第13話 奴隷商人ホレイショの店

 俺は昼食を終え、午後になってから、奴隷商人ホレイショの店を訪問した。

 ホレイショの店は、カーナの町の中心部にあって、木造三階建ての立派な店構えだった。ドアの左右に強面の門番が立っているので、一目でここが尋常でない場所だとわかる。


 門番は二人とも背が高い。革鎧を装備して槍を持って立っているが、表情はやる気がなさそうだ。ゴツイ門番の存在自体が、犯罪の抑止力なのだろう。


 女奴隷を買いに来たと門番に告げると、下卑た笑いが返ってきた。


「うへへ~。いらっしゃいやせ~」


「どうぞ、どうぞ、ごゆっくり!」


 二人の門番は、笑いながらも木製のぶ厚いドアを開けてくれた。

 店の中は、昼にもかかわらず薄暗く、キャンドルやランプが灯されていた。薄いレース地の布が、あちこちにかけられていて、キャンドルの灯りがぼうっと見える。

 香を焚いているのか、香水を振りまいているのか、店の中は甘ったるい匂いがした。

 幻想的な雰囲気というよりは、背徳感がある。


 俺が店内を一通り見回し終ったタイミングを見計らったように、ゆったりとした服を着た禿頭の男が店の奥から現れた。


「いらっしゃいませ。店主のホレイショでございます。奴隷をお探しでしょうか?」


 奴隷商人ホレイショの声は低く、よく響く。

 奴隷商人ホレイショは、色の白い中年男性なのだが、話し方や仕草が女性っぽい。ゲイやトランスジェンダーなのかもしれないが、キャラ作りや相手を油断させる為に、女性っぽく振る舞っているのかもしれない。油断は禁物だ。


 俺は奴隷商人ホレイショに向かって、簡潔に用件を告げた。


「臨時収入があってな。夜の相手をする女奴隷が欲しい」


 客を装い情報を聞き出す作戦だ。おっちゃんの孫娘ソフィアが、この店に売られたのか? まだ、この店にいるのか? 既に販売済みなら、どこに売られたのか?

 どうにかして聞き出したい。


 奴隷商人ホレイショは、表情を変えず淡々と応じた。


「それは、ようございました。当店は、夜向けの優良奴隷を取りそろえております」


「見せて貰えるか?」


「はい。どうぞ、こちらへ」


 奴隷商人ホレイショの後をついて、店の奥へ向かう。

 店の奥も造りは同じで、レースの布があちこちにかけられていて、キャンドルやランプが灯されている。甘ったるい匂いも同じだ。


 廊下を通り、いくつか角を曲がると、広い部屋に出た。部屋には扇情的な服を着た女たちが待ち構えていた。どの女も美しく見える。


 俺が入り口に立っていると、女たちが順番に近づいてきて、俺に愛敬を振りまく。おべっかを使ってくる女もいれば、胸をはだけて豊かな乳房を見せつけてくる女もいる。

 背の高い女もいれば、小柄な女もいる。人種もマチマチで、人以外の種族もいる。

 乳房が四つある女には驚かされた。頭にクルッとした角を生やしているので、牛とか、羊とかが、人化した種族なのだろう。


 女たちを一通り見終わると、奴隷商人ホレイショが近づいてきた。


「いかがでございましょう?」


「ふう。女たちの色気に当てられてしまった」


「それでしたら、別室で商談をいたしましょう」


 奴隷商人ホレイショは表情一つ変えずに、俺を案内する。奴隷商人なんて、もっとニヤニヤ笑いの下衆な男かと思ったが、ホレイショは違うようだ。


 女たちがいた部屋の隣に小部屋があった。小部屋の中は、いっそう薄暗い。

 奴隷商人ホレイショは、自ら茶を入れ、俺に差し出した。薄い品の良い陶器のカップから、甘い匂いが立ち上る。茶を口にすると、気持ちが落ち着いてきた。リラックス効果のあるハーブティーのようだ。


「お眼鏡にかなう女は、おりましたでしょうか?」


 さて、ここからだ。おっちゃんの孫娘ソフィアのことを聞き出さなければならない。

 俺はアゴに手をあてて、考え込む芝居をした。


「うーん……。悪くはない。悪くはないが……。もっと、若い女はいないか?」


「ははあ。少女趣味でいらっしゃいますか?」


「まあな」


「大変結構なご趣味でいらっしゃいますね」


 奴隷商人ホレイショは、淡々と応じる。


 ロリコンだと思われているが、止むなしだ。おっちゃんの孫娘なら、年が若いと思う。

 先ほどの部屋にいた女は、二十代半ばから三十代の色っぽいお姉さんが多かった。それに、廃屋で見た家族の肖像画に描かれていた少女、あの少女の面影を残す女はいなかった。

 恐らく、先ほどの部屋にいた女の中に、ソフィアはいないだろう。


 俺は芝居を続ける。


「それから……、清楚な感じの女が良い。育ちの良さそうな」


「ははあ。良家の子女といった雰囲気でございますか?」


「そうそう!」


「それは、なかなか難しゅうございますね」


 奴隷商人ホレイショは、俺の要求に淡々と応じながら、奴隷マーケットの説明を始めた。女奴隷は、家が貧しくて身売りされたか、借金のカタに奴隷に売られたケースが多いそうだ。

