第46話、俺の最高効率レベリングⅣ

 ――松本視点――



 奇跡が起こった。

 そしてその奇跡は今も起こり続けている。


 つい今さっき、俺は死んだはずだった。

 頬白聖に騙されて、レベルを吸われた挙句殺されるところだったのだ。

 それが何故か生きている。

 今俺の目の前にいる黒いジャージ服の少年のお陰だ。

 俺には解る。

 彼は強い。

 それも尋常じゃなく……!


「ぶぐうッ!?」


 俺がそう思っていると、このBランクダンジョン中を振動させるかのような、ボゴンッという鈍い音が俺の耳を叩いた。

 黒ジャージの少年が、何かしたらしい。

 直後に頬白が吹っ飛んでいく。

 頬白はそのまま、数十メートル先にあった魔鉱石の岩石群を幾つもぶち壊し、その先にあった水面をパチュンパチュンと水切り石のように跳ねていき、更にその先にあった巨大な岩盤に逆さに打ち付けられて止まった。

 ピシピシと岩盤にひびが入り、やがて砕ける。

 濛々と起こる土埃の中に、蹲って血を吐く頬白の姿が見えた。

 ただ脇腹を両手で押さえて、ジタバタともがくだけ。

 余りにダメージが大きすぎて、立つことができないのだろう。

 あの頬白聖が。


「あの少年強すぎるッ!?」


 俺はそう叫ばずにはいられなかった。


 あの黒ジャージの少年はいったい何者なんだ!?

 少なくとも国内ランキング上位者ではないし、そもそも彼ぐらいの年齢でここまで強い探索者なんて世界にも例がない!

 ……。

 いや、そういえば市ヶ谷でスケイルレギオンを倒した少年が居たって聞いたな。

 その少年の特徴がたしか、黒ジャージだった。

 まさか、彼があの『黒ジャージの少年』なのか!?


 なんて思っていると、俺の見ている先で頬白聖が立ち上がった。

 奴は水面のこちら側まで跳んできたかと思うと、俺の方に振り向いた。

 そして、両手を頭の上で交差させた。

 その瞬間から両手を起点に凄まじい冷気が吹き始める。


 同時に俺の体が寒さで震えだす。

 辺りの温度が10度近く下がったように感じる。

 続いてガシャンガシャンと何かが砕ける音。

 大気中の水分が凍って、シャンデリアみたいな塊になって落ちているのだ。

 それでも猶温度の低下は続く。

 凄まじい冷気だった。

 余りの寒さに俺の歯がガチガチ言い出す。


 なんだこの急激な温度低下は……!?

 まさか、頬白のスキルはレベルイーターだけではないのか!?


 そう驚いているうち、黒ジャージの少年もこちらに向かって跳んできた。

 まるで頬白の攻撃から俺を庇うようにして立っている。

 マズい!


「もっ、物凄い威力の攻撃が来ます!!

 俺の事は構いませんから早く逃げてくださいッ!!」


 俺は咄嗟に叫んだ。

 恐らく頬白は計算している。

 俺を攻撃すれば、黒ジャージの少年は避けないだろうと。

 だから少年ではなく、俺の方を狙っているんだ。

 事実彼は微動だにしない。


 くそ……ッ!

 なんて卑劣な奴ッ!


 俺がそう思った直後。

 一瞬辺りの音が遠のき、静かになる。

 そして、


「『瀑冰砕星フロストノヴァ』!!」


 頬白聖がスキルを発動した。

 彼の周囲が瞬間凍結したかと思うと、その手から氷の魔法が発射される。

 それは辺り一面の魔鉱石を木っ端みじんに砕きながらこちらへと向かってきた。

 まるで雪崩のようだった!

 とても避けられない!


「うわああああああッ!?」


 俺は咄嗟に伏せる事しかできなかった。

 真正面から吹いてくる氷風に体が吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか堪える。

 それが10秒ほども続いただろうか。

 俺が顔を上げると、目の前に高さ10メートルはあろうかというバカでかい氷像ができている。

 透明な氷の中にいるのは、黒ジャージの少年。

 彼は完全に氷漬けになっていた。


 し、死んでしまった……ッ!?


 絶望する俺の前に、頬白聖がやってくる。


「フフ……フハハハッ!!!

 油断しているからそうなるんですよ!!

 僕の戦い方は、常に獲物となる探索者の不意を打つことを考えています!

 レベルイーターが使えない事態に陥った事も考え、自身が最上位クラスの魔法スキルを使えることを公表していなかったんですよ!!」


 頬白はそう言うと、ガンと氷像を蹴った。

 満面の笑みを浮かべて、黒ジャージの少年の顔を覗き込む。


「フフフ……!

 しかし僕としたことが、ちょっと本気を出し過ぎてしまいました。

 ゆっくりいたぶるつもりが、一撃で殺してしまった」


 もうダメだ……!

 終わった……!


 俺が思ったその時、

 突然氷に亀裂が入るピシピシという音がしたかと思うと、高さ10メートルはある氷像が爆音と共に砕けちった。


 中から黒ジャージの少年が現れる。

 驚くべき事に彼は無傷に見えた。


「頬白。

 お仕置きの時間だ」


 少年が言い放った。





 ◆




 ―――眠視点―――



 先に動いたのは頬白だった。

 奴は俺の左側に回り込み、手の袖から出した小さいナイフのような武器で死角から俺を攻撃してくる。

 更に一瞬でその武器がなんなのか察した俺は、躱すことなく掌で刃を受け止めた。


「ブラッドドッグの麻痺牙だ!!

