第45話、俺の最高効率レベリングⅢ

 ――頬白聖視点――



「これが俺の最高効率レベリングだ」


 黒ジャージの少年が言った。

 生意気にも背中越しにこの僕を見下ろしている。

 それというのも余りのレベルの高さに僕が腰を抜かしてしまったからだった。


 こんな子供がレベル3000……!?

 そんなはずはない……!


 そんな風に狼狽えてしまった僕だったが、数秒も経つ頃には平静を取り戻した。

 余裕の笑みを形作って、その場に立ち上がる。

 僕の名探偵にも劣らない頭脳が、既に真実を導き出していたからだ。


 フ……!

 よく考えろ。

 こんな現実があるものか。

 あの『3000』という数値は、単なるアプリの故障だ。

 さもなくば、こいつが何か細工をしたに違いない。


 なぜならこいつのレベルを吸ってから、まだ1か月。

 この僕でさえ、以前のレベルからは700程度しか上がっていないのだ。

 それも半分以上はこいつのレベルを吸って上がったもの。

 従って『3000』という数値は物理的におかしい。

 あり得ない。

 つまり今の画面はハッタリ。

 僕の動揺を誘うために、加工して作った写真か何かだろう。

 恐らくレベルイーターも効かなかったのではなく、吸うレベルがなかったのだ。

 こいつのレベルは1のまま。

 スタミナやステータスは、アイテムもしくは魔香水で強引に上げているのだ。


 その目的は単純。

 今の写真で勝てないと思わせ、僕に自首させようとしている。

 こいつが僕に勝てるとすれば、その方法しかないからだ)


「やれやれ。

 この僕としたことが、とんだ醜態を晒してしまいました。

 ですがアナタの作戦は既に看破済み。

 残念でしたね」


 僕も淡々とした口調で言い返す。


「策略を見抜かれた以上、アナタにもう勝ち目はありません。

 命乞いをするしかないでしょう。

 ですが、もちろん許しはしない。

 四肢を捥ぎ腹を引き裂き腸を潰し、

 一瞬でも僕に恥を掻かせたことを、後悔させながら殺して差し上げます」


 僕は普段閉じがちな目を僅かに開いて、黒ジャージの少年を睨みつけながら言った。

 だが不思議な事に、奴の顔に動揺は見られない。

 それどころか。


「頬白聖。

 お前の選択肢は1つだ。

 自首しろ。

 全ての罪を認めて、全ての犠牲者に謝罪し、心から反省してその罪を償いたいと言うのなら命だけは助けてやる。

 お前のような存在をのさばらせてしまった業界や社会にも責任はある。

 だが自首しないなら、この場で俺が斬り殺す」


 奴は抜き身のナイフを片手に持って、訳の分からない事を言ってきた。

 僕は笑ってしまった。

 あくまで強気な態度を崩すつもりはないらしい。


 まあ、それはそうか。

 一度ハッタリをかましてしまった以上は演技を続けるしかないからな。

 可哀そうに。


「おやおや。

 まだ自分が強者であるという演技を続けるつもりですか。

 仕方ない。

 現実を教えてあげましょう」


 僕はハッキリ奴にそう言った。


 見ていろ。

 今にこいつの顔から一切の表情が消える。

 代わりに現れるのは、絶望の表情。

 この僕に逆らった事を後悔し出す顔だ。


 そう思って僕は奴の顔を観察していたのだが、奴の顔からは一向に表情が消えない。

 それどころか、僕の事を見返してニヤリとほくそ笑む。


「そう言ってくれて何よりだ。

 これで心置きなくブチノメすことができる」


「なにッ!?」


 僕が驚いている内に、目の前に居た黒ジャージの少年が横に跳んだ。

 先ほどの僕と同じく、猛スピードで僕の背後に回り込もうとしてくる。


 思った以上に速い!?

 何を使って上げたのかわからないが、かなりの素早さAGIだ!


「だが見えているッ!」


 僕は言い様、後ろ回し蹴りをした。

 ちょうど僕の背後にやってきた奴の顔面にクリーンヒットする軌道だった。


 このタイミングとスピードなら、奴のステータスでは到底避けられまい!


 そう思った刹那、視界から黒ジャージの少年が


 なんだ!?


「遅い」


 同時に背後から奴の声が聞こえる。


 いつの間に背後にッ!?


 僕は脊髄反射的に肘鉄をかました。

 肘鉄は奴の顔面にクリーンヒットした。

 そのまま奴の顔が紙細工みたいにひしゃげ……。


「!?」


 

 打たれた肘越しに、僕を無表情で睨みつけてくる。

 その獣のような眼差しに僕は根源的恐怖を感じた。


 どうしてそうなっているのか、理解できない。

 僕の想定では奴の顔面は砕け散り、体は数十メートル後方へと吹っ飛んでいるはずだった。

 なぜそうならない!?


「な……なんだああああああッ!?」


 僕は叫びながら右手で奴の顔を掴んだ。

 そしてもう一度『レベルイーター』を使う。

 連発する。


 だが何も起きない。

 黒ジャージの少年も微動だにしない。


 まさか本当にレベル3000……ッ!?


 思っている内、奴が僕の右腕を掴んだかと思うと、空いた方の手で僕の脇腹に向かって拳を突き入れた。

 棒立ちであることと、距離が短いこと。

 その2つの理由から、明らかに威力が出るような拳ではなかった。

 だが。


「ぶぐうッ!?」


 このBランクダンジョン中を振動させるかのような、ボゴンッという鈍い音と衝撃が僕の全身を駆け巡った。

 奴の拳の一撃で、僕の体が吹っ飛ぶ。

 僕はそのまま、数十メートル先にあった魔鉱石の岩石群を幾つもぶち壊し、その先にあった水面をパチュンパチュンと水切り石のように跳ねていき、更にその先にあった巨大な岩盤に逆さに打ち付けられて止まった。

 殴られた脇腹を中心に、張り裂けるような痛みが僕の全身を刺し貫いている。


「がっ……はッ……!」


 僕は瓦礫の中に伏せったまま、嘔吐するように吐血していた。

 反撃など、できない。

 ただ脇腹を両手で押さえて、ジタバタともがくだけ。

 余りにダメージが大きすぎて、立つことができないのだ……!


「HPが残り30パーセントを切りました。

 ただちに探索を止め、速やかにダンジョンより帰還してください」


 直後に、スマホアプリから警告がなされる。


 たった、一発だぞ……ッ!!

 たった一発で、この頬白聖が……ッ!

 ダンジョンから帰還しろだと……ッ!?


 そんな風に愕然としていると、やがて僕の前に黒ジャージの少年が歩いてきた。

 そして、


「もう少しやるかと思ったんだが。

 想定以上に弱いな。

 頬白」


 僕を見下げるようにして言った。

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