映像講義は「知識ゼロ」か「理解度5~6割」の状態での受講が最も有効

 医学生の本業は実習参加も含めた医学の勉強ですが1年生から6年生までずっと臨床医学の勉強をしている訳ではなく、カリキュラムも大学によって少しずつ異なるため同じ医学部医学科4年生でも既に病院実習が始まっている大学(僻地で働く医師を養成している自治医科大学が代表的)もあれば臨床医学の座学の真っ最中である大学もあります。


 映像講義を受講するのに適したタイミングについて考察する前に、一般的な医学部医学科における各学年の医学への理解度を簡単に例示します。なお、ここで言う「臨床医学への理解度」は医師国家試験に余裕を持って合格できるレベルが理解度10割と考えてください。



 1年生:年度の後半または中盤まで教養の授業を受け、その後は解剖学・生理学など基礎医学の授業が始まる。内科外科やマイナー科といった臨床医学については全く知らない。


 2年生:基礎医学の授業が本格的に始まり、年度の終盤では「症候学」「診断学」など臨床医学に向けた準備的な授業があることも。とはいえ臨床医学の具体的な知識量は素人同然。


 3年生:臨床医学の授業が本格的に始まる。やる気を出して勉強しようとするが臨床医学、特に内科・外科の膨大な学習量に圧倒される。臨床医学への理解度は良くて2~3割。


 4年生:内科・外科の授業は概ね終了し産婦人科・小児科・救急などその他のメジャー科や眼科・皮膚科などのマイナー科の授業が続く。年度の後半からは大学附属病院での病院実習(コア・クリニカルクラークシップ)が始まる。CBTに合格できれば臨床医学への理解度は4~5割ぐらい。


 5年生:ひたすらコアクリクラが続き、大学によっては年度末に進級試験がある。真面目に病院実習に取り組み6年生に進級できれば臨床医学への理解度は6~7割か。


 6年生:学外の病院も含めた病院実習(アドバンスト・クリニカルクラークシップ)が年度の中盤または後半まで続き、その後は卒試や国試に向けてひたすら勉強。臨床医学への理解度が8割ぐらいでも国試には合格できるがせめて9割は身につけたい。



 上記を踏まえた上で、私は国試予備校の映像講義は「臨床の授業が始まった時(上記の例では3年生)」もしくは「病院実習が始まった時(上記の例では5年生)」から受講を開始するのが最も有効と考えます。


 これを言い換えると映像講義を受講するのは「知識ゼロの状態」もしくは「臨床医学への理解度5~6割」の状態が最も有効ということになります。その理由についてそれぞれ説明します。


 ①知識ゼロの状態での受講


 映像講義を受けるのは何だかんだで面倒なので、CBTが終わるまではQB-CBT等での問題演習のみで乗り切りCBTが終わってから(=病院実習が始まってから)映像講義を受けようと考える医学生は例年少なくありません。CBT終了まで映像講義を受けないということは5年生になってから映像講義を全て受けるということになり中々にリスキーですがそれが実行できるなら特に問題はありません。


 しかし問題は映像講義の受講を後回しにしてしまうことではなく、もっと根本的な段階で生じます。


 その一例として、第117回医師国家試験から産婦人科の問題を引用します。(Fブロック第55問・問題文のみ:medu4.comより転記)



>32歳の1回経産婦(2妊1産)。妊娠39週6日、規則的な子宮収縮を主訴に来院した。これまでの妊娠経過に異常を認めない。午前1時、10分ごとの規則的な子宮収縮を自覚し、次第に増強したため午前4時に入院した。内診で子宮口は4cm開大、展退度は60%、硬度は中、児頭下降度はSP-2cmであった。午前8時に破水を認めた。その時点の内診で子宮口は6cm開大、下降度はSP-1cmであった。その後、陣痛周期は3分となった。午後1時の内診で子宮口は全開大、児頭下降度はSP+2cm、先進する小泉門を1時方向に触知し、矢状縫合はほぼ母体の骨盤縦径に一致していた。この時点の陣痛周期は3分で、持続時間は1分であった。この産婦の分娩経過で正しいのはどれか。



 いかがでしたでしょうか。これを読んでいるのが国試を控えた6年生や国試の記憶も新しい初期研修医ならばざっと見ただけでどういう問題か分かるでしょうが、臨床医学の知識がほぼゼロの1年生・2年生、そして産婦人科を1から勉強したことがない3年生は問題文の意味すら分からないと思います。


