『X』本戦

 三十畳の石造りの室内には、真剣な面持ちの八人のプレーヤーが揃っていた。


 男が自分を含めて四人。女が五人。

 

 正面には古びた木製のドアが九つ。たった今通り抜けたドアと同じものだ。


 スクリーンが宙に浮いており、そこには自分を含めたプレイヤーのデータと顔写真が映し出されていた。


 【リアル・プレイヤー杏(あん)】


 【性別・女】


 【年齢・16】


 【身長・155】


 【体重・44】


 【フリーター】

 



 【リアル・プレイヤー桃葉(ももは)】


 【性別・女】


 【年齢・26】


 【身長・163】


 【体重・50】

 

 【インストラクター】




 【リアル・プレイヤー愛(あい)】


 【性別・女】


 【年齢・34】


 【身長・158】


 【体重・48】

 

 【事務員】


 


 【リアル・プレイヤー朋美(ともみ)】


 【性別・女】


 【年齢・44】


 【身長・160】


 【体重・52】

 

 【主婦】




 【Xプレイヤー雪乃(ゆきの)】


 【性別・女】


 【年齢・22】


 【身長・168】


 【体重・47】

 

 【無職】



 目を見張るほどの美人がいた。漆黒の髪のボブヘア。妖艶な切れ長の瞳。彼女は、よく見ると『Xプレイヤー』だった。


 室内の片隅で腕を組んで座るセーラー服姿の雪乃を見る。


 このゲームで三回以上、生還している……すげぇ……と思った。だが、なぜ……二十二歳で何故セーラー服?


 続いて男のデータを見た。



 【リアル・プレイヤー颯】


 【性別・男】


 【年齢・17】


 【身長・184】


 【体重・66】

 

 【高校生・帰宅部】

 



 【Xプレイヤー洸(こう)】


 【性別・男】


 【年齢・17】


 【身長・175】


 【体重・55】

 

 【高校生・ボクシング部】




 (俺と同い年の『Xプレイヤー』か……大したヤツだ。)


 

 【リアル・プレイヤー直樹】


 【性別・男】


 【年齢・38】


 【身長・172】


 【体重・60】

 

 【サラリーマン】



 そして、最後の男の名前を見た瞬間、驚いて目を見開いた。


 【リアル・プレイヤー豊】


 【性別・男】


 【年齢・18】


 【身長・177】


 【体重・68】

 

 【高校生・帰宅部】



 「…………」


 マジかよ!?


 なんでアイツがここに!?


 咄嗟に後ろを振り向くと、昼間空き地で蹴りをお見舞いした新庄豊の姿があった。


 豊も颯を見ている。


 颯に歩み寄り、話し掛けてきた。

 「何故、お前がここに?」


 「……。勇気の為」


 「なるほど。オレと同じか。それにしても……『X』の本戦って……いや、なんでもない」


 一緒につるんでいた松木明彦が勇気と同じ目に合ったのだろうと理解した颯は、それ以上聞くのをやめた。


 そもそも友人ではないので、二言だけ話して二人は背を向ける。


 だけど……恐怖感でいっぱいだったオレは誰かと喋りたかった。


 颯は雪乃に歩み寄り、隣に腰を下ろした。

 「『Xプレイヤー』なんでしょ?」



 「データ見りゃわかるじゃん」そっけなく答えた。「あんた……」スクリーンに映し出されたデータを見た。「颯はどうして『X』に?」


 「友達をさらわれたから。今酷い怪我して苦しんでる」


 「そう……」


 「雪乃さんは?」一応年上なので“さん”をつけた。



「雪乃でいい。『X』にログインした理由は……颯に関係ない」


 「…………」

 (超美人なのに……感じ悪い。てか、女にそっけなくされたの初めて……)


 「セーラー服着てるからタメかなって思ったんだけど、年上だったから一応“さん”をつけてみただけ……」


 「コスプレが好きなだけ」


 「そ、そうなんだ」



 雪乃も賞金や刺激や興奮目当てなのだろうか?


 颯ははっとした。


 そう言えば、青木の姿が見えない。

 

 Xプレイヤーなら知っているはずだ。


 雪乃に青木の事を訊いてみた。


 「『Xプレーヤー』の青木ってヤツがいないけど」


 「アイツは難易度の高いゲーム専門だから。金と刺激と興奮の虜になってしまったバカな男よ」


 他にもスカルは何者なのか、とかいろいろ聞きたい事があったが、どこからともなくゲーム開始の合図が聞こえた。


 「プレーヤー諸君、正面のドアに入りたまえ」


 重苦しい溜息を付いて、颯が腰を上げた。


 『椅子取りゲーム』でさえ、恐ろしかったのに、このドアの向こうを考えると、怖くてたまらなかった。


 「どのドアに入っても最初は同じ」雪乃が颯に言った。「じゃあね。颯が天国に行けるように祈ってる」


 「……」

 (オレは死ぬわけにはいかないんだ。どのドアに入っても一緒なら、近くのドアでいいや……)


