8.お披露目

 戦闘を終えて、巨神はムーサに帰還した。

 交響楽団のイスが並んだ奥へと巨神を着陸させた悠斗は、昇降機を出して巨神から降りる。

「お疲れ様」

 と、夕梨花が声を掛ける。

「ありがとうございます」

 労いの言葉に、悠斗はお礼を言った。

「巨神、汚れちゃったね」

 木乃実は、思いっきり魔物の返り血を浴びた巨神を見上げた。

「明日にでも清掃させましょう」

「えっ?」

 ガイムの言葉に、悠斗は首を捻った。

「宮廷魔導師で掃除しますよ」

 それを見たガイムが補足する。

「でも、ここだと水はけが悪いので、城まで来て頂いたほうがいいかもしれませんね」

(水魔法でも使うのかな?)

 悠斗はボンヤリとそんな事を思った。

「あたし達も、明日も伴奏と合わせたいから、ちょうどいいかな」

 夕梨花がそれに乗っかる。

「じゃあ、明日、城に運びます」

 なので、悠斗は頷いた。

「剣の手入れもしなくちゃですね」

「そっちもエンペリに手配させましょう」

 そう言うガイムに悠斗は再び頷いた。


「以上が、今回の戦闘の結果です」

 ナルーガ魔導帝国のナルーガ城で、カザネは魔水晶越しに、マガゲスから直接、報告を受けていた。

「ギナソガザゾームとミガグワッシャでも駄目なのか」

 カザネは顎に手を置いて、思案した。

「ゴズミガヒストンでは?」

 そんな皇帝に、アイスホムは進言した。

「ふむ……」

 それでもなお、カザネは考え込んでいる。

「ミガガザゾームの使用の許可をいただけないでしょうか?」

 すると、魔水晶の中のマガゲスが意見具申した。

「なに?」

「なんだと?」

「えっ?」

「なんですと?」

 それを聞いたガルーナとジオグライス、ヤガノギにアイスホムが驚きの声を上げる。

「しかし、ミガガザゾームは……」

 部下の大胆な提案にガルーナは、戸惑いを隠しきれなかった。

 だが、カザネは口元に笑みを浮かべた。

「貴様にミガガザゾームを使役出来るのか?」

「やります」

 マガゲスは即答した。

 出来る、ではなくやると言い切ったのだ。

「よかろう」

 なので、カザネは頷いた。

「ミガガザゾームの使用を許可する」


 翌日、アメノウズメのメンバーと悠斗は、馬車で城を後にした。

 目指すは、ムーサだ。

 馬車に揺られる事しばし。

 ムーサに到着すると、既に楽団員が来ていて、楽器を調律していた。

 夕梨花はステージに上がると、指揮者と今日の楽曲について打ち合わせた。

 その間に聡子、葵、希美、木乃実はストレッチに入る。

 そして、悠斗は昇降機で巨神の胸まで上がると、コクピットに飛び乗った。

「起動」

『了解』

 左右のパネルに光が灯り、周りを囲む壁に外の様子が映し出される。

 すると、夕梨花が指揮者と別れ、他のメンバーと合流ところだった。

 簡単に打ち合わせて、アメノウズメがステージに散らばる。

 センターは夕梨花。

「<クラスメイト>か」

「♪~いつも見ていたあなただけ」

 悠斗の予想通り、夕梨花のアカペラから曲はスタートした。

「♪~いつか届けこの想い」

 そこで、指揮者が指揮棒を振って、楽団の演奏が始まる。

「♪~なにげない優しさに引かれてた」

「エナジー残」

 それを聞きながら、悠斗はレイに命じた。

 直ぐにフロートウインドウが開き、エナジーゲージが表示される。

「♪~気がつくとあなたを目で追っていた」

 ゆっくりとゲージが赤で埋まっていく。

「♪~あどけない笑顔向けてくれるのはなぜ?」

「出撃準備」

 全てが赤くなるのを待って、悠斗はレイに言った。

『了解』

 昇降機が収納され、ムーサの天井が開く。

『じゃあ、行ってきます』

 悠斗の声に、アメノウズメのメンバーは歌いながら手を振った。

 そして、巨神はスラスターから光の翼を放つと、宙へと舞い上がった。

 そのまま、巨神はグラシオム城へと向かう。

 既に馬車で走り慣れた道なので、地図は開かなかった。

 城まで来た悠斗は、巨神を騎士団の訓練所に着地させた。

 そこには、ガイムを始めとする宮廷魔導師達と、ズゼネガ達鍛冶職人が待機していた。

 昨日の会議で打ち合わせて合ったのだ。

 取り敢えず悠斗は、巨神の剣を抜くと地面に置かれた砥石の横に置いた。

 ズゼネガは剣の周りを歩き、慎重に見定める。

「かなりこぼれてるな」

(ですよね)

