第8話 内ゲバ


【内ゲバ】





足利義輝を殺害し磐石を図った三好家だが、やはり三好長逸と松永久秀の確執が表立ち三好家は二分され争いとなる。


内部抗争は長逸が新たに足利義栄を傀儡将軍として擁立し、松永久秀を追い込む。





「この度は、征夷大将軍就任おめでとうございます」



長逸の白々しい言葉に自分が傀儡将軍だと自覚してる足利義栄は心無い言葉で労う…



「そちのお陰じゃ…」



「早速ですが征夷大将軍として謀反者松永久秀の討伐令を…」



「もちろんだ幕府に仇なす者は容赦せん」



傀儡なりに将軍の威厳を見せようとする義栄…



「流石は征夷大将軍、幕府もこれで安泰です…」



「……」



長逸の台詞を歯痒く思いつつも頷く義栄は、足利義輝の二の舞を恐れていた。





三好長逸は松永久秀の討伐令を近隣諸国の大名に幕府の命令として出した…将軍を引き込んだ長逸が松永久秀を追い込む…


三好勢力で孤立した松永久秀は劣勢になり京を追われる。



逃げた松永久秀は長逸に対向するために足利義輝の弟、足利義昭を将軍に擁立しようと考え人目を避けて尾張に向かう。





尾張国 清洲城



足利義昭を将軍に擁立するには朝廷の容認が必要になる…その為には義昭を京に上洛させなければならない、しかし上洛までの道のりは当然三好長逸が妨害して来るはず…となればそれらを退けられる強力な護衛が必要だ…


松永久秀は、今ちまたで話題の織田信長に目を付け足利義昭上洛の護衛を勤めて貰おうと清洲城にやって来た…


織田家では家臣達が将軍に護衛を頼まれる名誉を喜んだが、とうの信長は我関せずで家臣達に丸投げした状態だった。



織田家 重臣


「松永殿がお待ちです」



信長


「任せると言ったでしょ…」



重臣


「しかし、挨拶ぐらいは…どうかお願いします…」



信長


「仕方ないわねぇ…先に行ってなさい」



やる気の無い信長を不安に思った家臣達が信長をそそのかす…



重臣


「…着替えては」



信長


「えっ?」



重臣


「新しい舶来の衣装が届いてましたよ…」



信長


「…あれに着替えろと…」



織田家 家老


「信長様は何でも着こなす能力…美しさをお持ちだ、きっと素晴らしい姿になるかと…」



信長


「フフッお前は、口が達者だな…」



重臣


「松永殿は美術にも詳しい方、信長様の美しさを見せ付けてやりましょう」




おだてられてると分かってはいるが、家臣達に乗せられて信長は新しい舶来の洋服に着替える…



心なしか衣装のお披露目が楽しみになった信長は本気でご機嫌になっていた。




信長


「お待たせ」



松永久秀


「……!」



… 誰だ!女…? まさか…これが尾張の大うつけ…信長? 京で見かけた時は髭面の男だったはず…そうか…尾張の大うつけは傾奇者だったのか…



信長


「この衣装はポルトガルの王族の衣装よ…どうかしら?」



松永久秀


「……すっすみません、以前お見掛けした時と違い、余りにも美しいので見とれてしまいました…」



信長


「フフッ…でも以前って何処で会ったかしら?」



松永久秀


「いや、私が京でお見掛けしただけです…」



織田家 重臣


「京には影武者が何度か行ってます…松永殿が見掛けたのはたぶん影武者の方でしょう…」



松永久秀


「なるほど…通りで、本物の信長様がこれほど美しいとは…」




日本人には似合わない西洋の服を着こなす信長の美しさに驚いた松永久秀だが…何よりも立て続けに名のある大名を倒した男が傾奇者だった事に驚いていた。



信長


「フフッ 細かい事は貴方達で話し合って」



信長のフリで家臣達が改めて挨拶をする。



織田家 家老


「この度は将軍護衛の任命ありがとうございます」



松永久秀


「とんでもない、礼を言うのはこちらの方です…引き受けて頂き感謝します」



信長


「それじゃ後は任すわよ、私はこれで…」



気を良くした信長は衣装を見せびらかすため城内を回りだす。



松永久秀は信長の護衛を取り付けると、足利義昭上洛の妨げになる織田家と斎藤家の抗争を将軍家足利義昭の名で停戦協定を結ばせ仲裁したり、上洛の段取りを織田家 重臣達と細かく確認するなど…足利義昭将軍擁立の上洛作戦は順調に進んでいた。