 「内診で子宮口は4cm開大、展退度は60%、硬度は中、児頭下降度はSP-2cmであった」と書かれてもBishopスコアの存在とそれが意味することに加えて各項目の基準値を知らなければ意味不明な一文になりますし、「先進する小泉門を1時方向に触知し、矢状縫合はほぼ母体の骨盤縦径に一致していた」も正常な出産の経過を知らなければ何を言っているのか分からないはずです。実際に産婦人科の映像講義を受ける前の私がそうでした。


 産婦人科は国試の出題科目の中でも最も専門用語と暗記量が多い科目の一つなのでここで産婦人科の問題を例示したのはかなり意地悪ですが、産婦人科は非常に難しいにも関わらず国試で出題数が飛び抜けて多い科目の一つなのでどんな受験生も「産婦人科を捨てる」という選択肢はできません(&どんな進路であれ医師免許を持ちたい人間として捨てるべきではありません)。だからこそ産婦人科は早いうちから勉強していく必要がありますが、知識ゼロでは問題文の意味さえ分からないので「問題演習のみで乗り切る」というのは事実上不可能です。


 このような場合、映像講義の受講は理解を深めるためではなく「問題文の意味が分かるようになるため」に有効と言えます。産婦人科に限らずどの科目も問題文の意味が分かるようになってから問題演習を行う方が有効なのは同じですので、この意味で私は映像講義を受けるタイミングとして知識ゼロの状態をまずオススメします。



 ②理解度5~6割の状態での受講


 映像講義を真面目に受けて問題演習も行う、もしくは根性で問題演習だけでCBTに合格できた医学生はその時点で臨床医学への理解度は4~5割と言えます。


 その状態でさあ問題演習だ! と考えて病院実習中にQB国試をどんどん進めようとする医学生も例年多いですが、ここで突き当たるのが独学の限界です。


 中学・高校・大学の受験もそうですが受験勉強には必ず王道的なやり方というものがあり、この科目はこういうアプローチで理解すべきという方法論が存在します。独学で勉強しようとする受験生は大抵の場合どこかでアプローチを間違えて非効率的な学習に陥り、結果的に成績が伸び悩みます。だからこそ受験勉強に対して塾講師や予備校講師、あるいは受験指導者という職業が成立する訳です。


 医学の勉強は数学や物理の勉強と比べれば理論の理解よりも知識の暗記が主軸となり、そこにおける王道的なやり方とは「総論を理解した上で各論を理解する」ことです。medu4など国試予備校の授業では先述の通り総論を分かりやすく解説した上で各論に入っていきますので、受講すれば自然と王道的なやり方が身につくことになります。


 もちろん3年生から映像講義を受講し始めてCBTまでに通常講義は全て見終えたという場合はそのままQB国試をどんどん解いていっても構いませんが、CBT終了時にまだ半分近く残っているという場合は慌てて問題演習に移るよりもまずは映像講義をしっかり受講すべきでしょう。また、6年生になれば先述した「特講」「テストゼミ」「国試究極MAP」といった6年生がメインターゲットの講座を受講することになりますので通常講義が終わっていても受けるべき講座は沢山あります。



 ③「理解度2~3割」「理解度7割以上」の場合は有効ではないのか?


 先述した有効な受講タイミングは知識ゼロもしくは理解度5~6割の状態ですが、それ以外はどうなのかという疑問が当然持ち上がります。


 まず結論から言うと、各科目の総論はある程度理解できている理解度2~3割、もしくは各論もそれなりに暗記できている理解度7割以上の時点では映像講義よりも問題演習を繰り返した方が学力向上には効果的です。理解度2~3割であれば各論を分からないなりに少しずつ体当たりで覚えていけますし、理解度7割以上であればまだ覚えていない知識を埋めていくことができます。


 当然このような状態でも映像講義を受ける意義はあるのですが、問題演習すなわちアウトプット式の学習を行える状況にも関わらず映像講義を受けてばかり、すなわちインプット式の学習に偏る医学生が例年少なくないため私はあえてこういった状況では問題演習を優先すべきと主張します。



 先述の通り私自身はCBTまでに通常の映像講義を9割見終わってCBTに合格し(=理解度4~5割)、これでインプット式の学習は十分だと慢心してしまった結果6年生の卒業試験で大失敗するまでアウトプット式の学習しかしていませんでした。今振り返ると映像講義を9割見終わった程度ではまだまだインプット式の学習は不十分であり、アウトプット式の学習と並行して残った映像講義を受講したり先述した「Anki」を用いて復習を行うべきであったと感じます。


 なお、この項目で述べたのはあくまで「この時期は映像講義(インプット式)を主体、この時期は問題演習(アウトプット式)を主体にすべき」という趣旨のアドバイスですので国試本番までどちらの学習も欠かせないことは言うまでもありません。

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