 なにしろ鋼の鎧を切り裂いたのだ。

 ダメージは相当のものだろう。

「じゃあ、研ぐか」

 そう言って、ズゼネガは呪文を詠唱した。

 魔法陣をまとった剣が、フワッと宙に浮く。

「それではこちらも始めましょうか」

 ガイムの声に宮廷魔導師が、ぐるりと巨神を取り囲む。

 それから、呪文の詠唱を始めた。

 顔の前に水色の魔法陣が描かれる。

 そして、魔法陣から水柱が巨神めがけて放たれた。

 水の圧は高く、表面に付いた魔物の血が見る見るうちに流されていく。

(なんか、洗車機みたいだなぁ)

 そんな事を思いながら、悠斗は背中をシートに預けた。

「♪~いつも見ているあなただけ」

 フロートウインドウを開き、ムーサの様子を映す。

 昨日は戦闘に集中していて、歌を聴いてる余裕が無かったので、今日はじっくりと聞く事が出来る。

「そう言えば、昨日は損した部分の修復がまだだったな」

 フッと思い出し、エナジーゲージを確認する。

 ゲージは赤が全て埋まり、黄色が埋まり始めていた。

「洗浄が終わったら、直すか」

 そんな事を考えていた時、

「大変です!」

 衛兵が訓練所に駆け込んできた。

「何事ですか?」

 魔法を止めて、ガイムが聞く。

「町の住人が、巨神が城に来ているという噂を聞きつけて、城の周りに群がってます!」

 ガイムとズゼネガは顔を見合わせた。

 ムーサは元々、巨神像と共に王都の観光名所だった。

 それが巨神が目覚めて以降、一般人の立ち入りは禁止され、町の住人は巨神が出撃する時と帰還する時ぐらいしか姿が拝めない。

 それが今、城の中に立っているのだ。

 城壁は四メートルほどの高さしか無く、十メートルぐらいある巨神の上半身が外から丸見えになっている。

 その姿を一目見ようと、人が押し寄せているのだ。

 言われてみて悠斗が横を向くと、城壁と堀越しに大勢の人が集まっているのが見えた。

「どうしましょうか……」

 ガイムが思案していると、そこへアネマスが侍女を連れてやって来た。

 ガイムの他、宮廷魔導師達やズゼネガ、職人達が作業を止めて頭を垂れる。

「よい」

 それを手で制してから、アネマスは巨神に乗る悠斗に話し掛けた。

「朝霧殿、巨神を集まった民に披露してはもらえぬか?」

「俺は別に構いませんが……」

 だが、懸念もある。

『今、出て行ったら騒乱パニックになりませんか?』

「衛兵を増やして対応するから、大丈夫だ」

 アネマスの言葉に悠斗は頷いた。

『なら、清掃と剣の手入れが終わったら』

かたじけない」

 巨神の清掃は直ぐに終わったが、剣の手入れは時間が掛かった。

 その間にも噂を聞きつけた人達が続々集まってきて、衛兵が総出で警護に回ることになった。

 アネマスは、侍女が用意した折りたたみ式のイスに座り、待っていた。

「よっしや!」

 ようやく剣先を研ぎ終わり、ズゼネガは威勢の良い声を上げた。

「お待たせしました、国王陛下」

 それから、おもむろに頭を下げる。

「うむ」

 威厳を持って頷くと、アネマスは席を立った。

 悠斗は、巨神に剣を取らせると鞘にしまった。

 本当は仕上がりを見たいところだったが、今は時間が無い。

 巨神の右手を開いて、地面に付ける。

『お乗りください、国王陛下』

 悠斗の言葉に、アネマスは手の平の上に乗る。

 それを確認してから、悠斗は巨神を飛び立たせた。

 そのまま、城門へと向かう。

「巨神が飛んできたぞ!」

「国王陛下も一緒だ!」

 それを見た人達が、一斉に声を上げる。

 悠斗は衛兵の誘導で、城門に作られたスペースに巨神を着陸させた。

「国民の諸君」

 手の平の上に乗ったまま、アネマスは演説を始めた。

「これが蘇った伝説の巨神である」

 おーっ! と歓声が上がった。

「異世界より来た歌姫殿とともに我が国を救う救世主だ」

 おーっ! とまたも歓声が上がる。

「我が国は今、帝国との激しい戦争の中にある」

 アネマスは、来ている全ての人に向けて発した。

「禁忌を破り、魔物を使役する帝国に残念ながら我が国は劣勢だった」

(そんな事、言っちゃっていいのかなぁ?)

 コクピットで悠斗は冷や汗笑いをした。

「しかし、巨神が蘇った今、帝国に対抗しうる戦力を得た」

 アネマスの声に力が入る。

「既にギズミ攻略戦では、巨神の力で三度、勝利している」

 おーっ、と今度はどよめきが起こった。

「この力があれば、帝国に奪われた土地や人々も、必ずや取り返せるだろう」

「国王陛下万歳!」

「グラシオム王国万歳!」

「巨神万歳!」

「歌姫様万歳!」

 人々から声が上がる。

 それはうねりとなって、王都全体に響き渡るかのような勢いだった。

(凄い盛り上がりだなぁ)

