第4話 〜Candy Dream Night〜 2/2

「んっ」


 満面の笑顔で、泰史が顔を近づけてくる。

 その唇からは、薄っすらピンク色をした半透明の楕円形のアメが飛び出している。


「んーんーんー!」


 はーやーくー!

 とでも言っているのだろうか。

 美七海は、はぁ、とため息をつくと、ゆっくりと泰史に顔を近づけた。


 事の起こりは、2時間ほど前。


“反省してる?”


 朝から全く連絡のなかった泰史から、美七海のスマホにメッセージが入った。

 会社でも、外に出ていたのか一度も姿を見ていない。

 もしかして、昨日相当機嫌を損ねてしまったのだろうかと、美七海が丁度メッセージを送ろうとしていたところだった。

 泰史は滅多なことでは怒らないのだが、一度機嫌を損ねると、機嫌が治るまでがなかなかに面倒なのだ。


“うん。ごめんね、言い過ぎた”


 昨日言い過ぎたのは事実だし、ここは素直に謝っておいた方がいいだろうと、美七海がメッセージを送ると、すぐに返信が来た。


“じゃ、俺からの贈り物、ちゃんと受け取ってね♡今日はホワイトデーだし!とりあえず、先風呂入って待っててね〜♪”


「えっ?」


 思わず、美七海の口から声が漏れた。

 それに対する返事が、返ってくるわけはないのだけれど。


「どういうこと…?」


 美七海の頭に、ひと月前の夜の出来事が鮮やかに蘇る。


「いやいや」


 フルっと頭を一振り。


「いやいやいやいやっ」


 続けてもう一振り二振り。

 頭を空にして、美七海は浴室へと向かった。


 一時間後。


「今日泊まるからお風呂借りるねー」


 美七海の部屋に来るなりそう言うと、泰史はすぐにお風呂に入り、上がるなり小さな包みを手に、美七海の目の前に腰をおろす。


「ホワイトデーといえば、お返しはアメ、だよねー」


 言いながら、泰史は可愛らしくラッピングされた包みを、丁寧にほどき始める。

 やがて。

 現れたのは、赤いハートが沢山散らばる銀色の、ピーナッツ型の粒がたくさん詰まった透明な箱。

 泰史は中から一粒取り出すと、にんまりと笑って銀色の包みを剥き取り、美七海の目の前にかざした。


「このアメ。二人で食べるために作られた特別なアメ、なんだよ」

「二人で?」


 部屋の明かりに照らされたアメは、薄っすらとピンクがかった半透明。

 キレイだなぁと見とれながらも、美七海は泰史の言葉に首を傾げた。

 アメ、という食べ物は、通常ひとりで食べるものだ。それを一体、どうやって二人で食べるというのだろうか。


「そう、二人で」


 待ってましたとばかりに、泰史がぐっと身を乗り出す。


「ほら。この片方を俺が口に入れて。もう片方を美七海ちゃんが、ね?」

「なっ?!」

「中に、特別なブランデーが入ってるんだ。一緒に味わおう?ね、美七海ちゃん」

「ちょっと待ってよ、泰史っ!それって」

「あれ〜?反省したんだよね?」


 身を仰け反らせて拒絶しようとする美七海の反応に、泰史は細めた目でジロリと圧をかける。


「“俺からの贈り物、ちゃんと受け取ってね”って、言ったよねぇ、俺」

「そっ、それは…」


 そして、今。

 美七海の目の前には、アメの半分を加え、今か今かと美七海を待ち構えている泰史の姿。

 美七海は意を決し、ゆっくりと泰史に顔を近づけると、泰史の口から飛び出しているアメの半分を口の中に含んだ。


 とたんに、口の中にフワリと香る、甘酸っぱさとアルコールの香り。

 そして。

 唇を覆う柔らかな温かさ。


 パキッ。


 小さな音と共に、口の中に弾ける濃厚なブランデーの香りが、美七海の鼻腔を満たす。


「ん…んんっ」


 口を開いた途端に、泰史の舌が美七海の口の中に忍び込む。

 頭の芯までブランデーが回ってしまったようで美七海は抗うこともできず、そのまま泰史に身を任せたのだった。




 温かくて大きな手が、美七海の頬をそっと撫でる。

 漂うような心地よい微睡みから覚めると、直ぐ側で泰史が柔らかな笑みを浮かべて美七海を見ていた。


「ねぇ、美七海ちゃんは、さ」


 まだぼんやりとしたままの美七海の頭に、泰史の声が優しく響く。


「俺が欲しくなったり、しないの?」


 ぼんやりとしたまま目をパチクリしていると、再び泰史の声が優しく響いた。


「俺、ちゃんと美七海ちゃんのこと、気持ちよくできてる?」


 気持ちいいどころじゃない。


 そう答えたかった美七海だったが、口を開くのも億劫に感じてしまうほどの気怠さに、目を閉じながらコクリと頷く。


「そっか」


 嬉しそうな泰史の呟きが、美七海の耳を擽る。


「じゃあ、さ」


 美七海の肩口に顔を埋めながら、泰史が囁いた。


「今度俺が欲しくなったら…このアメで誘ってね。美七海ちゃんが誘ってくれるまで俺、我慢するから」


 我慢…何のために…?


 そんな疑問も押し流してしまうほどの、強烈な睡魔。

 美七海は首元から差し込まれた泰史の腕に抱かれ、泰史の胸に頭を預けるようにして、再び揺蕩うような微睡みの中に意識を沈み込ませたのだった。


 〜Candy Dream Night〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る