◎第30話・生ぬるさ

◎第30話・生ぬるさ


 迷宮は全部で四層。中で夜を越す必要はまずもってない。ギルドの掲示でも書かれていたし、、受付から説明もあった。

 一日の勝負。さすがの富豪ダルトンも、野営が必要な規模の迷宮は造れなかった、と考えるべきだろう。

 ともあれ、日帰りで踏破しうるということは、冒険者にとってはペースやリソース配分の参考にもなる。要は一日に全力を注げばいいという意味なのだから。

 ……逆に考えるなら、日帰り程度の浅い迷宮で踏破者がいないのはなぜなのか、という疑問にもつながるのだが。

 とすれば、この迷宮には何か本当にとてつもないものが潜んでいる。

 充分な警戒のもとに進むべきである。

 カイルは深呼吸し、そして集中した。


 あるところでは、地面に仕掛けが施されていた。

 正面から石つぶてが飛んでくる。

「危ない!」

 カイルの声とともに、全員がこれを避ける。

「みんな大丈夫か、怪我した人間はいる?」

「大丈夫だよ。みんな避けられたみたい」

 レナスが答える。


 あるところでは、足元に鳴子の罠。

 セシリアが不注意にも鳴らしてしまう。

「しまった!」

「何かが来るぞ!」

 猛犬が駆けつけてくる。

「仕方がない、戦うよ!」

 躍りかかってくる犬たちを、カイルは先頭に立って剣で切り払う。


 しばらくして、今度は落とし穴。

 レナスが罠の気配を察知し、安全に作動させてくれたおかげで、メンバーは負傷などを免れた。

 落とし穴の中に何かが、なみなみと満たされているのを確認する。

「あの液体は?」

「きっと酸だね。この濃度だと即死はしないだろうけど、出てくるまでに負傷は避けられないと思う」

「なるほど。装備が溶けるおそれは?」

「すごくある。ただ、すぐに消え失せるということはないはず。状態が悪くなって切れ味とか硬度とかが落ちることは考えられるね」

 一瞬、カイルは女性陣の着ているものが溶けてきゃあきゃあ言う光景を思い浮かべてしまった。

 しかし現実は、仮に罠にかかっていたとしても、そうはならないだろう。体中に酸を浴びて、死には至らないとしても、きっと凄惨な光景になるだろう。スケベな状況を噛み締めている余裕は、きっとない。

 とはいえ、そのようなスケベな光景を思い浮かべていられるのは、レナスがしっかり仕事をしたからである。

「レナス、ありがとう」

「うん? ああ、こういうのも私の仕事だから、お気になさらず」

 どうやら彼女には気づかれなかったようだ。

 カイルは自分の顔を手で打って、気を引き締めた。


 しばらく迷宮攻略を進めていたカイルは、しかしあることに気がついた。

 この迷宮、本当に挑戦者たちをふるい落とす気があるのか?

 例えば石つぶての罠。まともに浴びたところで死に至るおそれは高くない。いや、ある程度熟練した人間の使う石つぶては、急所にまともに受ければ重傷は免れないが、あの罠の石つぶてはそのような威力からは程遠いものだった。

 鳴子の罠は、確かに猛犬を呼び寄せるものではあったが、「この迷宮に挑むような人間」の「集団」が果たして全滅するようなものだっただろうか。「この迷宮に挑むような人間」は動物との戦いなど慣れたものであり、ましてやそれが「集団」ともなれば、猛犬が返り討ちになる以外の結末を思い浮かべられるのか。

 酸の落とし穴は、確かに引っかかれば結構な損害にはなるだろう。しかし実際にはレナスが察知して安全に切り抜けた。

 ……最初から察知されるところまで見越した罠だった可能性は?

 レナスによると、この落とし穴の罠は、その道の人間なら容易に見抜けるものだったという。なぜそのようなものを配置したのか?

 要するに、罠はふんだんに用意されているように見えて――いや、事実としてふんだんに用意されてはいるのだが、設置の仕方または罠の内容が甘いといわざるをえない。

 そして、そのような事情にもかかわらず、踏破した者がいない。おそらくだが迷宮内で亡くなっているのだろう。

 死因はきっと罠によるものではない。もっと別の何か、この迷宮の、詰めの甘すぎる罠より何倍も致死性の高い何かなのではないか。

 罠の中に、本命の必殺を期したものがあるのだろうか?

 いや、そうする意味がない。かく乱のための罠と本命のそれを分ける余裕があるのなら、始めから致死性の高く見つかりにくいものだけ設置すればよいだろう。

 ……あまたの挑戦者の死因となったのは、こういったちょっとした罠ではなく、この迷宮に潜む、なにかとんでもないものなのか?

 カイルはそう考えると。

「みんな、ちょっと待って聞いてほしい」

 仲間たちを集めた。

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