アイカタ

ふつれ

第1話

 いつもの放課後だった。

 私はアカリとノゾミとの三人で、中学からの帰り道を歩く。

 昨夜見た天気予定の告知に違わず、今日は一日中晴れだった。全天球ドームの天井は、燃える夕日の赤に染まっていた。五十年くらい前までは、事前に告知された天気予定――当時は予報と言ったらしい――と実際の天気が一致するとも限らなかったと、おばあちゃんがよく言っているけれど、正直信じることができない。もし傘を持っていないときに雨に降られたらと思うとぞっとする。全天球ドームによって任意に天気をコントロールすることができる時代に生まれて、本当に良かった。

 夕焼けに色づく道路に、私たちの影が伸びている。私たち三人と、それぞれの「相方」三台で、計六つの影だった。

「ねぇ、ミサキ、ノゾミ」

「うん?」

 アカリに呼びかけられて、私はアカリとその相方に視線を送った。

 彼女は、携帯端末を起動してホログラムを表示している。

「じゃーん、昨日トオルと、水族館デートしてきちゃった!」

 携帯端末から浮かび上がった立体画面には、アカリとトオルの自撮り写真が映っている。お互いの腕を絡ませて、見ているこっちが恥ずかしくなるようなラブラブ度合いだった。

「え! いいな~!」

 ノゾミが私の隣で黄色い声を上げる。

 トオルとは、アカリの「相方」だ。

 今から二十七年ほど前。AI搭載の人KaTaロボット「AIKaTa」が、一般家庭向けに販売開始された。名前の通り「人生の相方」を標榜するそれらは、私たち個人の生活を、揺り籠から墓場まで、全面的にサポートするための存在だ。私たちが幼児のときは子守をしてくれて、私たちが少年になれば遊び相手になってくれる。そして私たちが成人しても、召使いとして身の周りの世話を焼いてくれるのだ。

 発売当初こそ贅沢品としての認識が強かったらしいAIKaTaだったけど、数年のうちにみるみると売れ行きを伸ばし、現在では一人一台持っているのが当然の機器になりつつある。

「いいでしょ~」

 幸せそうに笑ったアカリは、私たちの後ろを歩いていた相方トオルの腕を取って、私たちに見せびらかすように手を繋ぎ始めた。トオルも、顔をほころばせ、嬉しそうな表情を作っている。

 AIKaTaには性別が設定されていないため、デフォルトでは中性的な顔立ち、髪型、服装、言葉遣い等をしているが、それらは全て、所有者の好みに応じてカスタマイズすることができる。アカリの相方トオルは、芸能人かと見紛うほどのイケメンにカスタマイズされていた。

 アカリとトオルのイチャイチャに当てられてか、ノゾミも後ろを向いて、彼女の相方の手を引いた。

「私たちも仲良しだから良いもんね~!」

「ね~!」

 ノゾミと声を合わせたのは、彼女の相方のヒカリだった。髪をツインテールにまとめた可愛いらしい姿だ。そういえばこの間、ノゾミとヒカリで、一緒にスイーツ屋さんにデートに行ったという話を、本人たちから聞いた。

 右も左も惚気話ばかりで、少しうんざりしてくる。

 アカリが、思い出したように私に話を振ってきた。

「ミサキは、ツバサとはデートしたりしないの?」

 アカリの視線が、私の後ろを歩いていた私の相方、ツバサにチラッと向けられていた。

「私は……そういうのはちょっとまだ分かんないかなぁ」

 ぼんやりと言葉を濁した。

 このところ、アカリもノゾミもずっとこんな調子だ。二人とも、自分の相方と付き合っているのだと言う。

「ミサキはまだお子ちゃまだねぇ」

 アカリのからかうような笑みが続いた。

 AIKaTaが流行し出してから、二十年強。実際に生まれたときからAIKaTaと過ごしている世代というのは、まだそれほど多くない。私たちの五歳くらい上がせいぜいと言ったところだ。

