第2話

 受付にも奥にも人はいるのに返事がない。声が小さかっただろうか。

「ここで働かせてください!!!」

「あっ、待って声が……」

 小さいだと!? 私はまだやれる! もう一度やらせてもらおう!

「ここで!!!!」

何遍なんべんも言うな! 聞こえてる!!」

「ま、マスター……!」

 野太い男の声が聞こえた。多分彼女の上司だろう。そして、これから私の上司に鳴ってもらう。これを逃したら見知らぬ世界で一文無しだ。それだけは避けなければ。

 カウンターの奥から男が顔を覗かせる。黒くて長い髪の先がカウンターの天板をかすめる。

「ギルド嬢で良けりゃ募集中だ。俺はオスカル。お嬢さんのお名前は?」

 背景が薔薇に染まった。

 オスカル……だと……? この中世ヨーロッパっぽい秘密結社ひみつけっしゃとも取れる建物内でオスカル……。しかも背景に薔薇を抱えて出てきた睫毛まつげの長過ぎる美男子。流石に異世界で革命に従事して死にたくない。アンドレがいないことを願うのは第一条件としても。

「革命を望みますか?」

 テンパって意味不明なことを聞いてしまった。

「おっと反社会組織の人間か?」

 そりゃそうなる。

「いえっ、すいません…‥えっと……自称神様によその世界から連れてこられて混乱してるっていうか……すいません……」

 オスカルと受付嬢は黙り込んだ。やばい。完全に頭おかしいと思われただろうか。

 二人はぶるぶると震えていたが、突然手に手を取り合って踊りだした。

「やったぞ! 泉の女神に頼んでよかった!」

「やりましたねマスター!」

「ようこそ待ってたよ! 新卒即戦力さん!」

「待って待って自分で言うのもなんだけど、反社の方がまだマシ……」

 いや、異世界の事情など知ったことではない。食い扶持さえ稼げればそれで。

 私はツッコミかけた言葉を飲み込んで、これ以上ないほどの笑顔を浮かべた。

「はい、よろしくおねがいします!」

 まぁどうでもいいのだ。働けて食べてさえいければ。頭の中で母の顔がチラつく。悩む暇があったら手を動かせ、というのが我が家の教育方針だ。しっかり従おうじゃないか。




 コンプライアンスとセキュリティが終わっている職場のおかげで、私は無事仕事を手に入れた。ギルド嬢とは一体何か、というのをこれから説明してくれるらしい。受付の女の子と同じ服を着せてもらって(私のものは黒地の部分が青みがかっている)建物内を見て回る。

「見ての通りここがホールだ。登録を済ませた冒険者が休憩したり、情報交換する場所にもなっている」

 私が現れた場所は食堂ではなくてホールだったようだ。

「ここがカウンター。依頼をうけるのはここだ」

 受付嬢、改めルイーズがにっこり笑って手を振ってくれる。可愛い。

「そしてここが掲示板だ。冒険者たちはこの三枚の掲示板から、自分のクラスにあったものを選んで仕事をする」

「なるほど……」

 黒板ほどのサイズの掲示板が一つと、左右には半分くらいのサイズの掲示板が一つずつ。沢山の紙がピンで貼り付けられている。

「なにか質問はあるか?」

 振り返ったオスカルにおずおずと手を挙げる。

「あの……冒険者ってなんですか?」

 オスカルが笑顔のままひっくり返って叫んだ。

「泉の女神め! 即戦力をくれっていったのに!」

 新卒にどこまで求めるんだこの男は。しかも異世界から来たのに。いや、私の責任ではない。オスカルにはしっかり説明してもらおう。

 気持ちを落ち着けて起き上がったオスカルは、息を切らせながら私を頭から爪先まで見た。どうやら納得してもらえたらしい。

「いや、すまん。冒険者ってのは魔物退治から治安維持まで担う戦いのスペシャリストだ。旅に出てドラゴンと戦い、ある人は人々のため……」

 誇らしげなオスカルの演説は続く。ゲームの主人公みたいな人たちのことを冒険者と言うのだろう。ファンタジックな話に耳を傾ける。

「薬草を探したり、キノコを探したり…‥」

 急に話が不穏になったな。

「すいません、やっぱり反社の集まりですか?」

「違うよ失礼だな君は!」

 深読みしたことを謝るべきだろうか。それとも紛らわしい仕事ばかり斡旋あっせんしているギルドに非があるのだろうか。残念ながら門外漢であるがゆえに分からなかった。

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履歴書を詐称したら神様に拉致られたので九九で無双してみた 野木千里 @chill-co

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