 悠斗は、当事者であるにも関わらず、他人事のように思った。

 演説が終わり、悠斗はアネマスを地面に下ろした。

 直ぐに控えていた騎士団が、周りを取り囲む。

『じゃあ、俺はムーサに戻ります』

 それを確認してから、悠斗は言った。

「ふむ」

 アネマスは巨神を見上げると頷いた。

 スラスターを吹かして、巨神は空へと飛び立つ。

 おおっ! と集まっていた人達が響めいた。

 ムーサに帰還すると、ちょうどアメノウズメのメンバーと楽団員は休憩に入っていた。

「もう、そんな時間か」

 腕時計を見ると十二時を回っている。

 昇降機が浮上するのを待って、悠斗はコクピットから出た。

「お疲れ様」

 ステージに降りると、夕梨花が労いの言葉を掛けた。

「演説、凄かったね」

 それを聞いた悠斗は一瞬、えっ? と思ったが、直ぐに巨神とムーサが繋がっている事に気付く。

「みんな、巨神に期待しているんですね」

「歌姫様万歳、っていてたよ」

 聡子と希美が照れくさそうに笑う。

 ファンの盛り上がりに慣れているアメノウズメのメンバーでも、あの大歓声はこそばゆいようだった。

「綺麗になったね」

 巨神を見上げながら木乃実が言った。

「うん」

 それに頷いてから、悠斗は夕梨花に聞いた。

「俺も昼飯、食べたいんだけど、まだあります?」

「待ってて、今持ってくる」

 夕梨花はステージ脇にあるテーブルまで走ると革袋を持って戻ってきた。

「はい」

「ありがとうございます」

 悠斗はお礼を言って革袋を受け取った。

 中には、パンと干し肉、それに水が入った獣の革袋が入っていた。

 現世の中世のヨーロッパでは、水は不衛生であまり飲まれなかった。

 しかし、では水道が完備されていて、いつでも清潔な水を飲む事が出来た。

 ちなみに下水道も完備されているので、トイレも水洗式だった。

「練習はどうですか?」

 ステージの中央で輪なりになって座り、食事をしていたアメノウズメのメンバーに加わった悠斗は、パンをかじりながら聞いた。

「順調よ」

 干し肉を噛み切ってから、夕梨花は答えた。

「やっぱり、伴奏が入ると違いますね」

 聡子が噛み締めるように言った。

「なんか、大袈裟すぎてむずかゆいけど」

「そう?」

 肩をすくめた希美に、葵が首を傾げる。

「でも、やっぱり伴奏があった方が元気が出るよ」

 木乃実が天真爛漫に笑う。

「午後はどうするんですか?」

「もう少し合わせるつもり」

 悠斗の問いに、夕梨花は返事をした。

「なら、良かった」

 その言葉に、悠斗はホッとした。

「なにあるの?」

 そんな悠斗の態度を夕梨花は疑問に思った。

「巨神の修理をしたいんです」

 悠斗は巨神の腹部を見ながら言った。

「この前の戦闘でダメージを受けたんで」

「そうなんだ」

 夕梨花は驚きで目を見開いた。

「平気そうだったけど、ダメージを受けてたんだね」

「まぁ、多少ですけど」

「でも……」

 すると、夕梨花は唇に指を当てて、不思議そうな顔をした。

「修理って、どうやるの?」

 それで、悠斗は、あっ、と思った。

「自己修復機のがあるんです……巨神やムーサが新品になった要領で」

