静けさの中で

北きつね

風に誓う想い


 私は、独り・・・。寂れた港町にある。寂れた灯台に来ている。

 私の日課だ。月に一度は、花束を持ってくる。そして、祈りと共に海に返す。


 あとどの位、祈りを捧げられるのだろうか?

 私の罪が許されるわけがない。許されることは望んでいない。しかし、私は祈りを捧げられなくなることが怖い。死よりも怖い。


 灯台に寄りかかるようにして、海風を感じる。

 全ての音がかき消されて、海風の調べだけが聞こえてくる。


 死した彼女との会話。波の音も、風の音も、全てが無意味になり、静寂が訪れる。

 静けさの中で、私は思考の海に深く深く潜る。


 死は恐れることではない。自ら命を断とうとは思わない。死は、罪を感じられなくなる唯一の方法だ。私は、死を望んではならない。私に死を与えられる者は、私でも、神でも・・・。私が唯一愛した人だ。

 死は終わりではない。死は始まりだ。私は、彼女の死から始まった。私の全ては、彼女で形成されている。


 私は、人を殺している。淡い記憶の中にある真実だ。私がいなければ、私が愚かで身勝手で幼くなければ・・・。彼女は死を選ぶ事は無かった。私の真実だ。


 もう30年以上前になる。思い出はセピア色と聞いたことがある。今でも昨日の様に思い出される事は、思い出はないのだろう。

 思い出になってしまえば、心も傷つく事もないだろう。思い出にならない記憶は、私の心を癒しながら、新しい傷を産み出している。私に許しを与えて、贖罪の機会を奪う。


 彼女が私に伝えてきた最後のセリフ。


「ねぇ今でも私のこと・・・。好き?」


 私は、幼かった。今なら解る。これが、彼女なりの拒否の言葉だと・・・。

 返事が出来なかった。言えなかった言葉への後悔。全ては、私の一言から始まっている。私は、忘れたいとも思わない。覚えていたいとも思わない。私が私である限り、真実からは目を背ける事が出来ない。

 好かれる事への恐怖と畏怖。

 全てを包み込む静寂の中で、彼女に祈りの言葉を紡ぐ。


 静けさの中で思い出すのは、彼女が私に向けた笑顔。私に語ってくれた夢。私にだけ教えてくれた・・・。


 身勝手な思い。

 人を愛してはダメな人が居る。人を憎悪できない人には、人を愛する事ができない。


 私が欲しかったのは、彼女との未来だ。静寂ではない。私が話しかけて、彼女が返してくれる。彼女の話声に私が返事をする。


 静けさの中で思い出すだけの彼女との思い出ではない。


 私を好きだと言ってくれた感情が解らなかった。私は、彼女が居ればよかった。彼女だけが私の全てだ。彼女以外は、煩わしいだけだ。


 私を好きだと言った人に、私は正直に伝えた。


「君は誰?気持ち悪い。私は、君が必要ではない」


 私は、人の心を殺めている。


 確かな真実だけが残される。

 静寂は優しく私を包み込んでくれる。


 私は誰? 私は何?

 貴方は何? 貴方は誰?

 私に何を求めるの?

 私は貴方に何が出来るの?


 静寂の中で聞こえてくる声は、彼女からの呼びかけではない。誰なのか解らない。


 静けさの中で風を感じる。


 風に誓う。

 風に願う。

 風に問う。

 風に・・・。静けさの中で私に問いかけるのは風だと思いたい。


 守られなかった数多くの約束がある。

 守られた数少ない約束がある。


 静寂が海風に煽られた波に壊される。


 静けさの中での想いは届いたのだろうか?

 私が投げた花束が、海面に散らばっているのが解る。


 今日も、彼女は花束を受け取ってくれなかった。

 まだ、私の言葉が届いていない。


 風に誓った。私の最後の想い。

 彼女が眠った場所で眠らせて欲しい。


 違う。私が風に、彼女に誓うのは、私が私である限り、私が罪を忘れる事がないということだ。そして、罪が許されるのならば、彼女が眠った場所で眠らせて欲しい。


 静けさの中で、打ち付ける風に私は誓う。私の唯一の願い。そして、想い。

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静けさの中で 北きつね @mnabe0709

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