主人公は、何させてもダメで孤独な人だと思われています。

サラダラーメン

第1話 つまらない日常。

「君には何もない。でも、それだけは天才的だね。スリルも感情も何も無いだろうけど。」



朝6時、目が覚める。

まだ眠い。二度寝する。

朝7時、目が覚める。

5分後には家を出て学校に行かなければならない時間。急いで支度。ご飯は食べない、制服に適当に着替えて、適当に教科書をカバンに詰め込む。

朝7時15分、外に出る。

眠いまま歩き、電車に乗り込む。座れない。電車に掲載された広告は、同じものしか貼られていない。吊り輪に掴みながらうたた寝。

朝8時、なんとか教室に着く。

座って数秒でチャイムが鳴る。友達と話しながら談笑するグループ、他クラスのやつとドアで話し込む人、彼女らしき人と朝からイチャイチャする男もいる。一旦、この男は隕石に直撃したほうがいいと思う。

朝8時3分、担任がドアを開く。

ようやくクラスの人も座り始める。隣の席の女子が机を横に移動させる。俺と真逆の方向に。これも日課の一つ。何もしてないけど、あまり良いようには思われてないようだ。彼女も友達もいない、容姿も良くなく、性格的にも面白味もない人間である時点でマイナスだが、この前消しゴムを勝手に拾ったことが決定打になったのだろうか。横の女子が消しゴムを落とした拍子に消しゴムのケースも外れてしまっていた。拾って消しゴムをケースに戻してから返そうとすると体を机から乗り出して取り上げられ、「ベタベタ触んないで、自分で拾えるから。」

と言われてしまった。それが今のところ最初で最後の会話。確かに無駄な事をしてしまったんだろうな。そんなしょうもないことを考えてると、担任が毎日変わることのない業務連絡を話し終え、1時間目までの休憩時間が始まった。また、皆友達と談笑し始める。彼女や彼氏と話し始める。とても楽しそうだ。1時間目のチャイムが鳴る。まだ話し続けている。先生が教室に入ってくる。やっと座り出す。授業のには生徒が勝手にペラペラ話す時と真面目に受けてる時の差が大幅にある。先生によって態度を変えてるんだろう。授業が終わればまた話しだす。その繰り返し。そんな毎日の繰り返し。でも羨ましかった。特に女子と話せる人が。今日も何もせず終わるのだろう。そう考えていた。

朝9時30分、授業中。

教室のドアが開く。大男が入ってきた。少し赤色になった包丁を持っている。数学の解説をしていた先生が手を止めて唖然としてる。ざわつく教室。すぐに大男が先生に近寄る。大男が腕を大振りに振るう。簡単に腹に刺さる。うえぇと今まで聞いたこともない声で先生が唸る。怖いくらいの沈黙が数秒続く。咄嗟に思い出したかのように女子生徒が叫ぶ。ドミノみたく次々と生徒が叫ぶ。男、女関係なく叫び出し逃げ始めようとする。未だに座ってるのは山野とその隣の女子1人。しかし、隣の女子は動揺してないわけでなく、頭が真っ白で何も出来ず何も見えてない表情だ。しっかり怯えている。一方山野は、半分寝てた分の板書を写すのに夢中で、逃げるような暇がない。そして、大男も叫ぶ。雄叫び。あまりの声と大きさ。教室全体が恐怖に包まれたのか、一目散に逃げようとした生徒たちが教室のドアにかけた手をゆっくりと下ろす。それを見た大男が一言。

「座れ。全員。」

静けさのあまりに、軽く一言言うだけも教室中に十分に響き渡る。人によって態度の変わるこのクラスにはより効果が抜群だったのだろう。先生もびっくりである。しかし、先生はそんなことも言ってられず必死にシャツから滲み出てくる血を手で押さえつけている。なんとか教室の隅に背を預けている。男の目的は何も分からない。通り魔のようなものなのか、計画性のあるものなのか。席についてからの生徒は、はすすり泣く者もいればわんわんと人目気にせず泣く者もいた。混乱状態。山野の隣の女子は硬直状態。まるでモアイ像。一方山野は板書を続けていた。より混乱状態。大男はそれに目をつけた。「それ、やめろ。」

大男は、山野にそう言った。

山野はお構いなし。板書を書き続ける。大男は苛立ち、また大声で叫ぶ。

「やめろって言ってんのがわからんかいや。」

関西弁で怒鳴るその声はさっきよりも迫力があるように聞こえた。泣いていた者の声が大きくなる。大男が血相を変えて近づいてくる。すると隣の席の女子が、

「お願い、やめて、迷惑かけないで。お願い。」

と半泣きの涙目でどもりながら言ってきた。

山野は自分よりこの男の人の方が迷惑だと思っていた。しかし、口に出さなかった。素直に隣の席の人の言葉に応じた。彼女に迷惑をかけたいとは思わなかった。山野は鉛筆を置きノートを閉じて、両手をピシッと上げた。しかし、大男は迫ってくる。足音一つ一つが場の緊張感を増していた。そして、それは山野の中でもそうだった。山野の中で何かが高揚していた。山野と大男との距離は、男が腕を動かせば包丁が当たるほどの距離になっていた。

山野と大男の目が合う。

お互いの目線の差は崖の上と下にそれぞれいるくらいにはあった。

しかし、お互いの耳に泣きじゃくる生徒の声は段々と聞こえなくなっていく。

教室中が無音とも思えるほどの互いの集中力。

お互い目で牽制し出して数十秒経った後だった。

大男が山野の首元目掛けて真っ直ぐ刃物を刺そうとする。

山野は首を左に曲げ包丁をかわし、鋭く右手でボディージャブを打つ。

大男が怯む。

山野は大男の包丁を持ってる方の腕を絡ませ、素早く包丁を奪い取る。側から見れば何をしたのか分からないほどのスピード。

包丁を奪った山野は、大男の両手の手のひらを真っ先に切り、パックリと傷を開けさせ、右太もも目掛けて包丁を突き刺した。

大男の雄叫びが再び。大男の体勢は中腰になりながら足の傷を抑えようとするが、傷が開いた手のひらのせいで太ももを抑えられない。

そして数秒叫んだかと思うと、大男は山野に顔面を三発殴打させられる。おそらく鼻が折れた。

大男は倒れ込む。

倒れたと同時に生徒たちがまた叫び出す。生徒はドアにかけた手を思いっきり動かしてドアを開いた。その反動でドアの引き戸がまた閉まってしまう。焦る生徒は泣きながら叫びながら走り回る。ほとんどの生徒がそんな様子で出て行った直後、刺された先生もゆっくりと歩き始め教室から出ていく。

教室に残ったのは山野だけ。いや、山野とその隣の女子だけだった。山野は女子に声をかけた。

「外、出ないの?」

何も返事はなく、彼女の顔は、やめろと山野に話しかける前の顔と全く一緒の顔をしていた。

体が動かないほどに怯えているようだ。綺麗な彼女の横顔を見ていると涙を一粒、表情をひとつも変えずに、ノートの上に溢していた。

山野は黒板に目線を戻し、鉛筆で板書の続きを書き始めた。

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主人公は、何させてもダメで孤独な人だと思われています。 サラダラーメン @saladaramen

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