 これで貴様の体は痺れゲンッ!?」


 言っている間に頬白の腕を掴み、反対側の拳で顔面を打つ。

 整っていた頬白の顔が、しぼんだゴム毬のように変形した。

 首ごと吹き飛ばないのは、そうならないよう俺が調整したから。


 ちなみに俺の体に麻痺は効かない。

 ブラッドドッグを2000体狩った時点で手に入れた称号『ブラッドドッグキラー』の効果により、麻痺を打ち消す効果を得ている。


「う……ぐ……ぐあああああッ!!!」


 一瞬気を失っていた頬白が叫び、今度は右足で蹴りを放ってきた。

 俺はその蹴りを脇腹で受けると、そのまま地面に倒れ込むようにして奴の足を圧し潰す。


「ぐぎゃああああああ!?」


 頬白の悲鳴が上がった。

 足の骨が折れたのだ。


「ひいっひいっ!?」


 頬白は苦痛にあえぎながら、芋虫のように這いずって俺の傍から離れようとする。

 やがて2メートルほど離れた頃、奴がコートの内ポケットから液体の入った小瓶を取り出した。

 その中身を折れた右足に掛ける。

 すると折れていた足が一瞬で癒える。


 あの小瓶の中身はポーション……いや、その上級アイテムの『エリクサー』だろう。

 吸血鬼族や力鬼オーガ族といったかなり高ランクのモンスターが時折落とすアイテムで、質の低いものでも欠損部位を元通り再生できる。


「面白いものを持っているじゃないか」


 俺は奴の手から小瓶を取り上げると、今回復した足を再度踏みつぶした。

 ボギィという鈍い音がして、頬白の足が折れる。

 俺はその足に再びエリクサーをかけてやった。

 再度足を踏み折る。


「あ……が……ッ」


 余りの痛みに声も出せないらしい。


「少しは反省したか?」


 俺は奴の頭を掴み上げ、その顔を覗き込んで尋ねた。

 すると頬白は、


「ヒギイイイイイイッ!」


 素っ頓狂な悲鳴を上げながら、俺の顔面に両手を向けてきた。

 直後、その手のひらから無数の氷のつぶてが放たれる。

 お得意の氷属性魔法だ。

 今の俺にとってはそよ風にも等しい。

 まつ毛の先を僅かに湿らせる程度。


 それぐらいの事はこいつにも分かっていそうなものだが、現実を直視したくないのかいつまでも魔法スキルを連発してくる。


 そよ風がいい加減煩わしく感じてきた俺は、奴の足を摘まみ上げて、無防備になった腹に拳を突き入れてやった。


「ゲフォウォッ!?」


 奴の体が振り子のようにブランブラン揺れる。

 拳を突き入れるうちに、奴の顔から生気が失われていった。

 両手をだらりと下げて、まるでトカゲの死体のように伸びる。

 気を失ったのだ。

 その顔にまたエリクサーを掛けてやって、強引に奴を起こす。


「聞け頬白。

 お前はこれまで何人もの探索者からレベルを奪ってきた。

 レベルを奪われるということがどんな気持ちかお前に分かるか?」


 そして俺は尋ねた。

 すると血の気を失いつつあった頬白の顔に、怒りの色が灯る。


「し……知るかッ!!!

 ザコの気持ちなど、分かる訳もないッ!!!」


 そして逆上して答えた。


 分かる訳もないか。

 だったら分からせるしかないな。


 そう思った俺は腰に差していたナイフを抜く。

 右腕を失えば、もう『レベルイーター』は使えない。

 そうなれば、奴もレベルを失ったものの痛みが少しは分かるだろう。


 そう思い俺は右腕を切断しようとした。

 だが、意外と硬い。

 何か巻かれている。


「ば、バカめ! 右腕を攻撃されることぐらい想定済みだッ!!」


 どうやら俺が以前手に入れたレアアイテム『金剛手こんごうしゅ石帯せきたい』を右腕に巻きつけているようだった。


 なるほど。

 どこまでも用意のいい奴。


 俺は半ば呆れながらナイフを持つ腕に力を入れると、一息に石帯ごと腕を切断した。

 数メートル先の地面に切断した奴の腕が落ちる。


「ぐぎゃあああおうううううう!!?

 おっおっ俺の右手があああああ!?!?」


 頬白は切断された右腕を一生懸命に拾う。


「な、なぜだ……ッ!?

 この石帯は物理的に破壊できないはず……ッ!」


「マーキュリーで取引されているアイテムの説明欄は、そのアイテムの所持者が記載したものだ。

 事実と異なることも多い。

 そんな事も知らないのか?」


「く、くそ……!?」


「自分が得意としているものを奪われた気持ちはどうだ頬白。

 少しは気持ちが解ったんじゃないか?」


「ぐうううううううッ!!?」


 頬白は懐からまたエリクサーの入った小瓶を取り出すと、腕に掛けた。

 再び腕が繋がる。


「なんだ、まだ持っていたのか。

 だったらもう少し楽しめそうだな?」


 俺がそう言うと、


「ひっ……!?」


 頬白の顔からまた血の気が引いた。

 そして俺の前で跪いたかと思うと、


「ままま待ってくれ……!

 謝る!

 謝るから!!

 頼むから許してくれ!!!」


 土下座してそう言ってきた。

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