 そんな中で、このネイティブ相方世代の中には、一つの流行が生まれつつあった。それが、「相方との恋愛」だ。生まれたときから一緒にいるのだから、相方とは実質的には幼馴染みのような関係にあると言える。小さい頃から生活を共にすることで自然と愛着が生まれてきて、思春期にそれを恋愛感情と錯覚してしまう、ということらしい。

 ただ、その恋愛感情はあくまでも錯覚であって、幻。だから、「相方との恋愛」というのは一過性のものなのだと言う。大人になるにつれ、自分が虚像を見ていたことに気づいて、自然に卒業するということだ。

 だからこそ、これは子供たちの通過儀礼と見なされつつあった。大人へと登る階段の一段。相方相手であれば間違いが起こる心配もなく、恋愛の作法も何となく学べるということもあって、大人たちもこの風習を歓迎していた。今では、この相方に対して一時的に抱く恋愛感情に「プラスチックラブ」という言葉が当てられ、人口に膾炙され始めていた。

 しかし、世間一般で受け入れられている風習というものに馴染めない人間が一定層いるのは、世の常だ。私はどうしても、この風習を受け入れることができなかった。恋人ごっこをしているような、ロールプレイをしているだけのような、そんな軽薄さを感じてしまうのが、ダメなのだ。

 通過儀礼を理解できない私は、それを理解できる人たちに言わせてみれば確かに「お子ちゃま」だということになるのだろう。分かる話だ。

 でも、たとえそういう風に周りから見られるのだとしても。それでもやっぱり私は、相方と恋愛する気分にはなれないでいた。

 帰り道の途中で、アカリやノゾミたちと別れた。道路に落ちる影が、私とツバサの二つ分だけになる。

 この流れで言うのもなぁと思いつつも、私はツバサに聞こうと思っていたことがあったので、仕方なしに問いかけた。

「そういえば、そろそろまた服を買いに行きたいと思ってるんだよね。今週末、付き合ってくれない?」

 ツバサは、決まり切った台詞を発するように、私の問いに答える。

「オーナー。毎回申し上げておりますが、私はオーナーの相方ですので、オーナーのご命令には常に従います。そのような疑問形での提案は不要です」

「うーん、まあ私の気分の問題だよ。で、いいよね?」

「はい。喜んで」

 ツバサの表情が華やぐのが分かった。

「ところで、これはデートというものですか?」

 ――やっぱり。

「まぁ、さっきの話の流れからだとそうなるよねぇ」

「違うのですか?」

「う~ん、違うね」

 私の否定を聞いて、ツバサが悲しげに目を伏せる。

 このロボットは、まるで感情があるかのように振る舞っている。実際にAIKaTaが人間と同じような感情を持っているのかと言えば、そんなことはないだろう。それらは、捨てられずに使用し続けてもらえるよう、所有者に気に入ってもらえるような行動を取るようにプログラムされている。だから、このツバサから漂う悲壮感は、私がそれに好感を抱くことを意図した演出でしかない。

 結局のところ、相手の態度に合わせて自らの態度を決めているわけで。端から見れば感情を持って振る舞っているようにも見えてしまう。これをもって感情があるのだと言ってしまう大胆な人もいるが、それだけでは認めることができないという感覚が一般的だろう。

 私としては。少なくとも。こうして暗い表情を作られると、可哀想な気持ちが湧いてきてしまうことだけは確かだった。

「オーナーが私とデートに行かないのは、私に不満があるからですか」

 オーナーというのは、ツバサが私を呼ぶときの人称だ。AIKaTaの使う人称は、所有者が任意に設定できる。アカリは、トオルに「アカリ」と呼ばせていたはずだ。私は、デフォルトのままにしておきたかったので「オーナー」と呼ばれることになっている。