 本当は、機体を司るナノマシンが分裂増殖して破損箇所を補うのだが、そこまで詳しく説明してもわからないだろうと思い、悠斗は口には出さなかった。

「その時に、歌の力を使うんです」

「なるほどねぇ……」

 夕梨花はなんとか話を理解したが、他のメンバーはポカンとしていた。

「とにかく、歌えばいいんですよね?」

「そうだね」

 聡子の言葉に悠斗は頷いた。

 そうしてるうちに食事が終わり、悠斗は昇降機に乗って巨神のコクピットに戻った。

 楽団員もそれぞれの席に座り、アメノウズメのメンバーはステージ中央に立った。

 センターは木乃実。

 <宿命>だ。

「♪~今はまだなにも見えないけど」

 重低音のイントロから、幼いソプラノが伴奏に重なる。

「♪~叶うと信じて前を向いて走ろう」

 フロートウインドウを開いて、エナジー残を確認してから、悠斗はレイに命じた。

「破損箇所の修復」

『了解』

 別にフロートウインドウが二枚開いて、破損した腹部と脚部を映し出す。

 そこに光の粒が集まり、修復が始まった。

 アメノウズメのメンバーや楽団員が後ろを気にする。

 エンジーゲージは、残を保ったままだった。

 巨神を稼働させていないからだ。

 アメノウズメの歌で生み出されるエナジーと修復の為に消費するエナジー――需要と供給が一致ししているのだ。

「これなら、戦闘中にどこかに待避出来れば、ダメージを回復できるかな?」

 悠斗はそれを、まるでARPGみたいだと思った。

 とは言え、この巨体である。

 実際には戦闘中にどこかに隠れるのは難しいだろう。

『修復完了』

 そうしてるうちに修復が終わった。

 時間して、五分も経っていない。

「♪~この宿命に終止符を打とう」

 ちょうど曲も終わったところだった。

 悠斗は、巨神を待機状態にすると、コクピットから昇降機に乗り移った。

 そのまま、ステージへと降りる。

「お兄ちゃん!」

 そこへ木乃実が駆け寄ってくる。

「なんか、光ってたよ!」

 そして、好奇心旺盛な目で巨神を見た。

「今のが修理ですか?」

 続いて駆け寄ってきた聡子が聞いた。

「うん」

「へぇー」

 頷いた悠斗に、聡子も物珍しそうに巨神を見上げる。

「終わったの?」

 遅れて近づいてきた夕梨花が、声を掛ける。

「はい……直ぐでした」

「みたいね」

 夕梨花は巨神の腹部と脚部を交互に見た。

「この後はどうするの?」

 夕梨花の問いに、悠斗は少し考えてから答えた。

「特に予定も無いから、レッスン、見学しててもいいですか?」

「もちろん」

 その申し出に、夕梨花は笑顔で快諾した。


 その日の夜。

 悠斗は夜中に覚ました。

 トイレに行きたくなったのだ。

 ベッドを降りて部屋を出る。

 部屋にはトイレは設置されていないので、共用トイレを使っていた。

 トイレは王宮らしく、清掃の行き届いていて清潔だった。

 用を足して部屋に戻る途中、悠斗は足を止めた。

 廊下の小さな壁龕、城壁に穿たれた窓に少女がポツンと座っていたからだ。

「ノゾ?」

 膝を抱え俯いている少女は、トレードマークのツインテールを下ろし、王宮から支給されたロングワンピースのネグリジェを着た希美だった。

(こんな夜中に……?)

