4.ムーサ

 そして、翌日。

 アメノウズメのメンバーと悠斗は、馬車に乗って遺跡までやって来た。

「あれ?」

 遺跡に入ると、直ぐに異変に気が付いた。

 昨日まで遺跡の中を照らしていた天井の照明が落ちていたのだ。

「おおっ、来たか」

 先に馬で遺跡に来ていたエンペリが状況を説明する。

「徹夜で張り付いていた王宮技師の話だと、昨夜、突然、遺跡の灯りが消えたそうだ」

(遺跡内のエナジーが切れたんだ)

 悠斗は直ぐにピンと来た。

 元々、遺跡内の電力はどこから供給されてるんだろうか? と疑問だったのだ。

「歌ってもらえますか?」

 悠斗の問いに夕梨花は頷いた。

 早速、ヘッドセットマイクを頭に付けて、歌い始める。

「♪~きっかけはなんだっていい」

 アメノウズメの歌声が遺跡内に響く。

 すると、天井の照明が灯り、中が明るくなった。

(やっぱり、遺跡の稼働にも歌の力が必要なのか……)

 厄介だ、と悠斗は思った。

「しばらく、歌っててもらえますか?」

 それにも頷いて、アメノウズメは歌い続ける。

「♪~それを信じられるなら」

「どこかに部屋はありませんか?」

 悠斗はエンペリに聞いた。

 歌を力にして動く設備なら、制御室があるはずだと考えたからだ。

「こっちにあるぞ」

 エンペリは機微を返して歩き出した。

 悠斗もそれに付いていく。

 その部屋は遺跡のの奥あった。

 部屋のは窓は無く、パネルらしきものとイスが置いてあるだけだった。

 試しに、悠斗はパネルに触れてみた。

 と、フロートウインドウが開き、無機質な声が聞こえてきた。

『ムーサ音楽堂コンサートホールへ、ようこそ』

 また思考操作かと思い、悠斗は心の中で念じた。

(君の名前は?)

『ムーサです』

「ここは、どんな部屋なんだ?」

『中央制御室です』

 悠斗の問いにムーサは答えた。

「凄い!」

 その様子にエンペリは唸った。

「あたしたちが調べたときはなんの反応も示さなかったのに」

「ここも巨神と同じで異世界人じゃないと操作できないみたいです」

「なるほど……」

 エンペリは、腕を組んだ。

「巨神もだが……遺跡がなにを言っているのかもわからないしな」

「えっ?」

 その言葉に悠斗は首を傾げた。

「遺跡は、俺と同じ言葉をしゃべってますが?」

「いや……君達の言葉はわかるんだが、巨神や遺跡の言葉はわからん」

「そうなんですか!?」

 悠斗は驚いた。

 確かに、言葉が通じる魔法を掛けられたのは、自分とアメノウズメのメンバーだけだ。

 だからなのかも知れない。

「今のエナジーを表示してくれないか?」

『了解』

 気を取り直して悠斗が命じると、直ぐにフロートウインドウが開かれ、エナジー残が円グラフで表示される。

 エナジーは徐々に溜まっていき、今はちょうど赤から黄色に変わるところだった。

「ここでは他になにが出来る?」

『音響管理、照明管理、空調管理、発進ハッチの開閉等が出来ます』

 それを聞いて、悠斗はあれ? っと思った。

「操作にオペレーターは必要か?」

『基本は私が自動操作します』

「だよなぁ」

 一昨日、出撃の際、自動でハッチが開いた事に悠斗は納得した。

 もしかしたら、レイとムーサはネットワークで繋がっているのかも知れない。

「ここはAIに任せて大丈夫みたいです」

「……AI?」

 悠斗の言葉にエンペリはわからないような顔をした。

 あっ、と付け替える。

「ここの制御主みたいなものです」

 それでもエンペリはわからないような顔をした。

 だが、直ぐにそういうもなのだろうと切り替えると

「なら、今度は巨神だな」

 そう言って中央官制室を出た。

 ステージまで降りて、はしごを登って巨神のコクピットに着く。

「起動」

『了解』

 悠斗の声に両サイドのパネルが光り、ディスプレイに灯が灯る。

「エナジー残」

 フロートウインドウが開かれ、エナジーゲージが表示される。

 円グラフは、ちょうど赤が埋まるぐらいだった。

「♪~夢に向かって走ってく」

 アメノウズメの歌はまだ続いている。

 曲は聡子がセンターを務める<NEW WORLD>だ。

遺跡ムーサと巨神の両方を維持しなきゃいけないんだから、こんなものか?)

