第5話 正体バレの影響と決意

 本多さんとの話を終えて、教室に入っていく。

 すると、「ダンジョン仮面の正体バレ」、その影響力をここでも思い知ることになった。


「お、来たぞ!?」

「来た来た!」

「東条君だ!」

「いやいや、ダンジョン仮面だろ!」


「うおっ!?」


 教室に来るまでにも多く声を掛けられたが、自分の教室はまた一段と違う。

 ダンジョン仮面の正体が、いつも顔を合わせているクラスメイトだと分かったからだろう。


「「「わああ!」」」


「ちょ、ちょっとみんな!?」


 俺が黒板の隅っこの方に追いやられる程、クラスメイトが声を上げて周りに集まって来た。

 校門にいた取材陣にも負けず劣らず、すごい覇気だ。


「回ってきた動画見たよ!」

「本多さんに続いてこんな有名人もいたんだね!」

「私、ダンジョン仮面のファンだったんだよ!」


 そんな声を上げるクラスメイト。

 そして中には、


「立てるかな、お嬢さん。だっけ?」

「まじかっけーわ!」

「ほんとだよな……ぶふっ!」


「おい! 笑ってるじゃねえか!」


 俺の恥ずかしすぎるセリフをイジってくる奴らまで。

 そのシーンはすでに本多さんの配信からは消えているはずなのに、どうやらネット上には今もそのシーンは拡散され続けているらしい。


 本多さんは優しいから触れなかったのか……。

 俺は改めてネットの怖さを知った。


 しかし、


「「「……」」」


 ちらっと教室の奥の方に目を向けると、俺をじっと見ている人たち。

 おそらくあれが本多さんの言っていた人たちなのだろうな、と直感した。


(わたしとコラボ配信しない?)


 俺はその誘いに対して「保留にさせてほしい」と言った。

 本多さんの反応は「了解」といった軽い感じで、しつこく誘ってくることはなかった。


 それより重要なのは、その後の話について・・・・・・・・・だ。

 本多さんもただ利益の為にコラボ配信をしたいわけではなく、俺の事を気遣ってくれたみたいだったのだ。


 本多さんは誘いの後に話を続けた。


 ダンジョン仮面の正体が高校生の俺だということが広がってはいる。

 けど一方で、それを疑う・・声も徐々に上がっているという。


 その原因は、最強の探索者の一人と呼ばれるダンジョン仮面の正体が「高校生だったこと」。

 高校生でダンジョンに潜るのも珍しいのに、ましてやそれが強いとなると確かに疑わしい。


 さらには、カメラも本多さんを多く映すよう認識させているはずなので、俺の戦闘がそこまで鮮明に映っていなかったのだという。


 あとは、単純な嫉妬や憎悪で信じたくない人達。

 たった今、俺に嫌な目を向けて来ているクラスメイトもそういった感情があるのかもしれない。


 そんな疑いの声を晴らそうと、本多さんはダンジョン仮面を権威を守るためにも誘ってくれたみたいだ。

 でも、それは一旦保留にさせてもらった。


「……」


 俺はちらっと親友に目を向ける。

 「いつか美玖ちゃんとコラボ配信でもしてみたい」、そう言っていた梅原にはしっかりと説明しておきたいしな。







 お昼休みの時間。


「大変な事になっちまったもんだな、緋色よ」


「あ、ああ……」


 俺は、ここぞとばかりに教室に突撃してきた校内の野次馬から逃げるよう、この屋上で親友の梅原と横になっていた。

 屋上の鍵は閉めたし、そもそも生徒が入ってはいけないところだから誰も寄り付かないだろう。

 

「「……」」


 けど、俺たちの間には少し重い空気が流れる。

 青空を見ながら二人で青春してるっていうのに、会話は弾まない。


 俺は、親友であるこいつにも隠し事をしていた。

 妹の事は教えていたのに、ダンジョン仮面の事は隠していたのだ。


 もちろん色々考えてのことではあるけど、梅原に対して若干の後ろめたさを感じているのは間違いなかった。


 でも、梅原の言葉は軽いものだった。


「ははっ、お前ほんとすげえな」


「えっ?」


 唐突に俺の方を見てきた梅原は、どこか誇らしい顔だ。


「まさか緋色がダンジョン仮面だったなんてな」


「ま、まあ……」


「目、逸らすなよ」


「!」


「気にしてんだろ? 俺に話してなかったこと」


「どうしてそれを……」


 梅原はふっと笑いを浮かべた。


「お前は良い奴だからな。なんでも気にかけ過ぎなんだよ」


「それは……」


 素直に褒められて言葉に困る。


「むしろ俺は安心したぜ? あやかちゃんの事についてどうしてんのか、ずっと気になっていたしな」


「梅原……」


「なんでコラボ配信、保留にしたんだ?」


「! お、お前っ!」


 その話、聞いてたのかよ!


