とっても馬鹿な話

「ねえあっくん! これ何⁉ ねえ‼」

 僕はうつ伏せになった亜黒に呼びかける。すると、亜黒がうっ、と声を上げて目を覚ます。

「まーくん……」

 やっとのことで横顔を見せ、僕の方を見ながら亜黒が言う。すると、下の階から僕のいるところまで、声が響き渡ってきた。

「眞白くーん、亜黒見つかったー?」

 僕たちの状況など知りもしない緑の、気の抜けた声がする。

「え、行ってみよ?」

 と佳弥が心配の声を上げるのを聞く。

 僕は見つかるとまずいと思い、慌てて亜黒の尻ポケットにある大量の銀紙を抜き出し、僕のブラザーの内ポケットに隠した。

「まーくん……、なにしてるの……」

 かすれた亜黒の声が僕に訊く。

「あっくんは無理しないで! 先生呼んで保健室まで運んでもらうから!」

 後で、亜黒にちゃんと話してもらわないといけない。


 緑と佳弥が僕たちの所まで駆けつけると、僕は先生を呼んで保健室に運んでもらうように言った。何分か経って保健室の詩織先生だけでなく、他の先生たちも駆けつけ、担架で亜黒は保健室まで運ばれた。僕もそれについていき、保健室で詩織先生から濡れてしまったズボンの着替えのジャージをもらった。


 僕はカーテンに仕切られたベッドの空間の中、一人で着替えをする。

 パンツとシャツだけになって、ベッドの上で放り出されているブレザーの内ポケットが目に入る。詩織先生が持ってきてくれた僕のバッグの中に、ブレザーを音を立てないように入れる。

 カーテンの外で、亜黒が濡れたブレザーを脱がされている音がする。亜黒と先生の話声が聞こえてくる。

「先生……」

「あんまり無理しないでね。大丈夫?」

「はい……、ちょっとくらくらしただけですから……」

「ちょっとだけ、休んでいく?」

「はい……」

 その話を聞きながら、僕はあることを思い出していた。それは、ハイイロさんのとある質問だ。あんたはまだこの世界にいるつもり? と訊かれ、僕はそのつもりだと答えた。それはいつまでだ? と訊かれ、僕は亜黒に告白できるまでと答えた。そして、ハイイロさんはもう一つ質問をしたのだ。

『その亜黒が、どんな奴であってもか?』

 もしかして、ハイイロさんの言っていたことは、このことではないのだろうか。だとしたら、何故、ハイイロさんは亜黒のことを知っているんだ?

 なんだかハイイロさんに監視されている気がして、僕は体を震わせた。

 ジャージ姿に着替えると、僕はカーテンを開け、詩織先生に話しかけた。

「あっくんは……」

「大丈夫。ちゃんとベッドの上でゆっくりしてる」

「そうですか。ありがとうございます」

 僕は詩織先生に頭を下げる。

「あ、でもちょっとごめんね、私、教員室行かないといけないから」

「あ、はい」

 そう言って詩織先生は保健室を出ていった。

 ドアが閉められ、保健室が静寂に包まれる。窓かから見える空は、どんどん濃いオレンジ色へと変わっていき、外の街並みや森の形がシルエットとなって表れ始めていた。

「まーくん」

 カーテンに仕切られた空間から、亜黒の声がする。

「入ってきていいよ」

「うん……」

 僕はカーテンを開け、中で眠っている亜黒を目にする。亜黒の目元には変わらずクマがあるが、トイレから出て来たときよりは表情が良くなっていた。

 僕は隣にある椅子に座り、亜黒を見下ろす。

「着替えたの?」

「うん。濡れちゃったから」

「そう……」

 僕たちは黙り込む。僕はどうやって話を切り出せばいいのか迷い、沈黙が流れた後、口に出す。

「ねえ、あっくん……、あの紙って……」

 そう言うと、亜黒の顔に、諦めのようなものが浮かぶ。ばれちゃったか、と、刑事ドラマで犯人が言うように。

「あ、もう、分かっちゃったよね……。なんで俺が、こんなに体調が悪いのか。本当に、ごめんね。俺、死のうとしたんだよ。まあ、失敗しちゃったわけだけど」

「え、なんで……」

 驚愕を通り越して、僕はそう言うことしかできなくなる。この心臓が機能しなくなりそうなくらいに跳ねる。

「ねえ、なんで、なんでそんなことをしたの……」

「……」

 数秒間亜黒は黙って、そして口を開く。

「俺、これからとっても馬鹿な話するよ?」

 

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