◎第42話・ナデナデ
◎第42話・ナデナデ
家への帰り道、レナスがさっそくはしゃぐ。
「三万ドラースだよ三万ドラース!」
「長い道のりだったね。ついに僕たちは報われ始めたってことかな」
「そうじゃないよぉ! もう!」
ふくれ面。
「金策はしばらく必要ないかな。装備や旅道具も見直しができそうだね。そういうのをこの機に更新しなきゃいけない」
「そうじゃなくてさあ!」
彼女は不満げに声を上げる。
「今日ぐらい、パーッと宴会しようよ!」
だが、残り二人は首を振る。
「カイル殿、そういう話なら私はあまり強いほうではないので……」
「それがしも酒は苦手なほうでございまして……密偵のためなら飲めますが、そうでなければ遠慮申し上げたいところで……」
「奇遇だね。僕も酒はあまり好きじゃない」
ここまで冒険して初めて分かった、「下戸の性質」。
「みんなひどいよ」
「ひどいったって仕方が……ああもう、泣かないでよレナス。そうだ、近くに酒屋があるはず、そこでレナス用の良い酒を買おう。自宅で飲もう」
「いいご飯がないとやだ!」
「ご飯は、中央広場の屋台で持ち帰り用を調達しよう。あそこは確か夕方も店じまいしないはずだし、持ち帰り専用の屋台がいくつかあったはず」
「うぅうぅ……」
「レナス、わがままは駄目だよ、気持ちは分かるけど、冒険はまだまだ続くんだ」
「……分かったよ。グスッ、それでいいよ」
「よし、よく我慢した。えらいぞ」
「ナデナデして」
「は?」
「本当にえらいと思ってるなら頭をナデナデして。そうじゃないと信じない」
「レナス、きみは何を言っているんだ?」
「いいからナデナデ! ナデナデ!」
レナスが頭を押し付けるようにしてくるので、やむなく。
「よしよし。えらいぞ。いつもレナスはよく頑張っている」
「ふにゃ……ウヘヘ……」
自分は何をしているのか、とカイルはあきれた。
「私もナデナデしてほしいところだが」
「それがしも、その」
「なんで……」
「ダメだよ、やだ! このナデナデは私のためのナデナデなんだから!」
「レナス、別にいいじゃないか。減るものでもなし」
「やだ! だって別に二人はお酒飲みたくないんでしょ!」
「それにしたって頑張ったのは二人も同じじゃないか」
「やだ! 絶対やだ! ダメだよ二人とも!」
レナスが厳しく制すると、二人は「残念」を体現するかのように沈んでいた。
「仕方ないなあ……セシリアさん、アヤメさん、後で充分に報いるから、今回はとりあえず我慢してはもらえないかな」
リーダーの気苦労であった。
「むむ……仕方がない」
「ナデナデは高くつきますぞ」
「そう脅さないでよ、ね?」
仲間を束ねるのも大変である。
カイルは頭をかき、ため息をついた。
数日後。
最後の四大魔道具の情報収集をしていたアヤメは、ついでに勇者パーティの動向を注意深く探っていた。
本来的な任務ではない。四大魔道具探しに必須かというとそうでもない。
しかし、ミレディはあの性格である。
カイル一党が三つ目の四大魔道具を獲得し、多額の報償金が出たことはもはや公知の事実。ギルド側は口止めをしていないし、通常はする必要もない。アヤメはそこを責める気はないが、しかし、ミレディがそれを聞きつけることは充分にありうるだろう。
それを知った彼女が何をするか?
何度も言うがミレディはあの性格である。報奨金、少なくともその一部を、なんやかや理由を付けて巻き上げようとするのではないか?
いや、勇者の剣と交換に駄賃を巻き上げたり、因縁をつけてきた勇者から逆に賠償金を巻き上げたりしたカイルのパーティが責められることではないかもしれない。
しかし、誰が悪いのかとは別の問題として、大金を手にした一行に恐喝を仕掛けてくるおそれは否定できない。
またもや戦闘ともなれば面倒だ。
……しかし。
「勇者が何しているかって?」
以前顔を合わせた冒険者バーツは、その顔の傷をかきながら答えた。
「確か勇者一党は事実上解散したって聞いたぞ」
「解散? 魔王を倒したのでござるか?」
「いや、そうじゃない。大変言いにくいが、その」
「どうなさった」
「ううむ、一言でいえば、きみらもおそらくだが、その、深く関与している」
「我らがですか……?」
いわく。
勇者の剣を買う羽目になったり、パーティ同士の真剣勝負で負けたりと、みじめな敗北を重ねた勇者パーティ。その評判は地に落ち、仲間が抜け、代わりの補充もままならず、ついに勇者ミレディ一人となった。
人望は失われた。勇者の名誉は失墜し、それにより勇者に協力する仲間もいなくなった。
金銭等の提供者、スポンサーはまだ少しはついているらしいが、それも「お義理」によるものと解したほうがよさそうだ。
そして、スポンサーはついているものの、現に旅をともにする仲間は一向に集まらず、ミレディの進退は窮まっているようだ。
「後ろ盾のほうも仲間集めに協力しているみたいだけども、なかなか上手くいかないらしい」
「なるほど、勇者は現在、単独であると」
ならば襲われる心配もない。
そう考えたアヤメは、しかし。
「そうなると魔王討伐もおぼつかなさそうでございますな」
「そうだな。彼女に一人旅の素質がなければ、なかなか、だろうな」
冒険者でも、一人旅をしている者はそれほど多くない。難しいからである。
旅の全てを一人でまかなう必要がある。多芸でないと務まらない。そこには天性の傾向など関係なく、必要なこと全てを単独で行える必要がある。
目の前のバーツは、むしろその適性が充分にある天才とされているようだが、それは希少な例である。
普通は各方面の専門家を束ねたほうが早いし、効率的でもあるので、単独行動は冒険者の中では少ないということになる。
ともあれ、魔王討伐が遠のくとなると、困るのは冒険者を含む一般人。
悪の首領である魔王を、結果的にであるが延命または増長させるのは、いかにもまずい。
少しやりすぎたようだ。
反省したアヤメは「バーツ殿、貴重な情報をありがとうございまする」と少しの金銭を渡すと、カイルに報告すべくその場を離れた。
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