「朝の校門前の様子が気になってな。お前ら二人が逃げ込んだ裏庭にも来ようとする輩がいたから、あっちに行きましたって逆の方を案内してやったぜ」


 梅原はグッと親指を立てる。

 朝、あんな簡単に逃げることが出来たのはこいつのおかげだったのか。


「その時にたまたま聞こえちまってな。まさかとは思うが、俺の事を気にしたんじゃないだろうな?」


「いや、そんなことは……」


 全く無い、とは言い切れない。


 「いつか美玖ちゃんとコラボ配信でもしてみたい」と言っていた梅原。

 正直、傍から見ても今の梅原は本多さんにぞっこんなのは分かる。


 だから、こいつの顔がよぎったのは事実だ。


「だとしたら俺は、お前の友達をやめなければならねえ」


「なっ!?」


 梅原は急にとんでもない事を言い出す。


「友達の活躍を妨げるような奴は友達じゃねえよ。だから俺からも頼む、俺を気にかけて断るようなことはやめてくれ」


「……わかった」


「じゃ、そんだけだ。楽しみにしてるぜ、コラボ配信。くぅ~、羨ましいな」


「……おう」


 梅原は体を起こして、先に屋上から降りて行く。

 こういうところが良くも悪くも“良い奴”なんだろうな、と思ってしまった。


「あとは……」


 俺は放課後、行くべき場所を思い浮かべた。







 学校帰り、俺はひとのないバーに寄っていた。

 ある人に相談して、今のこの事態に対応するためだ。


「あら、きたのね」


「まりんさん、また夕方から酒?」


「いいじゃない。いい酒は女を綺麗にするのよ。あなたも飲む?」


「未成年だって」


「あらそう。まだお子ちゃま・・・・・だったわね」


 彼女のいつもの様子には呆れつつも、案内された部屋のソファーに座った。

 ここは俺たちの会議室だ。

 

 彼女は『金野きんのまりん』。

 俺はまりんさんと呼んでいる。


 外国人のようなサラサラの金髪に、いつもワインを片手に持ち、胸元が開いた大胆な服装をしていることが多いえっちなお姉さんだ。

 ただ、そういう関係はない。


 そして彼女は、院長先生同様、俺がダンジョン仮面だと以前から知っていた人物でもある。

 出会いを話すと長くなるけど、妹との手続き関連から病院の紹介、ダンジョン仮面として発掘した物の換金管理など、色々やってくれている人だ。


「大変な事になっちゃったわね~」


「そうなんだよ」


「ま、いずれこうなることは分かってたけど。あなたお人好しだし」


 高そうなワインをこまめに口に運びながら、まりんさんはいじらしい顔で俺を上から見てくる。

 この誘ってくる雰囲気さえ作らなければ、完璧な人なんだけどなあ……。


「別に責めてるわけじゃないわ。それより問題は、あなたの存在を疑ってる人が一定数いることね」


「……」


 これは、本多さんも言っていたことだ。

 

 ダンジョン仮面の正体が高校生という話題が出た今、素直にすごいと言う人達ばかりではない。


 疑いの声を上げる人から、さらには自分が「真の本物だ」、「あいつは偽物だ」などと声を上げる者まで出始め、日本の探索者界隈は混乱を招いているらしい。


 中には、本多さんを責める場違いな批判だとか、今までまりんさんを通じてダンジョンの依頼を送ってきてくれた企業などにも影響が出ている。


 本多さんに迷惑がかかるのは嫌だし、資金源の一つとしている企業案件に影響が出るのは俺にも困る話だ。


「だから、あなたは自分が本物だと証明するしかないんじゃないかしら」


「まあ……」


 それでも曖昧あいまいな返事を返す俺に、まりんさんは机に手を付いてこちらにぐっと顔を近づける。

 

「!」


 あまりの勢いに、お胸がたゆんと揺れた。

 改めて見ると、で、でかい……!


 そんな俺の煩悩ぼんのうに反して、振られたのは真剣な話。


「気にかけているのは、あやかちゃんのことね?」


「……そう、だな」


 そうだ、俺が気にしているのはあやかの事。


 あやかが次に目を覚ますのは約二週間後。

 その時、俺がダンジョン仮面の正体だと知り、さらにはノリノリで配信を始めたと知ったら彼女はどう思うだろうか。


「……分かったわ。そちらは私が何か考えておくわ。だからあなたは──」


「!」


 まりんさんは俺の頬を両手で抑え、じっと目を合わせた。


「本多美玖とのコラボ配信は受けなさい。自分が本物のダンジョン仮面だとまずは証明するのよ」


「……分かった」


 昼間っからワインの飲み、えっちい格好をした人だけど、俺は彼女を心の底から信頼している。

 彼女が「何か考えておく」と言ったのなら、俺はその言葉をすぐに信じることができた。


「そうと決まればしゃきっとしなさい! そんな顔じゃ、ダンジョン仮面っぽくはないわよ!」


「よし、そうだな!」


 俺は決意を固めた。

 あやかのことはまりんさんに任せた。


 今はとにかく、ダンジョン仮面の正体は俺だと証明することに集中しよう!

 

 そのためにコラボ配信を受ける。

 そう意気込んで、俺は本多さんに連絡をした。

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