第35話
彼との情事をあの人に書かれても構わない。
代わりにアヤとアヤのご主人とのセックスも描いてくれて構わない。
その日も、私達は愛し合っていた。
夫婦の営み。秘め事。だめだ。暴くのはどうか最後の手段にしてほしい。
勤めている書店に、小川彩美がやってきた。あれから配属先が変わり自宅近くになった。二時間の読書電車通勤も悪くなかったと思うほど時が立って。彼と出会った街で暮らし、そこに異動が叶った。結婚とは。もちろん他店舗へ数名の社員と視察に行くこともある。すこしだけ、本が読めそうな人の顔をしていた。すずめの戸締まりの文庫をレジに持ってくる。応対する。
「七百四十八円です」。
小川が千円と、一円を財布から探し、やはり
「千円で」
「はい!」
接客が好きだ。
笑顔が自然に出るのも。ネット通販ではなく書店で紙媒体が売れていくのも。
誰が教えてくれたのだろう。
今まで関わってきた全てだ。
父に大腸癌が見つかった、が。治った。
代わりにまだ三十代の兄の体が、憎らしいほど早く病巣に蝕まれた。
家族の話しか出来なかった、本好きの、本を読むしかない少女。十代くらいの小林綾美がひとりで本を読んでいる。ハードカバーは高いから、文庫本。本当は苗字も下の名前も、氏名もなにも、なくなるくらいに。本に夢中。漫画に夢中。
夢の中。
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