2月14日in異世界

金澤流都

異世界人にチョコレートはカロリーが高すぎる件

 あちらの世界では、2月14日は男女が贈り物を交わしたり、友達同士であの黒くて甘い菓子をやりとりしたりする日らしい、と昔クライヴが言っていた。

 クライヴはあちらの世界に詳しい。あちらの世界と繋ぎ目のある村で守護神官をしているからだ。久方ぶりに神殿に顔を出したクライヴが、私に黒くて甘い菓子をくれた。

 きょうは2月の14日。もらった黒い菓子をばりっと齧ると、ほのかに果物のような味がする。翻訳魔法で箱を確認してみると、オレンジ、という果物が使われているようだ。

 おいしい。思わずバリバリと食べてしまう。そしてまた鼻血を出す。

「喜んでもらえてよかった」

「喜ぶもなにも、これが私の大好物だと知っているのだろう。何がしたくて来た?」

「宮清めの前に神殿騎士を励ますために来い、ってマリシャが言ったんじゃないか」

 ……そうなのであった。

「ときに……きょうは2月の14日だな」

「ああ、そうだねえ。あっちの世界ではトモチョコとかやってる日だ。このチョコも昨日こっちに来たエンゲーブからもらったんだけど」

「エンゲーブが? この真冬に?」

「うん、農業用ハウスの様子を見に来たんだよ。いまは雪に耐えて頑張ってるってわかって、安心して帰って行ったよ」

 クライヴはニコニコしてそう言った。


 もう宮清めどころの騒ぎではない。心中穏やかでない。クライヴが私になにか好意を向けているのでは、と思ってゾワゾワする。

 クライヴはずっと兄のような存在で、救貧院で一緒に育った。それも何十年前のことだったか。

 好意を向けられるということ自体は、特に嫌ではないのだが、その相手がクライヴというのがキツい。兄のような存在だからだ。考えてみれば分かると思うが、兄から好意を向けられていたら嫌な気分に決まっている。

 宮清めの前夜、神殿騎士の勢揃いした食堂で、力飯が始まった。豪勢な料理や酒が並び、神殿の偉い人たちの説教を聞きながら食べる、というものである。その説教にクライヴが登壇した。クライヴは完全に酔っ払っていて、壇上でタコ踊りを始めた。慌てて神官長が引きずり下ろそうとすると、クライヴは思い切りゲロをぶちまけた。

 そのままクライヴは眠ってしまい、力飯の席の隅っこに寝かされた。ぐーぐーいびきをかいている。こんなのに好かれても困る。


 翌朝、宮清めにむけて鎧を着ていると、二日酔いでヘロヘロのクライヴが現れた。

「きのうは申し訳なかったねえ……村じゃ酒はそもそも概念すらないものだからつい飲みすぎた」

 クライヴはシヤ水を飲みながら、「はあ甘露甘露」なんて言っている。のんきなものだ。

「飲みすぎた理由はとりあえずどうでもいい。それより……きのうのチョコレートは、どういう意味だったんだ?」

「どういう意味……って、マリシャはあっちの世界のバレンタイン・デーとかいう風習をこっちでも信じるのかい? ただたくさんもらったからお裾分けしただけだよ」

 クライヴはハハハと笑って、

「だって100歳超えの年寄りが80の婆さんに好きだっていってもなんにも始まらないでしょ」

 と、グサグサブッ刺さるセリフを言った。

「まあそれはその通りなんだが……本当に、他意なくただのお裾分けだと思っていいんだな?」

「もちろんだとも。マリシャがチョコレート好きなのはエケテの村では常識だからね」


 それはそれでなんだか寂しいというわがままな自分に呆れつつ、クライヴが帰るのを見送る。それから鎧に紐をくくり、今年も宮清めを始めることとなった。

 神殿騎士になると誓願を立てた日に、誰かと結婚してふつうの人生を送ることを諦めるのが常識である。神殿騎士は女神にだけ仕えるものだからだ。

 それでも、誰かを好きになることはあっていいのかもしれないな、と思う。仕えるわけではないのだから。

 そんなことを考えてしまうのは、バレンタイン・デーとやらの魔力だろうか。

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2月14日in異世界 金澤流都 @kanezya

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