 悠斗は思案した。

「どう?」

 すると不意に横から声をかけられた。

 振り向くと直ぐそばに夕梨花の顔が合った。

 歌を抜けて、ここまで登ってきたのだ。

「!?」

 その距離の近さに思わずドキッとした悠斗だったが、夕梨花は気にした様子も無く物珍しそうにコクピット全体を見回した。

「これが、エナジーゲージ?」

 それから開かれたフロートウインドウを指さす。

「そ、そうです」

 覗き込むように顔を寄せてきた夕梨花にドキドキしながらも、悠斗はなんとか応じることが出来た。

「でも、これ、テンションって書いてあるけど?」

「えっ?」

 言われて初めて気が付いた。

「本当だ」

 確かにエナジーゲージの下にはカタカナで、テンションと表示されている。

(テンション……?)

 悠斗は考え込んだ。

(歌うとエナジーゲージが上がるから、てっきり歌の力だと思ってたけど……)

 さらに思考を深めようとした時、

「エンペリはいるか?」

 アメノウズメの歌をかき消すぐらいの大声がムーサに響き渡った。

 声のする方を見ると、五十歳ぐらいの職人ぽい男性が、数人の男性を引き連れてステージに上がってきた。

「親父」

 父――ズゼネガ・ズオースを見たエンペリは、笑顔で答えた。

「来たか」

(昨日、話してた鍛冶職人か)

 それを見た夕梨花は、はしごを降りて歌を止めたメンバーと合流する。

「あんた達かい?」

 ズゼネガは、人なつっこそうな笑顔を浮かべると、アメノウズメのメンバーを見た。

「異世界から来た歌姫様っていうのは?」

「そうです」

 ここはリーダーの夕梨花が、代表して答える。

「こりゃまた、べっぴん揃いだな」

 ニマニマするズゼネガを、エンペリが肘で小突く。

「こら、歌姫様をそんな目で見るんじゃないよ」

「へへへ、こりゃ済まねぇ」

 それでも、ズゼネガは悪びれた様子もなく豪快に笑った。

「それで、巨神の担い手っていうのは?」

 キョロキョロと周りを見回す父に、エンペリは天を指さした。

「そこだ」

 言われて悠斗は、シートから腰を浮かせると、巨神のコクピット脇から顔を出した。

「おおっ! そんなところにいたのか」

「今日は、よろしくお願いします」

 驚く素振りを見せてたズゼネガに、悠斗はペコリと頭を下げた。

「しかし、本当に動き出すとはねぇ」

 それに手で応えながら、ズゼネガはしみじみと言った。

「じゃあ、早速、取りかかるか」

 それから、連れてきた職人から、束ねたロープを受け取った。

 ロープには目盛りが書かれており、それで採寸するのだ。

 その様子を見て悠斗は、あっ、となった。

「ポーズは、このままでいいですか?」

「出来れば、立ってる方がやりやすいかな」

「じゃあ、立たせますね」

 それを聞いた宮廷技師が慌ててはしごを外す。

 そして、悠斗は巨神を立たせると、直立不動の姿勢を取った

 ズゼネガは束ねたロープを巨神の足の辺りにおくと、口元で呪文を詠唱した。

 ロープの先に小さな空色の魔法陣が展開される。

 そのままスルスルとロープの先は宙に浮かび上がり、巨神の手の辺りへと伸びた。

(まるで蛇使いみたいだな)

