第15話 グレンダさんの店

 カーナの町を出発し、俺はグリンダさんと鉱山街道を北へ進む。

 グリンダさんは話し上手で、鉱山街道を歩きながらおしゃべりが続いた。


「へえ、グリンダさんとアンジェラさんは、同じ冒険者パーティーだったんですね」


「そうなのよ! アンジェラは、前衛で頼もしかったわ。私は魔法使いで後衛ね」


 グリンダさんとアンジェラさんは冒険者パーティーを組んでいたが、厳しい戦闘があり、アンジェラさんの旦那さんが死亡してしまった。ショックもあり、アンジェラさんは冒険者を引退し、冒険者ギルドのスタッフになった。


 一方、魔法使いのグリンダさんは、お店を開いた。


「まあ、店といっても、色々実験ばかりしているけどね」


 グリンダさんは、薬草から魔法薬を作ったり、魔道具という魔法を応用した便利道具を作ったりして過ごしているらしい。


 ダンジョントンネルの手前にグリンダさんの店があり、グリンダさんの店から先、パラスマウンテン鉱山までは、村もないし、店もない。道中に備えて魔法薬や魔道具を買う人が、それなりにいるそうだ。

 日本でいうと、高速道路の間際にあるコンビニやガソリンスタンドみたいな店だな。


 グリンダさんの生活ぶりを聞くと、どうやら気ままなスローライフを満喫しているようだ。


 今日、グリンダさんは、カーナの町に材料や食料品を買い物に来たそうだ。


 楽しく話しながら歩いていたら、すっかり日が落ちて夜になっていた。

 鉱山街道は、既に森の中で、街道は大木を避けて蛇行しながら北へ続いている。森の中は所々月明かりが差すだけで暗いが、鉱山街道を歩きなれているであろうグリンダさんは歩く速度を落とさずに進む。


「ねえ。ソーマ君。君、誰かに恨まれるとか、狙われるとか、心当たりはないかな?」


 グリンダさんが、軽い調子で世間話をするように物騒なことを言い出した。


「えっ!?」


 俺は思わずグレンダさんの顔をまじまじと見た。グレンダさんは笑顔で飄々と告げた。


「後ろから、私たちをつけて来る集団がいるの」


「後ろですか?」


 振り向くと遠くに灯りが見えた。風に揺らいでいるので、松明だろう。松明の灯りが三つ見える。


 追っ手だ!


 きっと奴隷商人ホレイショが、アニスモーン伯爵に俺の事を報告したのだろう。

 カーナの町で、ゆっくりし過ぎだ。もっと早く行動を起こした方が良かったかもしれない。失敗したな。


「心当たりがあるみたいね……」


 グレンダさんが、俺の顔をのぞき込んで来る。シラを切っても仕方がない。


「アニスモーン伯爵が、追っ手を仕向けたのだと思います」


 俺が正直に答えると、グレンダさんは腹を抱えて笑い出した。


「ええっ!? アニスモーン伯爵の追っ手!? プハハハ! やだあ! 何をやらかしたのよ!」


 迷惑がられるかと心配したが、グレンダさんは面白がっている。

 良かった。街道があるとはいえ、夜の森の中で一人にされるのは嫌だなと思っていたのだ。グレンダさんの様子だと、グレンダさんの店まではご一緒出来そうだ。


「ちょっとね。アニスモーン伯爵のご機嫌を損ねそうなことをしただけですよ」


 俺は軽い調子で肩をすくめた。

 グレンダさんには、詳しい事情を話す必要は無い。たまたま方角が一緒だったので、用心のために一時行動を共にしただけの仲、ということにしておけば、グレンダさんが巻き込まれることはないだろう。


「ふふん。やるじゃない!」


 ああ、グレンダさんは、アニスモーン伯爵が嫌いなんだな。心底嬉しそうだ。

 それからグレンダさんは、愚痴をこぼしだした。アニスモーン伯爵が『愛人になれ!』と言い寄ってきて、それはそれは面倒な思いをしたそうだ。


「あの下衆貴族を支持している領民はいないわよ!」


「じゃあ、俺を追ってきているのは?」


「きっと! 金で雇われたゴロツキよ! さて、そういうことなら急ぎましょう!」


 俺とグレンダさんは、森の中を走り出した。



 三十分ほど走ると森を抜けて、一軒の家の前に出た。二階建てのこぢんまりした家だ。小さな木製の看板がドアの上にある。ここがグレンダさんのお店兼自宅らしい。


「入って!」


 グレンダさんに続いて、店の中に入る。グレンダさんがランプに火を灯すと、店の中がぼうっと浮かび上がった。

 所狭しとテーブルが置かれ、テーブルの上には何に使うかわからない道具が山積みになっている。壁際には大きな木製の棚が設えていて、薬瓶や巻物が沢山詰め込まれていた。


「ええと……どこに置いたかな……あった!」


 グレンダさんは、巻物を一本俺に差し出した。巻物は羊皮紙に似ていて、革紐でしっかりと縛ってある。

 俺はグレンダさんから巻物を受け取ったが、巻物が何だかさっぱり分からない。


「これは?」


「スクロールよ。知らないの?」


「はい。初めて見ました」


 グレンダさんによれば、スクロールには魔方陣が描かれていて、スクロールを開けば誰でも魔法を一度だけ発動出来る。使い捨ての魔道具だそうだ。


「このスクロールは?」


「水魔法ウォーターのスクロールよ。スクロールを開けば水が出るわ。ただし、改造してあるから、恐ろしく大量の水が出るから気をつけてね」


 ははあん。

 グレンダさんの狙いがわかった。このスクロールをダンジョントンネルで、追っ手に向かって使うんだな。追っ手を追い払うには、良い方法だ。


「おいくらですか?」


「お代は結構よ。ここまでのカーナの町から、ここまでの護衛代として受け取って。それに、アニスモーン伯爵の一味に嫌がらせできる機会を逃したくないの」


 グレンダさんがニヤリと笑った。

 俺もニヤリと不敵に笑みを返す。


「そういうことなら、遠慮無くいただきます。ありがとうございます!」


「どういたしまして。さあ、早く行って!」


 俺はグレンダさんの店を飛び出し、鉱山街道を走った。

 グレンダさんの店のすぐ先に、ダンジョントンネルの入り口があった。

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