◎第52話・慣れ

◎第52話・慣れ


 その後、魔法人形に対する警戒を強めたおかげで、戦闘はせずに済んでいた。

 しかし。

「うぅん、ここさっき通らなかった?」

 カイルは首をかしげる。

「さっきから何回か、そう思う場所があったんだけど」

「そういえば、似たような景色を見たような気がするな」

 とセシリア。

 だが、レナスとアヤメは首を振る。

「いや、ここはまだ通っていないよ。ほら、そこの壁の傷」

 彼女は指差す。

「あの傷はこれまで通った道にはなかったよ。ここは一見通ったように見えるけど、道はここで合っていると思うよ」

「それがしも同意見にございます」

 アヤメも同調するようだ。

「先ほどから風の流れを読んでおりますが、この流れ方はここが初めてです。似たような景色は確かに何度かございましたが、風の流れ方からみるに、ここはまだ通っていないということで間違いありませぬ」

「そうか。そうだとすれば、これは」

 ――これは、迷宮の主が意図的に迷わせるように造ったものに違いないね。

 彼は自分の考えを述べた。

「実際、もしこのパーティにレナスやアヤメさんがいなかったら、僕たちは見当がつかなくて迷っていたはずだからね」

「でも私たちがいたから迷わずに済んだ。はい感謝して感謝!」

 図に乗るレナス。

「はいはい、感謝感謝。……しかし罠でも魔法人形でもなく、構造で足止めにかかるとは」

「カイル殿、それなのだが」

 セシリアが呼び止める。

「この迷宮、全体的に、殺傷だけでなく時間稼ぎにも力を入れた造りをしていないか?」

 例えばトリモチ。あの罠に殺傷力はない。正攻法で罠解除を進めていれば時間がかかったに違いない。

 そして実際、次のトラバサミの草原では解除に時間がかかっている。仮に解除をしないで進んだ場合、トラバサミに食いつかれ、解除よりも時間がかかっただろう。

 階段の罠も同じ。もし引っかかっていれば、転移して、戻ってくるまで時間がかかったはず。

 そこへきて、同じような景色で惑わすこの構造。

「この迷宮の本質は、入る前に言われていたように、やはり時間稼ぎにあるのだろうと思う」

「なるほど。目的に合った迷宮を構築しているわけだ」

 カイルはただ納得した。

 しかしそこへアヤメが割り込む。

「いまそれが分かっても、あまり利益はないようですな。風の流れによると、この迷宮の最深部は近いようですぞ」

「そこにジークフリート将軍は控えているのかい?」

「おそらくは。かすかですが人の気配を感じまする」

「なるほど。終わりは近いわけだ。決戦も近いわけだけど」

 カイルは自分の両ほほをパチンと叩いた。

「この探索はもうすぐ締めみたいだ。みんな、気を抜かずに行くよ」

 彼は伸びをしながら呼びかけた。


 探索を進める。

 あるときは人形の影。

「あっちに魔法人形がいるね。迂回するかい?」

「風の流れによれば、迂回路は行き止まりのようですぞ」

 アヤメが目をつむりながら意見を出す。

「ここは隙を突いて静かに駆け抜けるしかないと思いまする」

「もしくは電光の杖で破壊するとかだね」

 レナスの見解。

「いや……もし他にも魔法人形がいたら、電光の音を聞いて駆けつけてくるかもしれない。前回は幸運にもそうではなかったけど、今回そうなってもおかしくない」

「同感だ。私もなるべく戦わずに突破するのがいいと思う」

 セシリアもうなずく。

「じゃあ様子を見て駆け抜けよう。……いまだ!」

 言うなり、四人はあくまでも静かに走り出す。


 あるときは罠。

「ちょっと待って!」

 レナスが皆を制する。

「どうしたの?」

「ここ……床に何か仕込まれてる」

 見やると、土の床が微妙にへこんだり出っ張ったりしている。

「たぶん、出っ張っているところを踏むと矢が飛んでくるたぐいの罠だと思う」

「飛んでくるのはあそこからかな」

 カイルが奥の曲がり角を指差す。

「おそらくそう。あの壁、よく見ると穴が開いてる。あの穴から矢が放たれるんだと思う」

「なるほど。解除はできるかい?」

 聞くと、レナスは自信満々に答える。

「私は【罠解除師初級】だよ、こんな、天性無しでも解除できるような初歩的な罠、すぐに取り除いてみせるよ」

「そんなに初歩的なのか。任せたよ。まあ油断はしないでね」

「当然!」

 レナスは言葉とは裏腹に、慎重に解除にとりかかる。


 あるときは構造。

「あれ、ここはさっき……じゃないね。よくみると壁のシミが違う」

「確かに似たような丁字路を通りましたが、仰せのとおり壁のシミが違いますな」

 アヤメは問題の箇所を指差す。

「こっちで合ってるってことだね」

「然り。……カイル殿もこういう仕掛けには慣れてきたようですな」

 アヤメは「ふふふ」と小さく笑う。

「まあ、さっきから何回もこういうのを通っているからね。仕方がない」

「今後の迷宮攻略の助けになればいいですな」

「そもそも迷宮自体、そんなに多くないと思うけどね」

 ダルトンの迷宮やこのジークフリートの迷宮を攻略していると忘れがちになるが、冒険者が迷宮に挑戦する機会はまれである。

 もともと、迷宮の数が少ないのだ。

 人を迷わせ、罠で侵入者を倒すように設計された迷宮。そのようなものは世界を見渡しても、数えるほどしかない。

 自然の洞窟や古代の遺跡なども勘定に入れても、多くはない。そして仮にそんなところを攻略することになったとしても、罠は基本的に設置されていないし、構造も必ずしも迷子にさせるようにはなっていないため、きちんとした迷宮に比べては踏破の難易度は低い。

 つまり、この迷宮の経験が活きることは、きっとほとんどない。

「まあ勉強にはなることにしておこう」

「頭首殿は勉強熱心ですな」

 アヤメはからかうように言った。

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