第8話 ジャイアントラットの干し肉

 水筒を二つ。

 一つは腰のベルトに下げ、もう一つは予備で背負い袋の中に入れておく。


 干し肉を一束。

 ビーフジャーキーのような塩コショウの効いた干し肉は、明日の昼食だ。何の肉かは気にしない。ビーフではない。ポークではない。チキンでもない。だが、何の肉か気にしたら負けだ。腹に入れば同じと考える。


 ナイフを一本。

 ショートソードじゃ長すぎてゴブリンの耳をそぎ落とすのにも苦労する。薬草を掘り出すスコップにもなる。腰のベルトに、差しておく。


 大小ズタ袋各種。

 ゴブリンの耳や薬草を放り込むのに使う。使い捨てても良いように、ボロいが安いのを選ぶ。


(こんなもんかな)


 今日、初戦闘を経験して必要だと思った物資を、閉店間際の雑貨屋に駆け込み急いで購入した。

 全部で一万クオート、これで手元の金は三万三千クオートと小銭だ。

 冒険者とは、こんなに初期費用がかかるんだな。

 どんどん金が減っていく。


 冒険者ギルドのカードには、今日のゴブリン討伐分千クオートしか入ってない。明日はもっと稼がなきゃ。


 昼に入った定食屋で、何かのシチュー定食とビールを一杯頂く。

 シチューに入っている肉は何かわからない。

 だが日本にいる時だって、カップ麺に謎肉が入っていた。あれと同じだ。

 食えば一緒、何の肉か考えたら負けだ。


 この世界では、ビールをエールと呼ぶらしい。常温で飲むのが納得いかない。不味い。

 ジョッキまで冷え冷えの生中が恋しい。

 おっちゃんがカップ酒を愛していた理由がちょっと分かった。

 この世界の酒は、許せない程不味いのだ。


 それでもアルコールを口にしたせいだろうか、少しリラックスして来た。

 辺りはすっかり暗くなった。そろそろ冒険者ギルドに戻ろう。

 あまり遅くなって、冒険者ギルドの中に入れなかったら困る。


 冒険者ギルドの扉を開けると、室内には明かりがあった。

 昼間ほどではないが、テーブルやベンチはちゃんと見え、そこに座っている人の表情もだいたい見える。


(こんな感じのバーがあったな)


 蝋燭は見当たらない。

 天井を見上げると、天井全体が薄明るく発光していた。

 どういう仕組みかは全く分からない。


 休憩スペースには、十人ほどの若い冒険者がいる。俺と同じで金のない駆け出し冒険者だろう。

 片手を上げて軽く挨拶し、奥の方の空いているベンチで横になった。


 横になるとドッと疲れが襲って来た。だが頭は冴えていて眠れそうにない。

 とりあえず目をつぶり体だけでも休ませよう。


 目をつぶっていると、駆け出し冒険者たちの話し声が聞こえて来た。

 何か役に立つ情報があるかもしれない。寝たふりをしながら、聞き耳を立てる。



「――で、シールドバッシュをゴブリンに叩きつけたら、すっ飛んだゴブリンがサマンサさんに激突してさ。魔法の詠唱がキャンセルされちゃったんだよ」


「どうやったらシールドバッシュで、後衛の魔法使いにゴブリンが飛んでいくんだ?」


「そこはそれ、アンディだからだろ」


「ああ、アンディだからな」


「そうか、アンディか」


「アンディなら仕方ない」


「それでアンディは、メシ抜きなのか」



 まったく役に立たない情報だった。

 どうやら夕方三人の女性冒険者がドジを踏んだと言っていたアンディ君の話らしい。

 話の内容からするとオウンゴール的なことを戦闘中にして、女性の魔法使いを怒らせたのだろう。


「オマエの所は良いよ。ベテランと一緒だからな」


「そうでもねえぞ。先輩に小突き回されて、雑用は全部俺とアンディがやるんだ」


「でも、一日の上りは多いだろう?」


「ああ。今日はゴブリンが二十とダッキーダックが三だ」


「マジかダッキーダックかよ! あれ買取いくらだっけ?」


「二万、三匹で六万。俺の取り分は五千だ。俺とアンディの取り分は先輩の半分だからな」


「それでも五千はデカいだろ。ウチは新人四人だからゴブリン二匹、一人五百だぜ」


「一日でそれかよ……。そいつはキツイな」



 どうも新人冒険者はどこも厳しいみたいだ。

 しかし、一日でゴブリン二匹なのか……。俺は短時間で二匹討伐したが、この差はどこから?