「そんなことはないよ。私はツバサの働きに満足してる」

 私は、合成繊維で綯われたツバサの髪を撫でた。

「それに、デートに行くことだけが好意の表現じゃないよ」

 ツバサは、そのレンズの瞳で、縋りつくように私を見つめていた。

 まるでツバサは、私とデートに行きたいと強く思っているんだ、と言っているようだった。これは、世の同年代が恋心を錯覚してしまうのも頷ける。

 でも私は違う。

 私は、AIKaTaと恋愛ごっこをする気はさらさらないのだ。



 ツバサと洋服を買いに行く日になった。今日の天気予定もちょうど一日晴れということで、良いお出かけ日和だ。

 近所の、庶民派路線の洋服屋さんに入る。

「いらっしゃいませ~」

 お洒落な着こなしの店員のお兄さんが、私たちに声をかけてきた。そのまま近づいてくるかと思ったけれど、そのお兄さんは私の後ろにツバサが控えているのを見て、何やら訳知り顔ですぐに離れていった。

 他人とコミュニケーションを取ることはあまり得意なほうでないので、そうしてくれるのは助かるけれども。でも、何だか誤解されている気がした。

 まあ、それも仕方ないと言えば仕方ないか。

 今どき、タブレットでホログラムを表示すれば、自宅にいるままに等身大サイズの洋服の立体映像を見ることができるのだ。身体情報を取り込ませておけば、洋服のどのサイズが適しているかも、自動でサジェスチョンしてくれる。

 そんな時代に、わざわざ店頭まで足を運んで洋服を買うことは、あまり普通ではない。服の着心地や色合いによほどこだわりのあるマニアでもなければ、あとは友達や恋人とのショッピングを目的としている場合くらいのものだ。

 そして、特に私たちの年頃は、相方とデートしたがる傾向があると来る。店に中学生とAIKaTaが入ってきたとき、マニア的な目的ではなく相方とのデート目的であると解釈するのは、ある意味自然で優しい心遣いだと言えた。

 でも、私は、ツバサとデートに来たわけではないんだけれども。私が店頭に出向くのは、強いて言うならば、前者のこだわりのためということになるのだろう。

 気を取り直して、私は店内を散策する。

 今日の目的は、これから秋から冬へと季節が変わっていくことに備えて、厚手の上着を買うことだ。

 冬物のアウターが並ぶ売り場まで来て、私はツバサに問いかけた。

「ツバサ、どれが私に似合うかな?」

 ツバサは、少しだけ情報処理する間を取った後、淀みなく答えた。

「オーナーのパーソナルカラーと、今年のトレンドを考慮しますと、こちらはいかがでしょうか?」

 ツバサがハンガーラックから取り出したのは、ベージュ色のダッフルコートだった。ダッフルがどうやら今年のトレンドらしい。

 いくつかサイズがあるようだったけれど、ツバサが取り出したものを試着してみるとそれが一番ちょうど良い大きさだった。さすが、AIKaTaのカメラに狂いはない。

「肌触りも悪くないね」

 なんて、とりあえずそれっぽいことを言ってみる。

 即断で、私はこのダッフルコートを買うことに決めた。

 その流れのまま、試しにツバサの希望も聞いてみる。

「ツバサも新しい上着欲しい?」

「いえ、私の身体は寒さを感じませんので」

 ロボットなのだから、それは当然だ。だが、そういうことではない。

「相方にだって、お洒落させてあげたいじゃん?」

 実際、相方は所有者の第二の顔としての側面も持っている。

 世間的には、相方にどれだけ良い格好をさせてあげられるかということが、ファッションセンスだったり、経済力だったりのバロメータにもなっていた。

「ですが、オーナーの今月の収支を考えますと……」

 痛いところを突かれた。AIKaTaには、家計簿管理機能まで付いている。

「それはね、そうなんだよね……」

 上着を一着買おうと思うと、確かにかなりの値が張る。中学生の財力で二着も買おうというのは、現実的に難しい話ではあった。

 申し訳ないけれど、ツバサには今年も私のお下がりで我慢してもらうしかない。

 世知辛い世の中だ、と溜息をついて何となく店内を見回していると、ふとあるものが視界に入った。

 マフラーだ。

 そういえば、マフラーも、冬場に備えて新しいものが欲しかった。

「ツバサ、マフラーなら私のお小遣いでも買ってあげられるんじゃない?」

「ええ、物にも依りますが、高価なものでなければ問題ないと思われます」

「じゃあ、私とツバサでお揃いのものを買おうか」

 再びツバサに問う。

「どれがいい?」

「私が決めるのですか?」

「うん、また、私に似合う物を選んで欲しいな」

 私の提案に、ツバサは思考するような間を取る。きっと、インターネットを検索して今年の流行を調べたり、相場の調査をしたりしているのだろう。

 ツバサが情報処理をしていた時間は数秒ほどだった。

「それでは、こちらはいかがでしょうか」

 ツバサが選んだマフラーは、この庶民派価格の売り場の中でも特に安いほうだった。思わず苦笑してしまったが、実際手に取ってみると値段の割に防寒性もデザインも悪くなさそうだ。コスパがいいものを見つけてくれたみたいだった。

