第28話 ~Happy Christmas Eve~ 4/4

 パチン。


 麻美のハサミが小気味の良い音を立てて、緑色の糸を断ち切る。

 ほんの少し、亜美と麻美の姿がぼやけたように、美七海には見えた。


「ちょっ、何やってんだよ、麻美姉っ!それ、切っちゃだめな」

「はい、では次いきまーす。じゃあ次はこの黄色でいっか。ごめんね、美七海っち」

「いえ」


 ペロリと舌を出す亜美に美七海が笑顔で頷くと、亜美・麻美と美七海を繋ぐ2本の黄色の糸に、麻美がハサミを入れて断ち切る。

 さらに、亜美と麻美の姿がぼやけて、背景が透けて見えるようになった。


「亜美姉、麻美姉、これ面白くない。もういいよ、やめろって」


 立ち上がりかける泰史の手を強く引き、美七海は泰史を引きとめる。


「ちょっと美七海ちゃん、手、離して」

「ごめん、泰史。でも、ダメ。ちゃんと見てて、お姉さまたちの事」

「やだよっ、なんだよ、何やってんだよ!やめろってもうっ!」


 子供のように駄々をこねる泰史を見て、麻美はフフフと笑いを漏らす。

 右手のハサミをパチパチと鳴らしながら。


「いやぁねぇ、やっくんったら。いつまでも子供みたいで、みっともないわよ?シスコンも、いい加減になさいな」

「ほんとにやっくんったら小学生かっ!そんなんじゃ、美七海っちに呆れられて捨てられるぞ?」

「俺、シスコンじゃないしっ!美七海ちゃんは俺のこと絶対捨てないしっ!だからっ」

「じゃあ、大丈夫だよね?私たちがいなくなっても」


 いつの間にか泰史のすぐ側まで移動していた亜美が、両手でそっと泰史の頬を包む。


「亜美姉のこと、忘れないでよ?絶対、忘れないでよ?」

「忘れるわけないだろっ!」

「よしっ!じゃあね、バイバイやっくん。麻美、お願い」


 亜美の言葉に、麻美が亜美と泰史を繋ぐ青い糸をパチンと断ち切る。

 とたん。

 笑顔を浮かべたまま、亜美の姿は幻のように消えた。


「亜美姉……とか言って、またどうせ出てくるんだろ?ね、麻美姉?」

「残念ながら、もう亜美が出てくる事は無いのよ、やっくん」


 今度はいつの間にか泰史の側に移動していた麻美が、ハサミを持たない左手で泰史の頬にそっと触れる。


「随分大きくなったわね、あの泣き虫で小さかったやっくんが。本当に嬉しいわ。でももう、私たちの役目は終わったの。だから……さようなら、やっくん。元気でね」

「ダメだ、麻美姉っ!」


 泰史の制止を穏やかな笑顔で受け止め、麻美は自分と泰史を繋ぐ青い糸をパチンと断ち切った。

 そして。

 微笑みながら、消えた。


「え……えっ?嘘だよね?これでちょっと待ってれば、ジャジャーンとか言って、2人ともまた出てくるんだよね?」


 ぎこちない笑顔を浮かべて、泰史は2人が消えた空間を睨むように見つめている。

 美七海は胸の痛みを堪えて、泰史を抱きしめた。


「もう、お姉さまたちは出てこないの、泰史。待ってても、出てこないの」

「美七海ちゃん、何言って……」

「ごめん、私、お姉さまたちから聞いてたの。今日でお別れするっていうこと」

「なに、なんだよそれ……あっ……見てっ、美七海ちゃん!」


 泰史と美七海の目の前で、2人を繋ぐ赤い糸がふわりと浮き上がる。

 そして……そこに現れたのは。


 Merry Christmas!We Love you forever!


「なんだよ、これ……すごいな、姉ちゃんたち」


 笑顔を浮かべながらも、泰史の目がからは涙が零れ落ちた。

 その涙を、美七海がそっと拭う。


「やっぱり泰史、泣いちゃったね」

「えっ?」

「お姉さまたち、言ってたの。泰史はきっと泣いちゃうだろうって。だから、泣いちゃったら気が済むまで全力で慰めてあげてって。お姉さまたちの分まで」

「なんだよ、姉ちゃんたち。俺を子供扱いして」

「お姉さまたちにとって、泰史はずっと小さな可愛い弟だったのね」

「……うん」


 しんみりとした顔で俯いた泰史だったが。

 次の瞬間にはニヤリと笑って美七海を抱き寄せた。


「姉ちゃんたちとの約束、ちゃんと守ってね、美七海ちゃん。俺のこと全力で慰めて」

「えっ?」

「姉ちゃんたちにとっては俺は小さな可愛い弟だったかもしれないけど、美七海ちゃんにとっては違うから……ね?」

「それは……あっ、見て、また糸がっ……!」


 再び2人を繋ぐ赤い糸がふわりと動き、別の文字を形作る。


 Have a sweet night!


「さすが姉ちゃんたち。分かってる~♪」


『いい大人だから、ヨシヨシ、では済まないでしょうけど、そこは……ね?あなた自身のやり方で』


 ふと、麻美の言葉が美七海の頭に蘇る。


(えっ……あれって、そういう意味っ⁉)


「俺今、マジで凹んでるから……お願い、美七海ちゃん。優しくして」


 言いながら、泰史は美七海のスカートの裾から手を忍び込ませつつ、首元に唇を這わせる。

 その目が涙で濡れている事に気づいた美七海は、泰史を受け入れつつも、小さな子供をあやすように泰史の頭をそっと撫でたのだった。


 ~Happy Christmas Eve~

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