世一代の誓いを立てたのだ


「一生フリージア家に忠誠を誓います

私、フランシア様の笑顔が大好きだから」

「…その言葉、あの娘が聴いたら

きっと喜ぶでしょうね、ノエル

貴女に科する複数の条件を伝えましょう」


私は、レティシアの表情が

少し柔らかくなった様な気がした


「一つ、試用期間が終わったら

フランシア専属のメイド兼護衛となる事

二つ、時間外に、ヌールに師事し

毎日護衛騎士としての鍛錬に励む事

三つ、定期的にわたくしの特別企画した

秘密特訓を受ける事

四つ、命を賭けてフランシアを守る事

そして最後に…」


私は生唾を飲み込む

スポーツは苦手では無いが

フランシアの護衛が上手く出来るか

少し心配であった


「…この部屋の事は一切の口外を禁ずる

口外した場合…もうわかりますね?」

「はい、承知しました」

「フランシアの専属のメイド兼護衛

となる場合お給金を通常の五倍支払います

他にも幾つか手当が有りますから

それは執事長のヌールに確認なさい」


私は「はい」と頷くすると

レティシアは私の抱えている物に

やっと気がついた様だ


「…そのドレス…この間の…?」

「フランシア様からレティシア様に

お渡しする様にと、合わせる顔が無いと

仰っていまして…それで代わりに私が…」

「丁度いいわ、ノエル…貴女には

今後この家で協力していく

フリージア家の職人達を紹介しましょう

私の後をついて来なさい」


私はレティシアに案内されるまま

ドレスを抱えて黙って付いて行く

長い廊下をどれほど歩いただろうか

フリージア家の姉妹とメイドや

料理人、ホームキーパー達が

寝泊まりする本拠から少し離れた場所に

其々の職種毎に何戸か建てられた

フリージア家お抱えの優秀な

職人達が集う職場へとたどり着く

レティシアの話によると

私達の今居る建物の中には

フリージア家の裁縫職人達が

ここに居るようで

職人達はそれぞれ与えられた

長テーブルに担当の衣類を広げ

天井から垂れるチューブの先端に繋がった

鉄のアイロンを手際よく操作して

職人達は各々が蒸気の軌跡を描く

アイロンを走らせて行くブラウスや

シャツはピシッと姿勢良く正されていき

一枚、また一枚とフリージア家に

居る人々の衣服を綺麗に整えて行く

従者限らず全員分の衣服だろうか?

時間が経つにつれまるで積み木の様に

どんどん積み上がって行く


「ごきげんよう、職人の皆様

ヴァッシュ親方はいらっしゃるかしら?」


入り口直ぐの受付カウンターで何か

書き物をしながら確認作業をしている

女性にレティシアは話しかけた


「今、呼びます、親方!レティシアお嬢様がいらっしゃいました!!」


職人は職場の奥へ大声で叫ぶと

私達の視線の先からえらく低い

男性の声が「おう!今行く!!」と響く

すると数刻経たずに、えらく体格の良い

人相が悪く厳つい大男が現れた

え?裁縫職人ですよね

ヤクザじゃないですよね?


