第3話 〜Candy Dream Night〜 1/2

 バレンタインの夜に想定外のエラい目にあった美七海は、無事約束を果たした翌朝、なかなかスッキリとはしない頭を持て余しながらも、泰史にしっかり念押しをすることを忘れなかった。


「もう、こんなこと、ぜっっったいにしないからね?」


 少しだけ不服そうな顔を見せたものの、余程満足のいく美七海との夜を過ごせたのだろう。

 泰史は案外すんなりと、頷いてくれた。


 バレンタインの夜。

 泰史は呆れるほどに、美七海への熱のこもった演技指導を続けたのだ。


「もっと!そこはもっと俺のこと誘うような感じで言ってよ」

「えぇっ…」

「もっとエロい感じでさぁ…偶にはいいじゃん、今日はバレンタインだよ?」


 だからなんだと言うのだ、と。

 何度口にしそうになったか分からない。

 だが、美七海は迂闊にも、泰史に約束をしてしまったのだ。

 あの、妖艶な動画のシチュエーションを、泰史と一緒に再現すると。


「俺、もっとエロい美七海ちゃんが見てみたいんだよ」


 ワインの酔いのせいなのか、それとも泰史がコンビニで仕入れてきた精力剤入りドリンクのせいなのか。

 いつもより一段と熱のこもった目で、泰史は美七海ににじり寄る。

 その空気に飲まれた訳では、決してないとは思うのだけれども。


「お願い、美七海ちゃん…」


 美七海の中にも泰史を求める気持ちが強く沸き起こっていたことは否めない。


 腹を決め、恥ずかしさを抑えつけて、美七海は出しうる色気を全開にして泰史を誘う女を演じ、また、泰史に誘われるままに己が求めるままに、泰史へと体を預けたのだった。


 結果。


 翌日の午前中は使い物にならず、泰史と二人ベッドの中で共に微睡みを貪ることに。

 すぐ隣にいる泰史は、幸せそうな寝顔を見せたかと思えば、目覚めるそばから美七海の肌にキスの雨を降らせたり、温かな手で美七海の肌の感触を楽しんだりしているようで。


 確かに。

 偶にはこんな休日も、悪くはないかな?

 などど、美七海も泰史の穏やかな寝顔に、そんなことを思ったりもした。


 が。


 次にやってくるのは、おそらくはホワイトデー。

 泰史はきっと、再び何かしらの要求をしてくるに違いないと。

 美七海は早くも対応策に頭を巡らせ始めたのだった。



「ねぇねぇ、美七海ちゃん」

「却下」

「ひどっ!俺まだなんにも」

「泰史がそんな声出すときは、大抵ロクでもないことしか言わないでしょ」

「ひどっ!」


 それは、ホワイトデーの前日のこと。

 ここ数日、泰史が熱心にタブレットで何かを検索していることは、美七海も気づいていた。

 けれども。

 美七海は泰史に、きっぱりと伝えてある。


 あの、バレンタインの夜のようなことは、もう二度としないと。


 さすがにもう、あのような無茶振りは無いとは思いつつ、泰史が甘え声ですり寄るときは要注意なことは、美七海とて既に学習済み。


「俺がいつロクでもない事言ったのさっ?!」


 予想外に声を荒らげ、泰史は勢いよく立ち上がると、そのままコートとカバンを手に玄関へと向かう。


「…泰史?」


 少し、言い過ぎただろうか?


 驚きながら、後を追った美七海を泰史はギロリと睨み。


「明日…覚えとけよ、美七海ちゃん」


 ニヤリと笑って、そのまま美七海の部屋から出て行く。


「…明日も、来るんだ?」


 ひとり残された美七海は。

 ひとまず安心したものの、直後に感じた嫌な予感に顔をしかめて、泰史が出て行ったドア見つめた。

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