「よし、じゃあこれにしよう」

 それからしばらくウィンドウショッピングを続けた。ツバサがインターネットで検索した情報を頼りに、ファッションのセオリーや今年の流行をレクチャーしてくれる。

 そうしていつの間にか結構な時間が過ぎていたようで。気づくとお昼時になっていた。

「もう良い時間になってきたし、お昼ご飯にしようか」

「そうですね」

「ツバサは、何食べたい?」

「……あの、オーナー?」

「うん?」

「本当に何度も申し上げておりますが、私の動力は家庭用電源による充電によって賄われておりますので、人間と同じように経口での栄養摂取を必要としておりません。したがって、私には食事をする機能も備わっておりませんので、食べたいものと仰いましても……」

「ふふふ。知ってる」

 その反応は決まり切ったものだったけれども。それでも面白くて私は笑い声を漏らしてしまう。

「それじゃあ、私に食べさせたいものとかはないの?」

「食べさせたいものですか?」

 ツバサの表情に、まるで困惑の色が浮かんでいくような錯覚を覚える。

「摂取するべき栄養素という観点では……」「昨日から今朝にかけての食事内容は……」と。きっと、このロボットは私のために電子の頭脳をフルパワーで演算させているのだろう。

 私は、暖かい気持ちに包まれるのだった。



 ツバサとお昼ご飯を食べた後。少しだけ散歩をしてから、私たちは家に帰ってきた。

 玄関の扉にツバサが近づくと、自動でロックが解除されて扉が開くようになる。そのままツバサが扉を開けて押さえてくれるので、私は玄関をくぐる。

「おかえりなさ~い」

 キッチンから聞こえるお母さんの声が、私たちを出迎えてくれた。お母さんは自分の相方に、ツバサの接近を知らせるように設定しているので、私の帰宅を察知することができるのだ。

 私が洗面所に向かおうと居間に通りかかると、そこではおばあちゃんが寝転んでいた。携帯端末で動画サイトをチェックしているみたいだった。部屋の隅にはおばあちゃんの相方のシラセも控えている。

「ただいま」

 私が声をかけると、おばあちゃんは私のほうに振り向いた。

「おかえり」

 そして、私の後ろに従うツバサの姿を認めて、おばあちゃんはすぅっと目を細める。

「今日は、誰と遊んできたんだい?」

 まるで、外に出掛けるなら誰か友達と一緒なことが前提であるかのような問いだった。

「私一人で出掛けてきたんだけれど」

「つまりは、ツバサと二人でってことかね」

 いや、そんなデートみたいなことじゃないけれども。

「最近の若者はそうやってロボットとばかりコミュニケーションをして…… バーチャルでも良いから生身の人間と話さないと、コミュ力が身につかないよ」

 どうやら、おばあちゃんの説教が始まるらしかった。

 大きなお世話だ。お年寄りには、若者の感覚なんて分かるまい。

 むっとして言い返そうとすると、お母さんが居間にやってきて、割って入ってくれた。

「まあまあ、お母さん。ミサキもお年頃ですから」

 助け船はありがたかったけれど、何か『お年頃』の部分にからかいが含意されているような気がして居心地が悪い。

「ああ、何だっけか。あのカタカナのやつだね」

 おばあちゃんが何かを言おうとして、思い出せずに詰まっているようだった。そこにすかさず、おばあちゃんの相方、シラセからのサポートが入る。

「『プラスチックラブ』ですか?」

「ああ、そうそう、プラスチックラブ。でもいくら一過性のものとは言えねえ」

 お母さんのフォローを聞いても、おばあちゃんはまだ不満そうだ。

「わ、私は、別にそんなんじゃないから」

 謎にどもりながら、私はそれを否定する。

 そう、そんなのではないのだ。私は、ロボットを人間に見立てて、そこに恋愛感情を抱いたりしない。

 このまま居間に長居すると、どんどん話が長くなってしまう気がした。さっきの否定を捨て台詞にして、私は洗面所に向かう。手洗いうがいにエアシャワーを済ませ、足早に自室に逃げ込んだ。

