調査開始

「休めませんでしたか?」


 定刻にメディカルルームを訪れたシモンは、俺の顔を見るなり言った。


「数値に異常が?」


「環境適応は問題なく完了しています。ただ――」


 シモンはそう言ってからアイボールの上皮を細めてみせた。


「ただ?」


「目にくまが」


 そいつは盲点だった。だがまぁその程度なら環境適応センターを出ても問題はないだろう。


「出かけよう。とにもかくにも事件の現場を見てみたい」


「地下にオートモービルを用意してあります」


「助かる」


 俺はシモンとともにメディカルルームを出て、エレベータへと向かった。


「……嫌な夢を見たんだよ」


 地下へと向かう狭い箱の中で、俺はふと思い出したように言った。


「どんな夢を見たのか聞いても良いですか?」


 シモンが穏やかに尋ねてきた。人間にありがちな過度な気遣いや好奇心などは感じられない。こう尋ねれば拒絶することはない、こう尋ねれば円滑なコミュニケーションが取れると計算した結果なのだろう。


「地球にいたころの夢さ。姉は俺が地球を出ることに反対していてね。火星行きのチケットを手に入れた日の口論をなぞるような内容だった」


 言ってから、そうでもないなと思った。


 ――どうしてあなたが行かなくちゃいけないの?


 ――火星に行ったらもう二度と会えないかもしれないんでしょ? お願いだから危険なことはやめてちょうだい。


 あの日の姉は純粋の俺の身を案じていたのだと思う。でも、昨晩の夢は違った。


 ――お母さん、最近めっきり老け込んで。お茶の間でぼうっとしていることが多いのよ。きっと、あなたのことを考えているんだと思う。


 ――ヨウはお母さんのこと、どう考えてるの? 親の介護は女の私に任せておけばいいって思ってたりしない?


 地球を出てからも何度か姉とは連絡を取り合ったが、母親の介護のことが話題のなったことはない。ただ、母親の痴呆が進んでいるらしいこと。一度だけ、酩酊した

姉とネットワーク通話をしたときに「あなたは良いわね。そうやって、遠くで好きなことだけしていればいいんだから」と言われたことが、俺の深層心理に影響を及ぼし

たのかも知れない。


「ヒューマノイドも夢は見るのか?」


「いえ。スリープ中にログの探査および整理を行うのは事実ですが、その処理は思考回路とは完全に独立しており、わたしたちが知覚することはありません」


「そういうものか。ま、悪夢を見るよりは良いかも知れんな」


 語尾にポーンという電子音が重なって、エレベータのドアが開く。


「ここから一番近い現場は?」


「第四街区です。オートモービルなら三十分ほどで着きますよ」


 時系列でいうと三番目の事件だ。最初の事件の現場から順に回った方が整理しやすくはあるが、ここは効率を優先することにしよう。


「オーケー、まずはそこだ。ナビゲートを頼む」

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