第3話 自分だけの時間

はぁ、疲れた。帰ってくるとすぐにベッドに倒れこむ。学校はなんでこんなにも疲れるんだろう。まだ、ろくに授業始まってないのに。教室にいるだけで体力を消費する。まだすることが残ってるけど、一眠りしよう。



目が覚めて時計を見ると、5時を過ぎていた。3時間も寝てしまっていた。そういえば、まだ朝から何も食べていない。でも、全くお腹がすいていない。今日の夜は、適当に冷凍チャーハンでも食べるか。


そういっても、まだ夜ご飯には早かった。暇。そうだ、ピアノの練習をしないといけないんだった。私は、狭い部屋で一際目立つ電子ピアノの前に座った。



最近手に入れた『ロストワンの号哭』の楽譜。ボカロの楽譜は難しいものばかりなのに、この曲は特に難しい。だから、ずっと手をつけられなかった。


ピアノの鍵盤に優しく指を置く。まだイントロしか弾けない。ボカロはリズムが難しい曲が多い。付点とか鋭く切れるスタッカートとか、それに加えテンポも早く難易度が高い。でも、それがあるからこそ、この曲もだけどとてもかっこいい音色になる。


指が絡まる。薬指がつりそうだ。ピアニストはどうやって難しいクラシックをひきこなすのだろう。小さい頃はピアニストになりたいと思ってた自分が恥ずかしくなる。



この曲の練習をする前は、「千本桜」を練習していた。そして、中学の音楽の時間、まだみんな音楽室に来ていない時間に弾いていた。


ボカロの曲を知らない人が大半の中で、千本桜だけはみんな知っている。だから、こんなオタクでも、ひとりぼっちになることは少なく、音楽の時間は特に少し注目されていた。



でも、注目されることに特に喜びも感じず、オタクであることを隠す必要がよく分からなくて、結局自分から1人になっていた。それは、今でも継続中。





いつの間にか1時間もピアノに向き合っていた。結局今日もサビまでたどり着くことは無かった。今日はひとまず休憩。



ふとスマホを覗くと、SNSで新しい投稿がされていた。そこにはシルバーカラーでショートカットのウルフ姿の私の推しが映っていた。この人は、いわゆる歌い手で、最近人気が出てきている。


かっこいいな。今日も。


私はこの人に憧れている。だから髪型もこの人に寄せた。でもやっぱり全くおなじにするのはおこがましいから、シルバーはインナーにしか入れていない。


私もこの人みたいにかっこよかったら。歌がうまかったら。


憧れたってしょうがない。髪型を寄せたってどうしようもない。それでも。それでも、少しでも近づけるように、今日も推しの投稿にいいねを押す。



──ピロリン


また新しい投稿の通知が来た。


その投稿は、新しい小説の投稿だった。


投稿者は私と同じ高校1年生らしい。最近見つけた人。この子の投稿した小説がたまたまTwitterで流れてきてなんとなく読んでみたら、素人さはありながらもこの子の世界観に惹き込まれるような魅力があった。


新作は恋愛小説のようだ。いつもと違うテイスト。いつも異世界系とかファンタジー系が多いのに。


でも、いざ読んでみると、やっぱり彼女らしい文章が並んでいて、すっと内容が入ってくる。ていうか、いつもよりも世界観に惹き込まれた。


いつものファンタジーな話もいいけど、私はこの日常的な話の方が好きだった。


いつものようにいいねを押す。反応は私のいいね一つだけ。いつもいいねを押すだけ。そしていつも誰よりも早く反応する。


自分から発信して頑張っている彼女を、私は陰ながらに応援していた。同い年なのに、私にはできないことだから。


きっと彼女には届いていないだろう。たった一つのいいねだけだから。いつか、直接感想が言えたら。応援していると伝えられたら。


あっ、そうだ。SNSを使えば...


私は、彼女宛のDMを開いた。


『はじめまして、いつも楽しく小説を拝見してます...』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る