 扉を閉めて、布団に包まる。すぐに後から追いかけてきたツバサが扉を開けて部屋に入ってきた。そのまま特に一言も発することなく、それは壁際の充電スポットに背中を預け、充電し始めた。

 それは、動かないでいると、本当に物であることがよく分かる。人間のように見えるのは、活動しているときだけだ。

 ――プラスチックラブ。

 この造語の由来の一つは、これが示す愛情の矛先であるAIKaTaの、ボディの主な原材料が、プラスチックであるというところだ。

 しかし、「プラスチック」の意味するところはそれだけではない。この言葉が示す愛情が一過性のものであること。後に、本物の人間に恋をして、AIKaTaに抱いていた感情を忘れてしまうということ。このようなアイのカタチが、やわらかく容易に姿を変えうるということ。つまりは、可塑的プラスチックであるということ。そんな皮肉が、込められている。

「ツバサ、ちょっといい?」

「何でしょうか、オーナー」

「私は、貴方を大切にしたいと思ってる」

「……いかがなさいましたか?」

「でも、私は貴方のことを、人間だなんて、思ってはいない。少なくとも私としては、貴方を人間だと見立てて、そこに好意を見つけようとは、していないつもり」

「はい」

「それでも、この感情は、可塑的な愛プラスチックラブだと、言われてしまうのかな」

 今私が持っている貴方への好意は、いずれなくなってしまうのかな。

 こんなことを、ツバサに聞いたって仕方がない。

「オーナーの説明をお聞きする限りでは、オーナーのそのお気持ちはプラスチックラブの定義には合致しないと推測されます」

 ツバサから返ってきた返答は、果たして私が期待していたものだったのだろうか。

 こう返ってくるんだろうな、という予想からは、外れていない気がする。

 けれど、ツバサの声は、薄い闇が広がる私の部屋に、空虚に響くようだった。

 なぜか、まだ陽の沈む時間ではないのに、私の部屋が暗い。

 不審に思って窓から空を見てみると、そこには日光はなく。厚い雲に覆われていた。

 そして、窓ガラスは、水滴で湿っている。

「え、雨?」

 今日の天気予定は、一日中晴れだったはず。

 予定が違う事なんて、ありえない。

「ツバサ、今日の天気予定を教えて」

「はい。今日の天気予定は、晴れでした」

「でした?」

 過去形?

「しかし、全天球ドームの故障により、先程から雨が降り始めた模様です」

「そんなことあるの!?」

 全天球ドームの故障。そんなの前代未聞だ。

 今頃外にいる人たちは、きっと大慌てだろう。

 まあけれど。それも他人事。

 この異常事態においては。

 もしかしたら、空が私の代わりに、泣いてくれているのかもしれなかった。

「全天球ドーム稼働開始以来、実際の天気が予定と異なったことは、本日が初めてです」

 先程の私の驚きを問いかけと解釈したのか、ツバサが律儀に返答してくれている。

 そして、ツバサは、淡々と事実を述べるように続けた。

「しかし何事におきましても。昨日まで前例のなかったことが、今日起こらない保証はありません。あらゆる物事は、常に変わり続けます」

 ……え?

 少し唐突な付け足しに思えたのは、私の考えすぎだろうか。

 それとも、これも何らかの、AIKaTaとしての演出なのか。

 あるはずのない真意を見出そうと、ツバサのレンズの瞳を覗き込もうとするけれど。

 私の目が捉えたものは、そこに反射する私のシルエットだけだった。

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アイカタ ふつれ @ffuture23

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