第2話 荷が重い


 そもそも俺がここをバイトに選んだのにはいくつか理由がある。その1つとして、ここなら同じ学校の奴らと会うことがないと思っていたらだ。

 何故そう考えてたかと言われば、ここは俺が通う高校からかなり離れているということ。

 そして、ここのカフェはかなり外装が古くさく常連さんが多いことで有名だからだ。

 そして他のバイトのメンバーも30〜50代が多く俺以外に10代はいない。

 だからこそ、客にも同じ学校の生徒が現れることがないとタカをくくっていた。


 なのに、なのに、まさかの新人バイトが町田さんだったとは。


「あ、あの大丈夫ですか?」

「バカだからアンタみたいな女の子に耐性がないんだよ。バカだから」

「2度もバカって酷くないですか!?」


 俺が激しく同様していると梅バァがそんなことを言ってくるので慌てて反論する。


「というか、赤田あかだ 順一じゅんいちさんですよね? 同じクラスの」

「ま、まぁ、はい。そうですね」

「なんだ、知り合いだったのか。じゃあ尚更適任ってわけだね」


 そんなことをしていると町田さんがついにそれを口にした。というか、俺みたいな完全な陰の者まで名前を覚えてくれてるのか。

 でも、今はその優しさが辛いっ! もう、梅バァに頼み込んで変えて貰うことは不可能そうだ。


「じゃあ、赤田さんっ。というか、先輩! よろしくお願いしますっ」

「せ、先輩!?」


 胸の前で拳を握って気合を入れるような仕草をする町田さんだが、今はそんなことに構っていられない。


「えっ、だって赤田さんの方がバイト長いですし教えて貰うんですから……って聞いてます?」

「セ、センパイ……町田さんのは破壊力ががガガガ」


 断言しよう。こんな陽キャな完璧美少女に俺がなにかを教えるとか無理。絶対無理だ。

 大体、先輩なんて柄じゃないっ。

 そうだ。今からでも逃げよう。行こうぜ、京都っ!


「そんなこと断言するんじゃないよっ!」

「痛いっ。……というか、聞こえてたんですか?」

「聞こえるもなにも、普通に口にしてたじゃないか」

「ハハ……」


 心の中で呟いたつもりがどうやら漏れていたらしい。見れば町田さんも苦笑いしていた。


「とにかく、そういうことで頼んだよ。この子、初めてのバイトだから緊張してるんだ。先輩として上手くほぐしながら、ちゃんと教えてやるようにね」

「絶対無理だ。教えられるわけない。というか、あんな笑顔を見せられる人に教えることなんて……」

「返事は?」

「イエッサー。なんの問題もありません」


 梅バァの迫力ある一声に俺は慌ててそう答える。横で町田さんはまたも苦笑いしていた。

 まぁ、俺みたいな奴じゃ心配かもな。

 これで、学校とかで愚痴でも流されようものなら俺は詰みだ。いや、元々ボッチだから積んでるようなものか。


「まぁ、こんな奴だけどね、仕事になりゃ気持ち切り替えてやってくれるから安心してくれていいよ」

「そうなんですね」


 おいっ、梅バァ。なにそもそも富士山並みに高いハードルを上げてるんだ。

 だが、こうなった以上は仕方ない。今までの経験を生かし町田を育てあげるだけ。なるべく早く研修が終わるように全力で教える他ない。

 俺はそんなことを考えながら梅バァとなにか楽しそうに話す町田さんを遠目に眺めるのだった。



 *



「えっとですね、町田さん。まずはこのお店の設備や各部屋の説明などをしていこうと思うんですが」

「その前に1ついいですか?」

「はい?」


 時間になったので俺がなんとか頭を切り替え町田さんに説明をしようとしていると、町田さんが可愛らしくチョコンと手を挙げてそんなことを言ってくる。


「赤田先輩なんで敬語なんですか? 先輩なんですから「さん」付けもなくて……」

「無理です」

「なんでですかぁ〜」


 町田さんは少し残念そうにしているが無理なものは無理である。というか、町田さんを俺ごときが「さん」付けもなしとか恐れ多すぎる。

 学校の奴らに聞かれたら干されてしまいそうな案件だ。


「と、とりあえずトイレから回ります。ついて来てください」

「分かりました」


 俺はこの話題を逸らすべく早口でそうまくし立てるのだった。……町田さんが素直な人で良かった。これであのまま問いただされていたらと思うとゾッとする。



 *



「とまぁ、今日はこんなところです。他にも色々と覚えることはありますが……まずは今日のことを意識してください。初めはそれだけでいいです」

「はい、本当に色々とありがとうございます、赤田先輩っ」


 あの後、客足が一気に増えシフトに入っていたメンバーでは手が足りなくなってしまった為、俺が一時町田さんの指導から離れることはあったが、町田さんの研修1日目はつつがなく終わりを迎えた。

 というか、町田さんは普通に優秀だ。あの後、俺以外の先輩達にも元気に挨拶を交わしみんなもかなりの好印象を抱いていた。

 そして物覚えも良く、返事もいいから教えていてとても気持ちがいい。


 ……なんか、俺との差をまざまざと見せつけられた感じだ。初バイトで純粋にこれは凄い。


「というか、ゴミ捨てって簡単だと思ってたんですが難しいんですね」


 すると、町田さんが今日を振り返ってかそんなことを口にする。


「まぁ、確かにそうですね。新人バイトの内はまだハードルが高いですし、基本的には半年以上務めた者がやるようなものですから。だから、今は無理に覚えようとしなくても大丈夫です。困ったら聞いてください。何度だって答えますし、少しづつ覚えていけばいいですから—って、どうしたんですか?」


 俺がなるべく安心させるべくそんなことを言っていると、町田さんがその端正な顔を崩し笑顔を零していた。


「いえ、なんとなく店長さん——梅さんが言ってた意味が分かった気がしました。赤田さんが研修の先輩で良かったです」

「っ!?」


 俺が尋ねてみると町田さんは無邪気な笑顔でそんなことを言い放つ。その凄まじい破壊力に俺は倒れそうになるが……待て。

 冷静に考えるんだ。俺! 町田さんは優しいからこんなことを言ってくれてるだけだ。

 勘違いするな。彼女なら他の人であってもこういうだろう?


「? どうしたんですか?」

「な、なんでもないです」


 俺が突然黙り込んでしまったことを気にしてか、心配そうに声をかけてくる町田さんに俺は慌ててそう返すのだった。





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 次回「帰り道」



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