 伸びていくロープを見ながら悠斗はそんな事を思った。

 巨神の手でロープを止めたズゼネガは、残ったロープを見て採寸していく。

 読み上げる数値を職人が紙にメモしていった。

 そんな様子を悠斗はコクピットで、興味深く見ていた。

「朝霧君」

 すると、下から夕梨花が声を掛けた。

「エナジーはまだ大丈夫?」

「はい」

 今、歌無しで巨神を動かしたのでだいぶ減ったが、機能障害に陥るほどではない。

「なら、ちょっと休憩していい?」

「いいですよ」

 夕梨花のお願いに、悠斗は頷いた。

 アメノウズメはその場で輪なりになって、体育座りした。

「歌い続けるのって、結構キツいわね」

 夕梨花の言葉に希美が頷いた。

「ライブでも途中でMC入れて休憩したりするもんね」

「このみはまだまだ歌えるよ!」

 昨日も長時間の歌唱を続けた木乃実だったが、元気一杯だった。

「飲み物が欲しいですね」

 喉を撫でながら、聡子が言った。

「……」

 葵は無言だったが、やはり少し疲れている様子だった。

(今の状態で歌を歌い続けてもらって武器を生成するのは現実的じゃないか……)

 そんな様子をコクピットで見ていた悠斗は、そんな事を思った。

「ところで朝霧君」

 と、夕梨花が不意に声をかけた。

「エナジーの溜まり方はどう?」

 悠斗は一瞬、答えに詰まった。

「少しマシになった程度ですね」

 だが、直ぐに観念すると本当の事を言った。

「やっぱり、あたし達だけじゃ足りないんだ」

 いつも強気な希美が、シュンとなった。

「そういう問題じゃない気がする……」

 夕梨花はなにかを考えるように俯いた。

「足りないなら、もっと練習してプラスにすればいいよ!」

 そんな暗い空気を吹き飛ばすように、木乃実が明るく声を大にした。

「そうですね」

 聡子が、うん、と頷く。

 葵も、口元に微かな笑みを浮かべて頷いた。

「そうね」

 そして、リーダーらしく夕梨花が啖呵を切った。

「今までもそうして乗り越えてきたんだから、きっと今回も乗り越えられるわ」

「だといいんだけど」

 肩をすくめた希美だったが、その顔には覇気が戻っていた。

「よし、終わったぞ」

 そうしてるうちに、剣の採寸が終わった事をズゼネガが告げた。

「これ、鞘はどうするよ?」

 そして、巨神の中の悠斗に話しかける。

「ちょっと待ってください」

 そこまで考えてなかった悠斗は、少し焦った。

(武器があるなら……)

 そう考えて、レイに聞いた。

「武器携帯ラックはあるか?」

『あります』

 フロートウインドウが開かれ、巨神の三面図が映し出される。

 腕や腰、脚部が点滅していた。

 だが、図で見る限り、ジョイント式で武器の方にもコネクターがないと取り付けられそうになかった。

「どうするか……」

 悠斗が思案してると、ズゼネガが大声で言った。

「ベルトで固定するかい?」

(その手があるか)

