第6話 本多美玖とコラボ配信ー1 配信、開始!

 本多さんとのコラボ配信を了承をした次の日。

 時刻は18:50。


 俺はとあるダンジョンを前に、スマホを見て固まっていた。


「な、なあ、これ大丈夫なのか?」


「大丈夫でしょっ!」


「か、軽い……」


 俺が漏らした不安な声に答えたのは本多さん。

 この不安は、本多さんとのコラボ配信の待機枠のコメント欄を見ての反応だ。


《美玖ちゃ~ん!》

《美玖ちゃん頑張って!》

《これが本多美玖のコメ欄か、やべえな》

《ネ申枠》

《ダンジョンかめーん!》

《ダンジョン仮面見に来たぞ!》

《くそ楽しみだわ》


 コメントは止まることを知らず、一つ一つを読むなんて到底できない。


 配信開始前の待機枠にもかかわらず、同時視聴者数は20万人と突破していた。

 こんなの、大物配信者の結婚式で見た以来の人数だ。


「うわあ……」


 一言で表すなら混沌、まさにそんな言葉が正しいだろう。

 今や一番勢いのあるダンジョン配信者と、正体バレした仮面の探索者のコラボ配信。

 数字が出そうな内容ではあるけど、やはり俺はダンジョン仮面の名声を軽く考えていたらしい。


「……ふー」


 落ち着くため、一息つきながら目を閉じる。


 昨日の夜、俺は本多さんにコラボ配信を了承する連絡をした。


(本当!? やったあ!)


 その時の彼女の弾んでいる声は今でも頭に残っている。

 嬉しさからか、語尾の方を裏返らせた高くてとても可愛い声だった。


 それでいきなり「じゃあ明日ね!」なんて言われるとは思ってなかったけど。

 『善は急げ』、それが彼女のモットーなのだそうだ。


 俺が本多さんとの連絡を終えた五分後には、彼女はTwitterでコラボ配信を告知をしていた。


 それからというもの、今なお話題が広がり続け、『ダンジョン仮面偽物説』まで上がっているネット界隈は、良くも悪くも盛り上がりに盛り上がり、今に至る。


 学校でもとんでもないぐらい声をかけられたし、ネットニュースのトップ記事は、どこもかしこもこのコラボ配信に関してのことだ。


「……」


 俺は再び目を開けた。

 改めて見たコメント欄は、全てが肯定的なコメントというわけではない。


《おっそ》

《はやくしろや》

《【悲報】ダンジョン仮面逃走》

《ネタバレ:彼は本人ではありません》

《彼は虚言癖です》

《判断の民も見てます》


 時刻は18:55。

 確かにマスコミや野次馬の生徒で学校帰りは大変だったけど、配信開始の19時に遅れているわけではない。


 攻撃するようなコメントを書いているのは、いわゆる俺に疑いの目を向けている人たちだろう。


 本多さんが誘ってくれた今日の配信。

 目的は「俺が本物のダンジョン仮面だ」ということを証明すること。


 本多さんは自分のせいでダンジョン仮面の正体がばれ、荒れる事態にまで発展してしまったと思っているからこそ、コラボを誘ってくれたのだろう。

 清純派な彼女が、配信を通して俺を本物だと証明してくれるために。

 

 けど、頑張らなくちゃいけないのは俺だ。

 今日の俺は、仮面を被っていない・・・・・・・・・

 その上で、俺の強さを見せる!


「よし!」


 俺は再度気合を入れ直した。

 本多さんまで協力してくれているんだ、俺はやるぞ!


