◎第49話・まずは腹ごなし

◎第49話・まずは腹ごなし


 しばらくして、軽食がカイルのパーティに提供された。

 なにせ兵糧、保存食や持ち運びに適した食事が主であるので、味は二の次である。

 実際、カイルもあくまで空腹を八分目まで満たす、というだけの目的で食べており、美味いとか不味いとかいうことは、何も考えなかった。

 もっとも、レナスは「この芋がら縄おいしい! こういう兵糧もたまには乙だよね」と【料理人初級】持ちにしては意外なことを言っていた。

 いや、意外ではないのかもしれない。なんでも美味しく食べる性格と、味を追求する感覚や技術の双方がそろっていないと、むしろ料理人は務まらないのだろう。

 ともあれ。

 あくまでも腹八分目だが、兵糧を食した一行は、迷宮の入口に立った。

 土が盛り上がってできたような造りをしている。ダルトンの迷宮とは趣が異なるが、こちらも「迷宮迷宮している」には違いない。

「迷宮への挑戦は二度目だな」

「山登りを加えると三度目になるね。山登りを勘定していいのかどうかは異議もあるかもしれないけど」

 カイルは続ける。

「ただ、ダルトンの迷宮とも違うはず。あれは最深部の……」

 ダルトンの剣術が主軸だったけれど。

「罠の強さが本命だったけれど、この迷宮はおそらく、序盤から全力で僕たちを妨害しにかかってくるはず。あのときみたいに、中途半端な置き方や構造の罠はしていないと思う」

「そうですな。ダルトン氏の迷宮は最深部こそが必殺の構成だったようですが、この迷宮にはわざわざそういうことをする必要が少ない」

「最深部とそれ以外で緩急をつけるのも、戦術としてはありだろうけど、この迷宮がそうだと決めてかかるのはたぶん違うよね」

 珍しくレナスが賢明ぶったことを言う。

「悔しいけどレナスの言うとおりだ、みんな、この迷宮――」

「なんで私の言うとおりなのが悔しいの!」

「この迷宮は始まりから気をつけていこうじゃないか」

「異議なし」

「それがしも承知しました!」

「もう、カイル君ったら!」

 なんとも緊張感のないやり取りから、迷宮攻略は始まった。


 最初の困難は、迷宮に入って二十分ぐらいだっただろうか。

 罠警戒のため、先頭を歩いていたレナスが、迷宮の曲がり角で足を止めた。

「待って」

「どうしたの?」

 カイルが尋ねる。

「ここから、透明なトリモチが敷き詰められてる。距離はざっと二十メイルぐらいかな」

 トリモチとは、もともとは害鳥を捕らえるために地面に敷かれ、その粘着力で敵を逃さない罠である。

 また、一メイルはおよそ一メートルである。

「透明なトリモチ……」

「そこの、壁の傷の下あたりから敷かれてる」

 確かに、カイルがじっくり目を凝らすと、その辺りからわずかではあるが、床の色合いが変わって見える……ような気がする。

「むむ」

 レナスがそう言うならそうなのだろうけれど……とカイルが悩んでいると、アヤメも口を開いた。

「むむ、これは確かにトリモチですな。それもかなり粘着力の高い。これが二十メイルとなると、強引に突破はできない気がしまする」

 アヤメもそう言うならそうなんだろうな、とカイルは納得した。

 レナスに失礼な内心だろうか?

 いや、違う。パーティを組んでの冒険である以上、複数人の意見が一致するというのは、パーティの安全において重大な意味を有する。推測の正しさが一気に上がるのだ。

 その、冒険者としては基本的な「失礼さ」で確信したカイルは、しかし首をかしげる。

「……どうしよう? レナスにトリモチを解除してもらうか、何かトリモチに引っ掛からない道具を使うか」

 しかし、そこでレナスが声を上げる。

「はいはい! 実は私が準備していたもので一発です!」

 そこで魔法の道具袋から取り出したのは、四人分の水薬。

「この水薬を飲んだ人は、一定時間、床から少しだけ浮くことができるよ」

「ああ、そういえばそういうのもあったね」

 出陣前の買い出しで、「こんなの何に使うんだ?」と思いつつ自分で購入許可を出したのを、カイルは今さらながら思い出した。

「なるほど、浮き上がればトリモチにもかからないで済むね」

「地面に仕掛ける系の罠は全部これで一発なのに、カイル君は『節約だ』とか言って許可を渋ったよね」

「だって、まさか罠を張るような迷宮に、合戦の中で挑戦する羽目になるとは思わないじゃないか。合戦なら合戦用の道具を調達するのが当然だよ」

「はいはい。カイル君のバカ策士ぶりを笑いながら、みんなで飲もうよ」

 カイルは内心納得がいかないながらも、言われたとおり薬を飲んだ。

 体が少しだけ宙に浮く。

「おお、これは」

「これならトリモチの上を通過できるな」

 全員、この水薬を飲むのは初めてのようで、軽い驚嘆の声が上がる。

「さあ、みんな行くよ。私のおかげだから覚えておいてね」

 レナスを見て、カイルは内心「めんどくさい」と思いながら、トリモチの上を通っていった。

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