 機械の塊である巨神が、人のようにベルトを付けている姿を想像してちょっと滑稽だとは思ったが、今は他に方法が無さそうだ。

「それで、お願いします」

「おっしゃ!」

 悠斗の声に掛け声で応えて、ズゼネガは再びロープ型のメジャーに魔法を掛けた。

 同じように職人の一人がメジャーの真ん中辺りに魔法を掛ける。

 それでメジャー全体が宙を浮き、巨神の腰の辺りまで持ち上がった。

 そのままメジャーは腰の周りを一周する。

 ズゼネガは目盛りを読んで、職人がメモを取った。

 アメノウズメのメンバーは休憩しながら、そんな様子を眺めていた。

 採寸はものの数分で終わった。

「じゃあ、行くわ」

 最後にエンペリに声かけて、ズゼネガはムーサを後にした。

「じゃあ、そろそろ……」

 頃合いを見て夕梨花が立ち上がった。

 それを見て他のメンバーも立ち上がる。

「なにか、リクエストある?」

 夕梨花はコクピットの悠斗に聞いた。

「えーっと」

 不意に話を振られて、悠斗は泡を食った。

「じゃあ……<NEW WORLD>で」

 それから控えめに応える。

「もしかして、朝霧さんって、さとみん推し?」

 希美は意地悪そうな笑みを浮かべた。

 コクピットの悠斗は照れながらも、コクッと頷くと、その視線を読み取った巨神も頷く。

「じゃあ、そうしましょう」

 夕梨花は視線で聡子に合図して、聡子もそれに頷いた。

「♪~きっかけはなんだっていい」

 アメノウズメのハーモニーが、ムーサ全体に響く。

 さっき歌無しで稼働したために減ったエナジーがゆっくり回復していった。

 ある程度、エナジーが溜まったところで、悠斗は巨神を片膝立ちさせた。

 それを見た宮廷技師がはしごを掛けてくれた。

 しかし、悠斗はコクピットから出ようとはせず、エナジーゲージと睨めっこしていた。

「仮に、このまま歌い続けてもらって、武器を作れたとしても……」

 悠斗はフロートウインドウを開き、外装武器を表示させた。

 そこには作成可能なエナジーの他に、作成時間や使用エナジーも表示されていた。

「戦闘中にエナジーをキープできるかな……?」

 威力の弱いフォトン・マシンガンでも、長く使い続けるのは困難だった。

 なので、使用エナジーの高い武器は、一発撃っただけでエナジー切れを起こしてしまう可能性がある。

 だとすれば、やはり歌の力を強くする方法を考えなくてはならない。

(あれ……?)

 そこまで考えて悠斗は、なにか大事な事を見落としているような気がした。

(なんだろう……?)

 だが、思いつかない。

 そしているうちに、エナジーゲージは赤から黄色へと変わった。

「♪~その先に待っている」

 歌声に耳を傾けながら、悠斗は外装武器が表示されているフロートウインドウをフリックして、必要エナジーをチェックした。

 そのまま、間に休憩を挟みながら、アメノウズメは歌い続けて、結局ゲージは緑が埋まるまで溜まった。

 しかし、これでもまだ作れる武器は無い。

(この上は何色になるんだろう?)

 そんな事を考えつつ、今日の調査は終了となった。

 ムーサを出て、城に戻ったアメノウズメと悠斗は、そのまま会議室へと足を運んだ。

 会議室には、昨日と同じメンバーが集まっていた。

 まず最初に、悠斗が報告を始めた。

「遺跡を調査した結果、遺跡の名前がムーサであることがわかりました」

 トップバッターという事で、やや緊張気味だった。

「遺跡……ムーサは、巨神と同じく歌の力で動くようです」

 それでも、こちらの世界の人にも伝わるように、出来るだけ噛み砕いて説明した。

「操作も、巨神と同じで異世界人じゃないと出来ないみたいです」

 アネマスやガイム、エンペリにグイルソンは、それを黙って聞いていた。

「それから、ヘッドセットマイクを使ってみましたが、さほど効果はありませんでした」

 その言葉に、アメノウズメのメンバー全員がシュン、となった。

「ただ、伴奏があれば、もしかしたら溜まる量が上がるかも知れません」

 それを予想していた悠斗は、ちゃんとフォローも用意していた。

「楽譜はどうなっているのかね?」

「今、葵がやっています」

 アネマスの問いに、気を取り直した夕梨花が答えた。

 悠斗の報告が終わり、次はエンペリの番になった。

「今日、父が剣の採寸にきました」

 普段は敬語を使わないエンペリだが、国王の前では別だった。

「早速、明日にでも取りかかると言っていました」

(中世の剣は鍛造のはずだよな)

 悠斗の頭に素朴な疑問が浮かんだ。

(どうやって、あんな巨大な剣を打つだろう?)