 中には、盗賊が女を誘拐して奴隷商人に売り飛ばすケースもあるが、良家の子女なら護衛がついているので、盗賊に襲われることがない。

 だから、良家の子女風の女奴隷は、まず、いない、と。


 奴隷商人ホレイショの説明を一通り聞いた後に、俺はもっと踏み込んでみることにした。

 おっちゃんの孫娘ソフィアにつながる情報は、得られていない。ならば、リスクを取ってみる。


「酒場の噂で聞いたのだが、この店に貴族の娘が売られたそうじゃないか? 例の政変で負けた貴族の娘だと聞いたぜ」


「ははあ。お目当ては、その娘でしたか。では、こちらへ」


 奴隷商人ホレイショは表情一つ変えず立ち上がると、再び俺を案内しだした。


 ――アタリか?


 俺は内心ドキドキしながら、奴隷商人ホレイショの後をついていった。

 暗い廊下を歩き、角をいくつか曲がると木製の粗末な扉に突き当たった。奴隷商人ホレイショが、うやうやしく体をかがめ手を扉の方へ差し出す。


「お開け下さい」


 この先に、おっちゃんの孫娘ソフィアがいるのだろうか?

 俺は木製の粗末な扉を開いた。


「うっ……まぶしい!」


 扉の先は、屋外だった。薄暗い室内から、明るい屋外を見たので、太陽の光に目が慣れない。俺は目を細めて、状況を確認しようとした。すると、後ろからトンと背中を押され、俺は前のめりになって扉の外へ出てしまった。太陽の温かさを背中で感じる。


 背後でパタンと扉が閉まる音がして、奴隷商人ホレイショの声が聞こえてた。


「すぐにカーナの町からお逃げなさい」


「なに!?」


 振り向くと扉はしまっていて、奴隷商人ホレイショは扉の向こうだ。姿は見えない。

 この町から逃げろと? どういうことだろう?


 扉の向こうから奴隷商人ホレイショ声だけが聞こえてくる。粗末な木の扉が話しているみたいで、気味が悪い。


「あなたが何者なのか。私は聞きません。きっとグレアム伯爵家にご縁のある方なのでしょう。ソフィア様を探しているのですね?」


 俺は答えるか迷ったが、正直に答えることにした。既にリスクは取っている。ここで答えなければ、何も得られない。


「そうだ!」


 一瞬、沈黙があってから、木の扉越しに奴隷商人ホレイショの声が再び聞こえてきた。


「ソフィア様は、北にあるパラスマウンテン鉱山送りになりました」


「パラスマウンテン鉱山? 何でそんな所に?」


「アニスモーン伯爵のご命令です。鉱山で働く坑夫たちの相手をさせろと。苦しませ、屈辱を与えろとお命じになりました」


 奴隷商人ホレイショの声が淡々とグロテスクな事実を伝える。怒鳴りたい気分だが、そんなことをしても何もならない。悪目立ちするだけだ。

 それよりも、おっちゃんの孫娘ソフィアの行方が分かったことを喜ぶべきだ。俺は壊れそうになる感情を、必死で理性を全開にして抑えた。


「わかった。パラスマウンテン鉱山だな」


 俺は感情を抑えるようにしたが、声に怒りがのってしまった。扉の向こうから深いため息が聞こえた。


「お気持ちはわかりますが、この町で領主であるアニスモーン伯爵に逆らえる人はいません。お気をつけ下さい」


「ああ」


「私は、あなたのことをアニスモーン伯爵に報告しなくてはなりません。グレアム伯爵家に縁がある者が、ソフィア様を探しに来たと。立場上やむを得ないことですので、恨まないで下さい」


 奴隷商人ホレイショの声に、初めて感情が乗った。ほんのわずかだが、悔しさをにじませている。


「どうして、教えてくれるんだ? ソフィアの行方を」


「私の祖父、父、そして私は、グレアム伯爵家に良くしていただきました。あんなことになるとは、思いもしなかったのです」


 あんなこと――政変が起きて、グレアム伯爵家の面々が門に吊るされたことだろう。

 奴隷商人ホレイショは、グレアム伯爵家を助けられなかったことが、悔しかったのだろうか?


 いや、身分制のあるこの世界では、平民が貴族を助けるなんて出来ない。自分の無力さや世の不条理が悔しいのだろう。


 力のない者は、歯を食いしばって、見て見ぬ振りをするしかないのだ。それは、世界が違っても同じか。


「路地を左へ行けば、大通りに出られます。さあ、早くお行きなさい!」


「感謝する」


「幸運を!」

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