戒めのつもりで

「どうして俺が、こんなことをしてるのか。そう訊かれると、昔の俺の話をしないといけなくなる……」

 そう亜黒は話始める。長話になることを、僕は覚悟する。


「俺は、俺のことが嫌いなんだ。今の俺を見ていると信じられないかもしれないけど、昔の俺は、超が付くほど元気溌剌な人間だった。

 あれは、小学生の頃だったかな……。二年生ぐらいの時だったと思う。

 俺はいつものように、友達と公園でサッカーをしていたんだ。今じゃ考えられないだろ? その中で俺は、かなり腫れ物扱いされてたね。とにかく集団に溶け込むのが苦手で、一人で突っ走ることがあった。

 誰に注意されても、俺はその言葉を無視していた。俺は俺のやっていることが正しいと思っていたし、周囲の人達に共感されるような人間でなくていいとさえ思っていたんだ。傍からしたら、ただの迷惑な人間なんだけどね。

 ……でもな、そんな性格が災いしたんだろうな。

 サッカーの中、俺は誰にもパスしないで突っ込んでいったんだ。ほら、たまにあるだろ? 自分の中で、テンションが上がって悪ふざけしてしまう、みたいな子供の頃のノリ……。

 まあ、そんなノリで、俺の蹴ったボールが、外の道路を歩いている妊婦さんのお腹に直撃してしまったんだよ。

 まだお腹はそこまで大きくはなっていない人だったから、俺はその人が妊婦だったってことに気づかなかった。俺が道路に出て、倒れてしまった妊婦さんに声をかけると、その人は、俺をものすごい形相で睨んできた。

 あの時の、世界の全部が絶望として映し出されてしまったみたいな顔は、俺は一生忘れないだろう……。

 あの人は、泣きながら俺にこう叫んだんだ……。


『あんた‼ うちの子を返してよ‼ 返して返して返して返してええええええええっ‼』


 って。そりゃあもう、喉が使い物にならなくなるくらいに。

 ぎょろっと目玉が飛び出そうなくらいにね。

 その時、俺はこの人が初めて妊婦だってことに気付いた。周りの人々や、一緒にサッカーをしていたクラスメイト達が集まってきて、これはただ事じゃないって雰囲気が流れ出した。

 しまいには近くにいた警察まで駆けつけてきたね。

 警察官が妊婦に駆け寄ると、妊婦は俺をゆっくりと指さして、言ったんだ。

『この人が、私が授かった子を殺したんです‼』


 ……。

 ここから、俺の人生は激変した。学校の人間は俺を悪魔だとかなんとか言って後ろ指を差した。俺は、俺の親が、あの妊婦さんと何か話をしているのを見た。何枚もの万札が見えたこともあった。

 そのたびにお母さんは言うんだ。

 ……もう二度と、人の迷惑になることをするんじゃないよ。

 って。

 俺はそこで思ったんだ。誰にも迷惑を掛けちゃだめ。絶対に罪を背負うようなことをしちゃだめ。完璧な人間にならないといけない。潔白な人間にならないといけない。落ち着いた子にならないといけないって。

 だから俺は、自分への戒めのつもりで、リビングにあった包丁を取り出して、俺の腕に当てたんだ。でも、お母さんはそれを止めた。そんなこと、お母さんは望んでいなかった。反省するだけで良かったのに。なんてことをお母さんは言った。俺はそのお母さんの言葉の意味が分からなかった。

 お母さんが俺を許してくれたとしても、俺は俺を許し切れていない。それに、あの妊婦は絶対に俺を許さない。

 だから、俺にはちゃんとした痛みが、罰が必要になるはずなんだ。俺はそう主張しようとした。でも、俺は、そのことをお母さんが理解してくれるとは到底思えなかった。

 だから俺は、ひっそりと自分を戒めて、自分を許せる自分になろうと思ったんだ。

 そして俺は、落ち着いた子になるためにいろいろなことをした。読書とか、勉強とかにも打ち込んで、ピアノだって見様見真似で始めた。それでも、自分を傷つけたい欲求は変わらなかった。五年生ぐらいになると、俺はもう、自分を傷つけないと正常な精神で生きていけない、異常な人間になっていた。

 俺は、オーバードーズってものに目を付けた。お母さんの知らないところで、お小遣いで市販の薬を買って、大量に集めて飲んだ。

 トイレの中で薬を飲んでいると、凄く落ち着くんだ……。今俺は、許されているって感覚に陥るんだ。その感覚がないと、俺は生きていける気がしなかった。

 いつの間にか、薬を飲みたいという欲求と、自分を罰したいっていう欲求が結び付いて、俺はオーバードーズをやめられなくなった。こうしていることで俺はこの人生を歩めるんだと思った。もう、俺のやってしまったことは、許されることではないけれど、ほぼ時効になったようなものだってことぐらい、分かるんだ。でも、ただただ、俺は俺を許せないんだ。

 でも、そろそろ、自分が自分で与えた罰に、体が耐えられなくなってしまったな。あの時、もう死んでもいいとさえ思ったのに……。だって俺は、人殺しをしたようなもんだ。人殺しをした人間は、罰として無期懲役になったり死刑になったりするのが普通だろ?」

「やめてっ‼」

 そう叫ぶと、一気に保健室の空間が静かになった。

 僕がなぜそう叫んだのか、言葉にできないけれど、叫ばなければ僕の心が持たないと思った。

「ごめん……。話し過ぎた……」

 

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