 気になった悠斗はエンペリに聞いてみた。

「その作業、見学させてもらうわけにはいきませんか?」

「構わんぞ」

 頷いてから、エンペリはアネマスを見た。

「構いませんね?」

「うむ」

 アネマスは頷いた。

「他になにかあるかね?」

「はい」

 周りを見渡したアネマスに、夕梨花が手を上げた。

「部屋を一つ、貸して頂きたいのですが」

「構わぬが、なにに使うのかね?」

「歌と踊りのレッスンをしたいんです」

「わかった」

 夕梨花の申し出をアネマスは快諾した。

「明日までに用意させよう」

 そして、もう一度、周りを見渡した。

「他には?」

 誰も発言しなかった。

「では、今日はこれで解散とする」

 アネマスの宣言で、会議は終了した。


 会議が終わると、既に夕食の時間だった。

 食堂で食事を済ませた悠斗は、部屋へと帰った。

 そして、机に向かう。

 今日の調査でわかった事をメモする為だ。

 羽根ペンで紙に日本語で書いていく。

 言葉がわかる魔法は掛けられたが、文字に関しては読めないままだった。

 本当なら、スマホにメモりたいところだったが、ポケットに入れてあったスマホは既に充電切れだった。

(まぁ、時間がわかるだけありがたいか)

 腕に巻いた時計は、ソーラ充電式なのでしばらくは大丈夫だろうと思っていた。

 ちなみに、城では日時計と砂時計を併用して時間を計っていた。

 時間の間隔は自分達の世界とほぼ一致していた。

 一日は二十四時間で、一週間は七日だった。

 ただし、月という概念は無く、一年は五十二週なのだそうだ。

 閏年も存在するらしい。

「やっぱりなにか見落としている気がする……」

 メモを取りながら悠斗は一人ごちった。

 遺跡でも感じた違和感が頭から離れない。

 だが、その正体が思いつかない。

「なにを見落としているだ、俺は……」

 その事を気持ち悪く思いながらも、悠斗はメモを書き進めた。

 すると、トントン、と扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

「失礼します」

 悠斗が応えると、扉が開きゲルヌが入ってきた。

「入浴はどうなさいますか?」

 ゲルヌの問いに、悠斗は羽根ペンを台に置いた。

「入ります」

「では、お着替えを用意しますね」

 そう断って、ゲルヌは一端、部屋を出た。

 待つ事、ほんの少し。

 ゲルヌは、籠に着替えを入れて戻ってきた。

「では、参りましょう」

 籠を掛けたままのゲルヌと共に、悠斗は部屋を出た。

 既に昨日一昨日と入っているので、風呂の場所はわかっていたが、案内するのが侍女の勤めだと理解していたので、黙って付いていった。

 城にはいくつか風呂があるが、案内されたのは来賓用の風呂だった。

 風呂は全て天然温泉で、二十四時間いつでも入浴する事が出来る。

「それでは、わたしはここでお待ちしています」

 到着して、ゲルヌは籠を悠斗に渡した。

 風呂は男女別々に分かれているが、湯船は一緒で、それを板で仕切っていた。

 当然、脱衣場も別々で、悠斗は男湯の入り口を潜った。

 脱衣所の中は、誰もいなかった。

 この国に習慣では、朝に風呂に入るのが一般的だったからだ。

(確か、欧米だとそうなんだよなぁ……)

 そんな事を考えながら、服を脱いで脱衣籠に放り込む。

 後で担当の侍女が回収して洗濯してくれるのだ。

 そして、籠には用意されていたタオルを持って、風呂場に入る。

 洗い場に用意された石鹸で、頭と身体を洗う。

 終わると備え付けのシャワーで泡を流れ落とす。

 シャワーは、源泉を城の天辺まで魔法で上げて落とす事で水圧を得ていた。

 身体も綺麗になり、悠斗は湯船に浸かった。

「ふーっ……」

 お湯の心地よさに思わず、息を吐く。

「静かだな……」

 広い風呂に一人で浸かって、そんな事を呟く。

 ここが異世界だなんて信じられないぐらい、穏やかな気分にさせられる。

 すると、隣の女風呂の方から、扉を開ける音がする。

「今日も、貸し切りだぁ」

 それから、木乃実が嬉しそうな声も聞こえてきた。

(ゲッ……)

 昨日、一昨日と鉢合わせなかった悠斗は、焦った。

「だから、湯船に入る前に、まず身体ね」

 窘めるような夕梨花の声も聞こえる。

(もしかして、メンバー全員で来たのか?)