いっぽう三好長逸 三好宗渭 岩成友通の三好三人衆は、足利義輝上洛の気配を察知して上洛阻止の策略を立て長逸が動き出す。





美濃国


斎藤家領土 稲葉山城



三好長逸は足利義昭の上洛を阻止する為に、織田軍と争っている斎藤龍興を取り込み足利義昭が促した停戦協定を反故にさせ織田軍に奇襲させようと斎藤龍興の下へ向かった。



斎藤龍興は三好三人衆と同盟を組むことを、既に同盟を組んでいる六角義賢に知らせた…


知らせを聞いた六角義賢は直ぐに稲葉山城に向かいこれは政権に携わる絶好のチャンスだと二人で話し合いをしていた。



六角義賢


「政権に関与する話が出るまでは、返事を濁した方がいい…」



斎藤龍興


「分かってる、何とか三好政権の中枢に入り込んでやる…」



龍興の家臣が三好長逸の到着を知らせに来た。



斎藤家 家臣


「三好長逸様が到着しました」



斎藤龍興


「通せ」



六角義賢


「俺は隣の部屋で聞いてる」



奥の部屋に入り聞き耳を立てる義賢…



斎藤家 家臣


「三好様をお連れしました」



三好長逸


「失礼する」



三好長逸は斎藤龍興の返事を待たずに襖を開け中に入った、上から目線の態度だ。



斎藤龍興


「お待ちしておりました…そちらにどうぞ」



龍興は下手に出て、長逸の出方を伺い足下を見るつもりだ…



三好長逸


「早速、本題に入るが…お互いの利害が一致しての今回の同盟…だが、私は政権にも協力して貰うつもりだ…」



襖に隠れた六角義賢の想像通り、三好長逸は権力の参加を認めて来た…足利義昭の存在が三好にとってそれほど驚異だと言うことだろう。



斎藤龍興


「こちらとしては、その条件なら是非…」



思いの外あっさり狙い通りに話が進み歓びを隠せない龍興を見透かした長逸は織田軍を叩く様に指示する…



「斎藤殿には、護衛の織田軍を叩いて貰いたい」



「もとより宿敵の信長…冥土に送って見せましょう」



「我々は足利義昭を狙います」



この話に斎藤龍興は気を良くしているが襖の陰で聞き耳を立てていた六角義賢は、斎藤家だけで織田軍と戦えと言う長逸に不振を抱く… 三好長逸は政権関与を餌に龍興を捨て駒にするつもりかと考える。



事実、長逸は信長と龍興の共倒れで充分だと考えていた…長逸はあくまでも足利義昭の首を取れば良いのでそれに邪魔な織田軍を斎藤龍興に任せようと言う腹だ。




陰で話を聞いていた六角義賢が突然襖を開けて入って来た…



しかし特に驚いた様子の無い長逸が六角義賢に話かける。




「どうだ、お互い得しかない同盟だと思わないか…」




六角義賢


「… その話が本当ならな」




「六角殿にとって斎藤殿は同盟国…なら三好とも斎藤殿と同じ条件で同盟を結ばないか?」




六角義賢は長逸の問い掛けに答えず、質問を返す。




「……俺が居るのを驚かないのは、居ると知ってたからだな」




長逸の問い掛けに答えず、問い詰める六角義賢にイラつく長逸…




「それが…」




「要するに、我らを探っていた…同盟相手をこそこそ調べてたのは我らを信用してない証し、政権に関与させると言う話は信用出来ないな……」




信用されてない相手を信用は出来ないと言う六角義賢に、弁明する長逸…




「二人を探っていたのでは無い…足利義昭の手の者が潜り込んでないか警戒していただけだ…」




長逸の弁明を信用した訳ではないが一旦その言葉を飲み込み、別の話で揺さぶる六角義賢…




「なるほど、そうですか……しかし足利義昭の上洛を阻止する為なら我々が政権に関与しても良いと言うのは、三好政権が擁立した足利義栄では相当部が悪いと言う事ですか…」




足利義昭は殺された前将軍足利義輝の弟、足利義栄は前将軍とは従兄弟の関係…



血筋で義昭が正統、しかも義昭が将軍になると三好家は兄の仇になるので三好三人衆は是が非でも上洛を阻止したい。




「そうだ、だから何だ…」




「我々が政権に関与出来る証しが欲しい…口約束を後から反故にされたくない…」




「証しだと…」




「そう… 嫡男を人質に出して貰おう」




長逸の顔つきが変わった…それを見て六角義賢と斎藤龍興も威圧されまいと表情を堅くする。




三好長逸

「図に乗るなよ…」




低い声で放つ一言…けして大声では無いが長逸の静かな威嚇は二人を怖じ気づかせた。





三好長逸は日本の政権の実質トップ…それに対して斎藤龍興は父親の急死で家督を継いだがまだまだ若輩者の大名、六角義賢も長逸とは格が違う…



虚勢を張っていたが、そんなものは通用しない…図に乗るなの一言で長逸と二人の上下関係が確定した…




三好長逸


「織田と揉めてるお前達も義昭が将軍になると目の敵にされるぞ…そうなったら困るのは誰だ」




斎藤龍興


「困るだと、成り上がりの織田など我らだけで充分だ」




三好長逸


「馬鹿が、義昭を上洛させれば織田だけじゃない…幕府も敵に回す事になる…」




足利義昭上洛の功労者織田信長に幕府は当然肩入れする…従って織田家の敵は幕府の敵にもなる。




幕府を敵に回せば諸国の大名を敵にしかねない、押し黙る二人…どちらにせよ二人にはもう三好勢に付くしかなかった。




三好長逸


「分かったか… だが足利義昭上洛を阻止すれば幕府の敵はあいつらだ… これはどちらが幕府の権力を手に入れるかの攻防だ‼」




斎藤龍興


「…織田が足利義昭に付いた時点で、我々は同盟だったか…」




三好長逸


「… そう言う事だ」





各々の利益のために纏まった同盟だが…あくまでも手綱を握るのは三好長逸だ。








参考文献


松永久秀Wikipedia

三好政権Wikipedia

天野忠幸『三好長慶』ミネルヴァ書房、2014年。ISBN 978-4-623-07072-5。

天野忠幸『三好一族と織田信長』戒光祥出版〈中世武士選書31〉、2016年。ISBN 978-4-86403-185-1。

天野忠幸 『松永久秀と下剋上 室町の身分秩序を覆す』 平凡社〈中世から近世へ〉、2018年。ISBN 978-4-582-47739-9。

天野忠幸編『松永久秀 歪められた戦国の"梟雄"の実像』宮帯出版社、2017年。ISBN 978-4801600577。

今谷明『戦国三好一族』洋泉社〈MC新書〉、2007年。ISBN 978-4862481351。

金松誠『松永久秀』戎光祥出版〈シリーズ・実像に迫る009〉、2017年

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