「ふふっ、緊張しすぎないようにね」


「! うん、ありがとう。それにしても、本多さんは緊張しないの?」


「こう見えて結構緊張してるよ? さすがにこんな人数は初めてだし」


 チラっと見た同時視聴者数は先ほどからさらに増え、25万人を超えている。

 流入する視聴者、コメントは加速するばかりだ。


「でもそれ以上に楽しみかもっ! こんなの二度とないからもしれないからね!」


 本多さんも悪いコメントは目に入っているだろう。

 俺だけじゃなく、彼女を攻撃するようなコメントも見られる。


 そんなコメントやこの人数を前にして「楽しみ」と言える彼女は、やっぱり配信者なんだなあと感じる。

 俺も、彼女の笑顔に元気づけられる。


「じゃあ、いこっか! 東条君!」


「うん! あ、あと、ダンジョン仮面だからね!?」


「てへっ。そだった」


 舌を少しぺろっと出した彼女の、明るい茶髪が揺れる。

 以前、配信で俺の名前を呼んでしまったことは謝られたし、彼女もプロだ。

 これは、彼女なりの緊張する俺への配慮なのだろう。


 時刻は18:57。

 本多さんが満を持して、配信を開始する。


「こんばんは! 美玖だよ!」

 

 いつもの彼女の飛行型カメラに自ら映り込み、挨拶とやけに間が広がったピースを繰り出す。

 瞬間、これまででも追えなかったコメント欄がさらに加速する。


《こんみく!》

《こんみく~!》

《やあ》

《こんみく!》

《どりゃあああ》

《きたあああああ》


 す、すっげえ……。

 これ工場の機械とかじゃなくて、全部人が打ってるんだよな……。

 にわかには信じがたい光景だ。


 そして、目を見開いてしまっている中、


「!」


 本多さんが俺にチラっと目配せをする。


 これは合図だ。

 まずは挨拶、よし決めるぞ……!


「さらにさらにー? 今日のゲスト、ダンジョン仮面さんです!」


 本多さんがバッと俺に向かって広げた両手に合わせて、飛行型カメラが俺の方を振り向く。


「……! ど、どど、どうも! ダ、ダンジョン仮面ででしゅっ!」


 か、噛んだー!!

 めちゃくちゃに噛んだー!!

 緊張は解けたと思ったのにー!!


 しかもそれなりに考えてきた挨拶も、カメラを向けられた瞬間に全て吹っ飛んで、何も言えなかった……!


 なのに、噛んだー!!


 顔がかーっと赤くなっていくのが自分でも分かる。


《!?》

《!?》

《おい、いきなり噛んだぞww》

《www》

《どどどどどww》

《草》

《ででしゅっ!ww》

《意外と年相応で草》


「あははっ! ダンジョン仮面も配信は緊張するみたい!」


《かわいい》

《意外とかわいいかも?》

《ちゃんと高校生だな》

《怪しい》

《っぱ偽物じゃね?》

《しっかり緊張しててわろた》

《逆に好感持てるわ》


 コメント欄を見て俺は少し驚く。

 あれ、意外と受け入れられてる……?


 本多さんのフォローもあって、コメント欄は約八割が好意的だ。

 特に「かわいい」と言ったコメントがよく見られる。

 そんな予想外の反応といきなり噛むという失敗と相まって、かえって緊張がほぐれていく。


 と同時に、冷静になった今、考えてきた挨拶しなくて良かったーと思う。


 『当たらなければどうという事はない、どうもダンジョン仮面です』

 『泣いているばかりではなにも解決しないぞ、本多美玖』

 『斬っていいのは斬られる覚悟のある奴だけだ。こんばんはダンジョン仮面です』


「~~!!」

 

 カメラが再び本多さんを向いている横で、俺は頭を抱えた。


 次々に浮かんでくる、事前に考えてきていた挨拶。

 カメラをいざ向けられるその瞬間まで、俺はどれかを言おうとしていた。

 そんな自分を本気で殴りたくなった。


「では早速、ダンジョンに潜っていきましょー!」


「!」


 そしてオープニングを終えた本多さんは、元気よく右腕を上げてダンジョンの入口へと向き直る。


「じゃ、ダンジョン仮面も準備はいいかなっ?」


「う、うん!」


 こうして俺──『ダンジョン仮面』と、彼女──『超人気美少女配信者 本多美玖』のコラボ配信が始まった。


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