 悠斗はますます焦った。

「さーとみん」

「ひやっ!?」

 と、今度は希美の悪戯っぽい声と、聡子の悲鳴が聞こえた。

「ノゾちゃん……駄目っ……!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

 聡子は抵抗してるようだが、希美はやめようとしない。

(一体、なにが起こってるんだ?)

 悠斗の心拍数が跳ね上がった。

 声から想像するに、希美は聡子の……、

「ノゾって、さとみんと一緒にお風呂入ると、いつも胸、触ってるよねぇ」

 それを裏付けるように木乃実がなぜか楽しそうな声を出す。

(マジか!?)

 悠斗はいけないと思いながらも、その場面シーンを想像してしまった。

 九十センチ、Fカップの聡子の胸を 七十八センチ、Bカップの希美が弄ぶ。

 それを八十四センチ、Cカップの夕梨花と、七十五センチ、Aカップの木乃実が見ている。

 七十九センチ、Bカップの葵は、一人関心無さそうに身体を洗っている。

「いやいやいや」

 妄想を振り払うように、悠斗は首を左右にブンブンと振った。

 アメノウズメのメンバーは、もう憧れの存在では無い。

 日常的に過ごす、身近な人たちなのだ。

 邪な想像をしては、後が気まずくなる。

 マズイ、と思った悠斗は、慌てて、それでも隣に気配を感じさせないように風呂を出た。

 タオルで身体を拭いて、用意されたパジャマに着替える。

「お早いですね」

 脱衣所を出ると、ゲルヌが言った。

 ここ二日は、もっと入浴時間が長かったからだ。

「まぁ……ね」

 悠斗は誤魔化し笑いするしか無かった。

 本当の事は言えない。

「先ほど、歌姫様もお入りになりましたが?」

 すると、ゲルヌが意味深に微笑む。

「そうだったんですか?」

 悠斗の目が泳いだ。

(あれ?)

 その先に、侍女の集団を見つけて、悠斗は首を傾げた。

 それはアメノウズメに付いている侍女達だった。

(もしかして……)

 悠斗の背中に冷たいものが走った。

 予想が正しければ、アメノウズメのメンバーは悠斗付きのゲルヌを見ていた事になる。

(俺が入ってるの知ってた?)

 途端、頬が熱くなった。

「どうかされましたか?」

 その様子にゲルヌが聞く。

「いや……なんでもない」

「では、お部屋に戻りましょう」

 明らかに照れている悠斗に、ゲルヌは口元に笑みを浮かべた。


「髪、乾かしますね」

 部屋に戻ると、ゲルヌは悠斗に椅子に座るように即した。

 悠斗が座ると、ゲルヌが口元で呪文の詠唱を始める。

 と、悠斗の頭の上に赤と緑が混じった魔法陣が展開された。

 そこから髪めがけて、熱風が吹き出す。

 そうしてから、ゲルヌは髪を解しながら乾かしていった。

「こっちの人はみんな魔法を使えるんですよね?」

 その間、暇なので悠斗は世間話をした。

「はい」

 ゲルヌは頷いた。

 ドライヤーのように爆音を立てないので、会話は普通に出来た。

「魔力の違いはありますが、みんな使えます」

「ってことは、みんな魔導師なんですか?」

「いいえ」

 悠斗の問いに、ゲルヌは首を横に振った。

「魔導師になるには、魔導学校へ通ってそこで資格を得る必要があります」

 髪をさらに解しながらゲルヌは言った。

「入学には試験もありますから、ある程度魔力が強くないと魔導師にはなれません」

「ゲルヌさんは、魔導師なんですか?」

「いいえ」

 ゲルヌは再び首を横に振った。

「わたしごときの魔力では、魔導学校の入学試験にさえ通りません」

 その答えに悠斗は思った。

(こんな風にドライヤー代わりに魔法を使えるだけでも、俺達の世界じゃ立派な魔導師なんだけどなぁ)

 そうしているうちに、髪も乾き、ゲルヌは魔法を止めた。

「それでは、わたしはこれで失礼します」

 そして、頭を下げると部屋を後にした。

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