◎第54話・孤立の勇者

◎第54話・孤立の勇者


 引き揚げたカイルらは、約束通り褒美として除却の指輪を手に入れた。

 彼らは館を引き払い、久しぶりに彼の自宅に戻る。

「これが除却の指輪かあ」

「敵の帯びた魔道具の効果を打ち消すらしいですぞ。古い文献でそう見た記憶がありますし、鑑定によってもどうやらそれは正しいようです」

「ふーん、へえ、うん」

 指輪の簡素な装飾をいじりながら、カイルは達成感を味わう。

 するとレナス。

「ギルドから報奨金も出たし、しばらくはゆったりできるね」

「そうだね。冒険者としての使命は全て果たした。ギルドの理事長も直々に面会して、快挙だと称賛してくれた。……だけど気がかりな点がある」

 彼は腕を組んだ。

「勇者が魔王を討伐する気配がない」

「……つまり、例えば私たちに補助を依頼されるかもしれないってこと?」

「その通り。さっきドレイク殿に聞いたところ、勇者はどうも何もできないみたいだ。仲間がいないから」

「まあ、あの勇者じゃね……」

 レナスは渋い表情。

「どちらにしても、補助を依頼される可能性はある。なにせ僕たちは冒険者として『アガリ』に到達してしまったからね。暇だと思われる余地は大きいし、お金の蓄えが減るまでは実際に暇だ」

「勇者ミレディ殿は、いま何をしているのだろう」

 セシリアが率直な疑問を口にする。

「それも多少気にかかることだけど、まあどうにかしているだろうね」

「どうにかしている、って」

「酒浸りとかじゃなければいいけどね。僕もかつては勇者一党にいた身だから、その程度は心配するよ」

「心配って、お金を何度か巻き上げたでしょ……」

「それは、どれも仕方がないことさ。まあ、依頼が来てから考えよう」

 カイルは適当な気分だった。


 その頃、勇者ミレディは。

「ひっく」

 酒場で飲んだくれていた。

 といっても王都ではない。王都には知り合いや、彼女を一方的に知っている者が多すぎて、酒に浸ることすらできない。

 サハッコから少し南のモリセンという、そこそこ大きな都市で、他の酒飲みに混じって、一人で酔っ払っていた。

 幸い金銭の援助者は失っていないので、酒代は割とゆとりをもって出せる。

 しかし、そういった問題ではないことは、彼女自身がよく分かっていた。

「全部カイルのせいだ……」

 彼女はぼんやりとしつつ、ただつぶやく。

 実際、勇者の権威が失墜したのは誰のせいか、と問われたら、カイルのせいなのか彼女自身のせいなのか、判断に困ることであろう。カイルも強引な真似をしたが、強引さで言えばミレディのしたこと、しようとしたこともなかなかのものだ。

 しかし、ともあれ、現在ミレディがどうしようもない状態になっているのは揺るがぬ事実だった。

 権威失墜、失敗続きのせいで、仲間を募集しても集まらない。援助者の伝手をたどっても仲間を募集しているが、いまのところまともな応募は皆無。

 かといってソロで魔王討伐の旅をするには、彼女には足りないものが多すぎる。レナスやアヤメなど割と多芸で小器用な者ですら、パーティを組んでいることからも分かる。

 カイル周辺でいうなら、バーツはソロ専門、単独冒険の天才である。しかしミレディはバーツではないし、勇者はパーティを組むことが前提なので、ソロ用の鍛錬は全く積んでいない。そういった技能はある意味才能が必要な領域なので、いまから身につけるのも難しい。

 一言でいうなら、打つ手がない。

 しかし途中で降りる選択もできない。【勇者】の天性を持って生まれてしまった以上、魔王の討伐はその責務であり、宿命である。ただの冒険者なら、冒険をやめてほかの職業に就く選択肢もあったが、勇者という肩書きがそれを許さない。

 八方手詰まりである。

 カイルなら、こんなときも希望を捨てずにあれこれ動き回るだろう。ミレディの知っているカイル、特にパーティリーダーとなってからの彼ならそうするであろうことが容易に予想できた。

 しかしミレディはカイルではない。残念なことに、あの四大魔道具を制覇したカイルではないのだ。

「ひっく。主人、勘定をお願いするわ」

 若干足元をふらつかせながら言う彼女に対して、「大丈夫ですか?」と主人は声をかけた。


 彼女はモリセンの長期滞在用の簡素な宿屋に泊まっている。

 いつまでいるのか?

 それは彼女にも分からない。きっと誰に聞いても、確たる答えは返ってこないだろう。

 ともあれ、彼女は夜道を歩く。

 冷えた夜風にあたると、酔った感覚が少し引き締まり、まるで自分がしっかりしているかのような感触を覚える。

 彼女が飲んだくれるのは、この感触が好きだからでもある。引き締まるために飲むというのも妙な話だが、ともあれ彼女は、この時間が好きだった。

 しかし、そこへ人が現れる。

「あの、もし、勇者ミレディ様ですか」

 ほろ酔いでどうでもよくなっていた彼女は。

「はい、そうれす」

 若干呂律の回っていない様子で答えた。

「よかった。実は私の主君である――魔王様が貴殿を招きたいと考えておりまして」

 刹那、一気に酔いが冷め、彼女は勇者の剣を素早く抜き構える。

 腐っても勇者、魔王が倒すべき存在であり、その関係者であろう彼女は場合によっては叩き斬らなければならないということは、さすがに弁えていた。

「魔王の家来がおでましとはね、斬られに来たのかしら?」

「どうか剣をお納めください。戦いに来たのではありません」

 剣を構えたまま、警戒を解かないミレディ。

「どうせ魔王の一味なら斬る以外に手はないわよ」

「どうか、どうかお話だけでもさせてください」

 魔王の家来は落ち着かせるようにして手を上げ下げする。

「ここでもし私を斬ることに成功しても、いまの貴殿では仲間がおらず、魔王のもとへたどり着くことすらおぼつかないことは存じております。その大半に四大魔道具の主カイルが関わっていることも。……ともあれ、ここで私一人を斬っても何も解決しません」

 強気の家来。

 しかし、そこまで言えるということは、ミレディについての諸々の事情を、大半知っているに違いない。

 彼女はとりあえず剣をしまった。

「まあ、そこまで言うなら話だけなら聞いてやってもいい。よく調べたわね」

「ありがとうございます。秘密のねぐらまでご案内します。ああ、私はアイシャと申します」

 アイシャはそう言うと、「こちらへ」と先導し始めた。

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