「ごきげんよう、ヴァッシュ親方」


レティシアはコワモテの大男に対して

丁寧に挨拶をすると、私も咄嗟に

深々と頭を下げてお辞儀をした


「お嬢が直接来たと言う事は…

…特急で緊急の案件だな?」

「ええ、そうなの…ノエル

親方にドレスを」

「はい、こちらです」


私はレティシアに促されるまま

ドレスをヴァッシュへと手渡す

ヴァッシュは慣れた繊細な手つきで

顔に似合わず物凄く丁寧に

ドレスを確認して、静かに頷く


「成る程…手癖の悪い阿呆がお嬢達の

大切な思い出のドレス汚しやがったのか…

紅茶引っかけられちまった様だな…許せねぇ」


ヴァッシュはドレスを見ただけで

ドレスが汚された状況を

理解していた様だった

ワナワナと怒りに身体を

震わせている様だった


「…このシミ、落とせるかしら?」

「…お嬢、俺に案件を言う時は

"何時迄に仕上がる"か、だ。

答えは、夕方前に完璧に仕上げる

だから期待してて待っててくれよな」

「ありがとう、親方…」

「…お嬢達にとって大切な思い出の

品物だからな、全力でやってやらぁ

お嬢達は昼飯でも済ませててくれや」


ヴァッシュはくるりと振り返ると

自分の長机の方へと向かって行く

私の目には彼の背中にオーラの様な

モノが溢れ出ている様に見えた

気合い十分である


「さて、ノエル、親方のご厚意に甘えて

わたくしは食事をしに行きます

ノエル…貴女はフランシアの様子を

見て来てください」

「はい、レティシア様」


レティシアは私を鋭い視線で見つめ

まるで釘を刺す様に付け加える


「…ドレスの件はフランシアに

伝えても構いませんが、くれぐれも

わたくしの名前は出さない様に

後、仕上がったらノエルが受け取って

フランシアに渡して下さい

分かりましたね?」

「かしこまりました」


レティシアは何時もこうやって

影ながらフランシアを支えて

来たのであろうか?

そう思うと、フランシアに対する

厳しさのニュアンスが変わってくる

私は去り行く真面目で不器用な

レティシアの姿を黙って見送った



私は裁縫職場を離れ、レティシアに

言われた通り直ぐにフランシアの

部屋の前まで来た、とても静かだ


「フランシア様、ノエルです」


私は部屋をノックして

フランシアの返事を待つ


「…どうぞ、入って…」

「失礼します」


フランシアに何時もの元気がなくて

私は少し心配になった

やはり形見のドレスが

汚れてしまった事が余程の

ショックなのだろう

私があの時もっと上手く

フランシアの盾になっていれば

彼女の落ち込む姿を見る事は

なかったのだろうか?

ともかく、先程レティシアに

言われた事を頭の片隅に置きながら

私は普段通りに口を開く


「フランシア様、報告がございます」

「…何かしら?」

「私、ノエルはレティシア様の

御命令により近日中に

フランシア様の専属となります

こんな未熟者ではありますが

今後ともよろしくお願い致します」


私は深々とお辞儀をすると

フランシアは両手を合わせて

喜んでくれている様に見えた


「まあ、これからもよろしくね、ノエル」

「フランシア様の為に頑張ります」


フランシアはやはり

笑っていた方が可愛い

レティシアが言っていた

取り柄、と言うよりも

恐らくはレティシアも

フランシアの笑顔が好きなのだ

あの"秘密の部屋"には

笑顔のフランシアグッズも多かったし

きっとそうであるに違いないと思う

少し安心したのか、フランシアの腹が

くぅーっと鳴り響く


「す、すみません…私ったら…」


頬を染めて恥ずかしそうに俯く

フランシアの事だ、恐らくは

落ち込んで朝からずっと

何も食べていないのだろう


「お腹が空くのは健康な証拠です

食堂へ行きましょう、フランシア様」

「ええ、ノエルも一緒にお昼にしましょう」


私はフランシアに伴いフリージア家の

食堂へと向かう、食堂に着いた頃

丁度、レティシアが食事を終えて

食器を片付けさせた頃だった


「…フランシア、それにノエルも

…丁度よかったわ、ノエル、フランシアに

専属の件は伝えましたか?」

「はい、先程お伝え致しました」

「お姉様…」

「フランシア、そう言う事だから

ノエルと仲良くなさい」

「お姉様、ありがとうございます」


フランシアはレティシアに深々と

頭を下げたが、私には何の事か

よくわからなかった

一方のレティシアは遠くを見て

少しそっけない態度の様に感じた


「…何のお礼なのか、わからないけど

…取り敢えず…昼食をしっかり食べなさい

どうせ朝から何も食べてないのでしょ?