(鑑定スキルか!)


 そうだ。

 俺は城門近くから森を鑑定して、ゴブリンを見つけてから移動した。

 だが、鑑定がなければ、当てずっぽうで森に入ってウロウロするしかない。それじゃあボウズになる可能性もある。


 なら、ダッキーダックとかいう買い取り二万のモンスターを見つけた連中は?

 ラッキーなだけか?


(痕跡を辿ったのか? ないしは、ベテランだから出現ポイントを知っているとか?)


 今日は途中からゴブリンの歩いた痕跡を辿った。ベテランも同じようなことをしているのかもしれない。

 俺はスキル鑑定で『ここにゴブリンがいた』と知っていたから、痕跡を見つけられた。もし漫然と森を歩いていたら気が付かなかったろう。

 森で獲物を見つけるのは案外難しいのかもしれない。


 そうすると釣りのように、『良くモンスターが出現するポイント』を知っているかどうかは、稼げるかどうかの分かれ目になる。ベテランは強いな。


 あれ?

 今日薬草を採取したエリアは、『薬草が多いポイント』なのかな?

 その可能性はある。他人には教えないようにしよう。



「おー! アンディ! お疲れ!」


「随分しごかれたな! 生きてるか! ギャハハハ!」


「も、もう……。死んじまうよ……。いや、いっそ、殺してくれ!」



 アンディらしき男の声が近づいて来たなと思ったら、腹に重たい物がのっかった。

 どうやらアンディがベンチで寝っ転がる俺の上に座ったらしい。


「グオ!」


「ああ! ごめん! 誰もいないと思った! ごめんよ!」


「……大丈夫だ」


 流石にこれでは寝たふりも出来ない。俺は体を起こして目を開けた。

 アンディは、ニメートルを超えるかという大男だった。だが、気が弱いのか俺の方を見てオドオドしている。

 周りにいた金髪の男が取りなして来た。


「なあ、勘弁してやってくれよ。アンディはいつもこの調子なんだ。悪気はねえんだよ」


「ああ、大丈夫だ。怪我してないから、気にしてないよ」


 俺がアンディに片手を上げ、気にするなとジェスチャーをすると、アンディはホッとした顔をして、違う席にドスンと座った。

 アンディの座った椅子がギシギシと悲鳴を上げ、アンディの腹がグウと鳴った。


「腹が減った……。ん!? 干し肉の匂いがする!」


 マジかアンディ! こいつドン臭いのかと思ったら、そういうところは鋭いのかよ!

 アンディが物欲しそうに俺の方を見ている。無言の圧を感じる。


(仕方ない……)


 俺は背負い袋から干し肉を一枚取り出すとアンディに差し出した。


「食うか?」


「ありがとう!」


 アンディはまったく遠慮せずに俺の手から干し肉をひったくるように取った。

 一心不乱に干し肉にかじりついている。

 金髪が苦笑いしながら、再度フォローして来た。


「悪いな。アンディは今日ドジ踏んじまって、晩メシ抜きなんだ」


 どうやらこの金髪がアンディと一緒にベテラン組にいる奴らしい。ベテランと一緒ってことは、若い冒険者が普通知らないようなことを知っているかもしれない。

 もっと情報が取れるかな?


