第9話

翌朝、布団の中で3回目のアラームを止めてもう一度夢に沈もうとする裕作を無理やり引きずり起こしたのは、おっさんからの電話だった。

まだ半開きの目で時計を確かめてから電話を取ると、電話口から

「おい、当日の段取りが決まったぞ」

と興奮気味の声が聞こえてきた。

朝7時とは思えない威勢の良い声に不快さを隠そうともせず、

「当日の段取りが決まった?どういうことですか?」

とぶっきらぼうに聞き返しながら祐作は布団から這い出してカーテンを開けた。

青いところが一切見当たらない、見事なまでの曇り空だった。



「だから、当日の段取りが決まったんだ。」

おっさんは同じセリフを繰り返した後、詳細を語り始めた。

どうやら、昨日の契約成立後、すぐに手回しをしたらしい。

おっさんと遠藤さんと他の麻雀仲間の合わせて5人で飲みに行く約束をしたこと。

当日、おっさんは体調不良でドタキャンし、遠藤さん達の席とは離れた席に待機するつもりであること。

裕作の席は遠藤さん達の席の隣に確保してあること。

よくもまあ昨日の今日でこんなに完璧な根回しができるもんだと裕作は呆れと感心の入り混じった息をもらした。



「萩野さん、万全な場を用意して頂いて非常に助かります。ですが、どうやってこんなに都合の良い座席にできたのですか。まさか縁切りするので作業する隣の席と待機する遠くの席とを確保したい、なんて店員さんに伝えたわけではないですよね」

「そんなこと言うわけないだろう。実は俺が出資してやっている居酒屋があってな。多少の融通なら効かせてくれるんだ。だからそこに頼んでおいた」

おっさんは得意気に言った。電話越しでも変わることなくやっぱり偉そげだった。



なるほど、そういう事情であれば座席指定なんてお安い御用だろう。

依頼人とターゲットが同じ空間に存在しなければいけないという制約のせいで、縁切り当日の段取りを考えるのは意外と大変なので、今回の提案は正直かなり有難かった。

特に問題もなさそうだったのでその場で了承して電話を切った。

その後すぐに見積もりを出してFAXでおっさんに送ると、午前中のうちには入金を確認できた。

やっぱり純粋な取り引き相手としては悪くないな。そう思いながら、昼になっても太陽が差し込む際を見せない分厚い雲を眺める。

縁切りの実行は3日後だ。

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