体調管理が出来ない様では笑われるわよ」

「はい、気を付けます」


レティシアは去り行く時に

私の側に近づいて、フランシアに

聞こえない様に静かに耳打ちする


「…フランシアの事、頼みましたよ」


私は目を瞑って静かに「はい」とだけ

レティシアだけに聞こえる様に答えた


「ノエル?…ぼーっとしてどうしたの?」

「あっ!?これは失礼しました

どうやらお腹好き過ぎて、頭が回らないみたいです」

「…ふふっ、早く食事にしましょう」


今はフランシアがただ笑顔なだけで

私にとっては十分なのである

私はフランシアに遅れない様

付き添い、食堂へと入って行った



一通り食事を終えて、フリージア家の

料理長であるユーズキーに食事のお礼を

伝えて、ヴァッシュとの約束の時間迄

まだまだ余裕があったので

フランシアとの二人でフリージアの庭園を

散歩する事にした。

庭園では庭師のモーゼスが妻で

フリージア家のハウスキーパーである

メイベルに手伝ってもらいながら

垣根の仕上げと通路の清掃をしていた

緑の垣根はモーゼスの手によって

綺麗に整えられ、まるで緑色のレンガでも

積み上げた様な、見事な壁を作り上げていた

フランシアは「ごきげんよう」と

モーゼス夫婦に笑顔で話しかけて

垣根の出来栄えを誉めると

モーゼス夫婦はフランシアに

褒められて大層喜んでいた様だった

私はフランシアの行動周期を見て

ひとつ思った事がある

フランシアが笑顔で人と接すると

接した人々は必ず笑顔になる

まるで、彼女が自身の笑顔を

人に分け与えているかの様だった


「さて、そろそろお部屋に戻りましょうか」

「はい…あ、申し訳ありません、私この後

レティシア様に申し付けられた

仕事が有りますので、フランシア様を

お部屋までお送り次第

失礼させていただきます」

「あら、忙しいのね、それなら

見送るだけで十分よ?」

「そうはいきませんよ、フランシア様の

専属なのですから」


私には大切な人の専属になれた事に

対する確かな誇りがあった

フランシアを部屋迄送り届けた後

再度、裁縫職場へと訪れた

受付の女性にヴァッシュを

呼び出してもらうと

相変わらず強面の大男が何やら

茶色の包装紙で包んだ物を

大事に抱えて持ってきた


「待ってたぜ、嬢ちゃんは確か

ノエルっていったっけか?」

「はい、よろしくお願いします

ヴァッシュ親方」


私はヴァッシュに深々とお辞儀をする


「おう、よろしくな、依頼のブツはこれだ」


ヴァッシュの強面の表情からは

正直、機嫌が良いのか悪いのかは

よくわからなかったが

声色は少し上機嫌な様な気がした

ヴァッシュの手には包装紙に

大事に包まれたフランシアの

ドレスがあった


「今回のドレスはいつも以上に

良い仕上がりになった

嬢ちゃんも中身を確認してみてくれ」

「はい、それでは失礼します」


包装紙の中を除いて見ると

まるで新品の様に色褪せや

汚れ一つない綺麗なドレスが

確かにそこにあった

私は我が目を疑った


「え?あれ?親方…これ新品ですか?」

「そう言ってもらえると

職人冥利に尽きる、さあ、さっさと

フランシアのお嬢に持って行って

安心させてやんな」

「はい!ありがとうござました親方!」

「また困った事があったら

いつでも来いよ」

「はい!また何かありましたら

よろしくお願いします」


私はヴァッシュに礼を言って

フランシアの部屋へと急ぐ

いち早くこのドレスをフランシアに

見せてあげたかったからだ

私はフランシアの部屋の前まで来ると

胸を高鳴らせながらドアをノックする


「フランシア様!急いで見ていただきたいものが!!」

「ノエル?そんなに慌ててどうしたのかしら?」


扉が開くと少々困惑した様子の

フランシアの姿があった

私は包装紙を丸ごとフランシアに手渡す


「きっと驚きますよ、フランシア様」

「…何かしら?」


私はフランシアのリアクションが

楽しみで、少しワクワクしていた

包装紙を開けた瞬間、フランシアの

表情は驚いたまま固まっていた


「ノエル…これ…」

「ヴァッシュ親方が全力で

頑張ってくれました、修繕も

一緒にしてくれた様ですよ」

「…母様のドレス…良かった…本当に良かった…」


フランシアはドレスを胸に抱きながら

ポロポロと歓喜の涙をこぼしていた

「ありがとう、本当にありがとうノエル」

私は何も言わず、ただ黙って

涙を流すフランシアを優しく抱擁する

彼女の姿が心の底から愛おしく思った


喜びを分かち合う二人の姿を

遠くから誰に気付かれることもなく

まるで二人を見守るかの様に

静かに微笑むレティシアの姿があった

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