 俺は注意深く会話を始めた。


「それは気の毒だな。あんたも食うか?」


「おっ! 良いのかい? じゃあ、ご馳走になるよ!」


 俺は背負い袋から干し肉の束と取り出し、テーブルの上にのせる。金髪に一枚手渡し、周りにいる若い冒険者達にも手渡した。


「俺はスタンって言うんだ。あんたは?」


「ソーマだ」


「いやあ、うめえよ。ありがとうな。ジャイアントラットの干し肉は、好物なんだ」


 なんか……。

 今、嫌な名前を聞いた気がするな。


「ジャイアントラット?」


「何だよ。知らねえのか? こーん位のデカいネズミ型の魔物だよ」


「あ、ああ! ジャイアントラットな! ああ、それな」


 俺は思い違いをしたフリをして誤魔化した。

 だが……、この干し肉が巨大なネズミの化け物の肉であることを知ってしまった。正直、とても食えそうにない。


 幸いなことにアンディが、物欲しそうな目でこちらを見ている。

 この干し肉はアンディに押し付けよう。


「もっと食うか? 飯抜きだったんだろ? 遠慮しないで食って良いぞ。みんなも適当につまめよ」


 アンディは喜んで干し肉を頬張った。

 干し肉を提供したことで俺の好感度は上がったらしく、その後、周りの冒険者とスムーズに会話出来た。

 俺の情報は与えたくないので、とにかく聞き役に徹した。


「ほー!」

「すごいな!」

「えっ? そりゃないよな!」

「それでどうなったんだ?」

「何だよ! 意地悪しないで教えてくれよ!」


 俺はひたすら相槌を打ち続けた。

 その内に興味のある話題が出て来た。


「それでレベルアップ酔いが酷くてな」


「ああ、俺も吐いたよ」


「俺はまだレベルアップしてないなあ」


「トータルどのくらい倒した?」


「んー、ゴブリンを八匹になるかな」


「あとちょいじゃねえか! ゴブリン十匹で、レベル2になるよ」


 周りの名前が分からない冒険者も干し肉を齧りながら、色々話してくれている。色々情報が集まるのでありがたい。


 どうやらレベルアップ酔いと言うのがあるらしい。レベルが上がる時に気持ち悪くなるのか?

 じゃあ、昼間の戦闘後具合が悪くなったのは、レベルアップ酔いか?

 俺もレベルアップしていたのか?


(ステータス画面を表示しろ!)


 心の中でステータス画面表示を念じると、目の前にステータス画面が現れた。

 周りは気が付いていないから、俺しか見えていないのだろう。

 ステータスを確認するとレベルアップしていた。それも大幅にだ。



【 名 前 】 ソーマ

【 年 齢 】 18才

【 種 族 】 人族

【 性 別 】 男性


【 L V 】 10↑new!

【 H P 】 C↑new!

【 M P 】 D↑new!

【 能 力 】 S


【 スキル 】 

 鑑定LV1

 収納LV1


【 装 備 】 ハードレザーの革鎧 鉄のショートソード 革のショートブーツ

【 称 号 】 生まれ変わりし者

【 加 護 】 賢者の加護



 LVが1から10に。

 HPがDからCに。

 MPがEからDに。

 それぞれ上昇している。


 おかしい! ゴブリンを二匹倒しただけなのに!

 この連中はゴブリン十匹でレベル2になるようなことを言っていたよな。どう考えても勘定が合わなさすぎる。

 何が原因だろう?


 臭いのは称号と加護だな。この辺りが原因で大幅にレベルアップしたのか?

 俺が考え込んでいると話が振られた。


「ソーマは? レベルは?」


「まだ1だ」


 俺は動揺していて、少し声が裏返った。

 レベルが10だとは言えない。俺は今日冒険者登録したばかりで、ゴブリンを二匹しか倒していない。正直に話せる訳がない。


「お互い早くレベルを上げたいな」


「そうだな」


 上がっちまってるんだよな。レベルが大幅に。

 だが、一つだけわかっていることがある。


 これはおっちゃんの仕込みだ。そうに、違いない。

 おっちゃん俺に何をしたんだよ!

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