 颯は正面のドアを開けて入った。


 かなり狭い煉瓦造り室内。


 広さは二畳ほど。


 たった今通ったばかりのドアがスーッと消えていった。


 天井には今にも切れそうな電球が点滅を繰り返している。


 圧迫感のある室内に設置された木製の棚には、武器が用意されており、その下にはいつも履きなれたスニーカーが置かれていた。


 何故こんなところに? という疑問はあったが、足を通す。


 棚の上に置かれた武器に目をやる。


 鞘にベルトが施された刀。


 そして拳銃(リボルバー)。


 颯は刀を手にして、腰に装着した。


 次に拳銃を手にする。


 思った以上にずっしりとした拳銃の銃弾の数を確認してみる。


 たったの三発。


 これで足りるのだろうかと思いながら、腰に収めた。


 日本刀に施されたベルトのお蔭で、ピタリと腰に収まる。


 ふと下を見ると、河原に落ちていそうな小石が目に留まった。


喧嘩の場合、素手で殴るより、ゴツめの指輪などの装飾品をつけていた方が相手にダメージを与えられる。


 気休めにその小石を拾い、ポケットに入れた直後、突如室内が赤く染まった。


 天井を見上げると、今にも切れそうだった電球が赤い光を放っていた。


 これからどんな恐ろしいゲームが始まるのだろうか……不安に駆られる颯。


 スカルの声が室内に響いた。



 「プレイヤー諸君よ、只今から『X』の本戦を開始する。ルールは簡単だ。ゴールまで生き抜き、生還者となれ。

 Xモンスターに消去されるか、Xモンスターを消去するか……さあ人間たちよ」単調に語り、スタートの号令を掛けた。「『Xゲーム』スタートだ!」


 目の前に立ちはだかる煉瓦の壁も、何もかもが消え、コンクリート打ちっ放しの無機質な室内に変化した。


 距離を隔てた向かい側の壁には、ドアが一つ。


 そのドアには、【STAGE】と書かれた銅製のプレートが掛かっていた。


 どうやらここは、【STAGE】へ進むための入口らしい。


 だが、そのドアを塞ぐように得体の知れない化け物が十匹 横一列に整然と並んで足踏みしていたのだ。


 痩身で青白い肌。


 床に付く長い腕。


 青い糸で細かく縫われた口。


 眼球はくり抜かれ、黒く穴が開いている。


 脇腹から骨盤にかけて大きく裂けた傷口は、口と同じ青い糸で縫合されていた。

 (なんなんだ、この化け物は)


 宙に浮いた状態のスクリーンには、化け物のステータスが表示されている。自分が動くとスクリーンも動く為、これは常に自分と並行して進むのだろうという事を理解した。


 

【Xmonster・status】


 【name アイズシーカー】


 【sex 不明】


 【length 2m50cm】


 【HP 3890】


 【MP 1230】


 【speed ★★☆☆☆】

 

 ここを抜けなければ【STAGE】に突入できない。


 アイズシーカーが一斉に飛びかかって来たら、間違いなく殺される気がする。


 だが、足踏みしてるだけで攻撃してこないこいつらを斬るのは容易いことかもしれない……


 颯は腰の刀に手を当て、攻撃態勢に入ったその時―――



 アイズシーカーの縫合された腹の傷が大きく開き、一気に青い糸が弾け飛んだ瞬間、鋭い牙を持つ鰐鮫の口へと化した。


 粘性のある唾液を垂らして、こちらに向かって歩を進めてきた。長い腕を前に突き出し、ゆらゆらと揺らしながら、颯を探している。


 驚愕の光景に悍ましさを感じた颯は数歩あとじさったとき、刀を収めた鞘が後方の壁に当たった。沈黙の空間にコツンと小さな衝突音が響いた瞬間、アイズシーカーは颯のいる方向へと一斉に首を向けたのだ。


 颯は、はっとした。


 そうか、こいつら目がない。


 暗黒の世界で手探りと音だけを頼りに生きているんだ。


 ポケットに収めた小石を取り出し、じっと見つめた。


 やるしかない!


 颯は一か八かの賭けに出た。

 

 自分が立つ反対方向の壁に向かって小石を勢いよく投げ飛ばした。


 小石が生死を分ける衝突音を響かせる。


 腹の口から唾液を垂れ流すアイズシーカーが群れを成し、音を響かせた方向に向かった。

 

 颯は賭けに勝ったのだ。


 足音を立てず、だが素早く、歩を進める。


 手に汗を握りながら、辿り着いたドアの取っ手を回し、【STAGE】へと足を踏み入れた。


 その室内は、武器が置いてあった狭い部屋の雰囲気にそっくりだった。そこにはステージ名が書かれた銅製のプレートが掛かったドアが三つあった。


 【モルモット研究所】


 【巨大ゾンビの大地】

 

 【マジックハンドルーム】


 この三つのドアから次に進む【STAGE】を選択するのか……


 どれもイヤだな……


 壁に設置された木製の棚には、牛乳瓶に入ったトマトジュースらしき飲み物が用意されおり、その横にメッセージが添えられていた。


 【喉は渇いていませんか?


 人間の体に必要な各種ビタミン・ミネラル等が含まれております。


 毒は含まれておりませんのでご安心を。


 世界でたった一つだけのミラクルフレッシュドリンクです。


 どうぞご堪能あれ。

 

 尚、この先に給水所は設けられておりません】



 颯はドリンクを手にした。


 この先どこまであるのか分からない。


 飲んでおいた方がいいだろうと思い、口にした瞬間、余りの不味さに吹き出してしまった。


 「まっず! なんだこれ!?」

 (血腥い!飲めたもんじゃない)


 目を凝らして瓶の底を見てみると、何かのカスが沈殿している。


 それに奇妙なものが浮遊していた。


 まるで生肉みたいだ……


 気持ち悪くなった颯は唾と一緒にドリンクを吐き出し、瓶を棚の上に戻した。


 水が飲みたい……


 溜息をついて、三つのドアに目をやった。


 どのドアを進むべきなのか……


 選んだドアで生死が分かれそうな気がする……





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