 気になった悠斗は希美に近づいた。

 すると、すすり泣くような声が聞こえた。

「パパ……ママ……お兄ちゃん……」

(……ホームシック?)

 その様子に、悠斗は思った。

 いつもは強気な希美だが、まだ十四歳、中学三年生だ。

 こんなに長く家族と離ればなれになっては、家が恋しくなるのも仕方ない。

「ノゾ」

 間近まで来た悠斗は、ソッと声を掛けた。

 ビクッと、希美の肩が揺れる。

「ユート……」

 目を手の甲で擦りながら、希美は悠斗を見た。

「こんな時間どうしたの?」

「ちょっとトイレ」

 悠斗は希美の反対側の壁龕に座って応えた。

「ノゾこそ、どうしたの?」

 聞いてから、悠斗はしまった! と思った。

 状況は察している。

 それなのに、聞くのは無神経だと悠斗は思った。

「なんでもない!」

 案の定、希美はいつもの強気な態度で語尾を強める。

「ちょっと眠れなかったから、夜空を見てただけ」

 だが、目は赤く充血し、目の周りは腫れていた。

「そっか……」

 なので、悠斗はそれ以上なにも言わなかった。

 二人の間に、気まずい空気が流れる。

「ユートは、さ」

 すると、不意に希美が口を開いた。

「家族の事、心配じゃないの?」

「どうだろう……?」

 その問いに悠斗は曖昧に答えた。

「正直に言うと」

 ここは気に利いた言葉で掛けてあげられればいいのだが、アメノウズメのファンになるまではガチのオタクで、他人とのコミュニケーションが取れてなかった悠斗には、そんな器用なマネはできなかった。

「こっちの生活をこなすのが精一杯で、そこまで考えが回らなかった」

 なので、本当の事を言うしか無かった。

「けど、きっと心配してるんだろうな」

 それでも、きっと希美も聞いて欲しいんだろう、という事はわかった。

「ノゾは?」

「あたしは、心配かな」

 希美は目を伏せた。

「突然、いなくなっちゃたし」

 長い睫が揺れる。

「絶対、心配してると思う」

 そこは悠斗と意見が一致した。

「会いたい?」

「それは……!」

 遠慮がちに聞いた悠斗に、希美はいつもの強気な態度で反論しようとした。

 しかし、そこから先が続かない。

 そして、少し間を空いてから、

「会いたい……」

 と、呟いた。

 その顔があまりに寂しそうなので、悠斗は思わず頭を撫でた。

(あっ!)

 だが、直ぐに自分の大胆な行動に気付き、手を引っ込めようとする。

 けれども、希美は抵抗せずに、されるがままになっていた。

「ユートの手、暖かいね……」

 まるで猫のように、目を閉じ手の感触に身を任せている。

「そうか?」

 言いながら、悠斗はなでなでを続けた。

 しばらく撫で続けてから、悠斗はソッと手を離した。

 すると、希美はグッと伸びをした。

「眠くなってきたから、部屋、戻るね」

 悠斗は、黙って頷いた。

「それと」

 壁龕から元気よく飛び降りた希美は悠斗を指さした。

「今日の事は誰にも言わないでよね!」

「わかってるよ」

 わざわざ釘を刺さなくてもそれぐらいの空気は読める。

「じゃあ、おやすみなさい」

 手を振った希美は、自分の部屋へと駆けていった。

 それを見送ってから悠斗も自分の部屋へと戻った。

「父さんと母さんか……」

 ベッドに潜り込んだ悠斗は改めて考えた。

 悠斗の両親は共働きで、父は技術者、母はOLだった。

 なので、帰りが遅くなる事もしばしで、悠斗は幼い事から一人でいる事に慣れていた。

 だから、なのだろう。

 今のところ、直ぐに両親に会いたいという気持ちは無かった。

「でも、ユリさん達は……」

 どうなんだろう? と悠斗は考えた。

「きっと、会いたいよなぁ」

 みんな、として活動しているので普段はあまり気にしてなかったが、まだ十代の女の子なのだ。

「早く戦争が終わるといいな」

 そうすれば、アネマスの言葉を信じるなら、現世に戻れる。

 そんな事を思いながら、悠斗は眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る